カテゴリー: long story

孤爪くんがぐいぐい攻めてくるので防御したい!2

「孤爪くん? クラスいっしょになったことあるけど、喋ったことないしあんま記憶にないかな」

「そうなの?」

「ていうか女子と喋らないよね。山本くんとかとよく喋ってるとこ見かけるけど。バレー部でしょ?」

「バレー部なんだ……」

「春高出てたじゃん」

 そう言って箸を動かすあーちゃんの横で、春の高校バレーとやらの記憶を呼び起こす。うちの高校のバレー部が強いらしいというのは知っていた。友達に誘われて応援にも行ったっけ。電車を乗り間違えて、着いた頃には最終セットだったんだけど。

「孤爪くんがどうかしたの?」

「や、隣の席になったから、どんな子かなって!」

「小学校いっしょじゃん」

「やはりそうなのね……」

 呼び覚ましたくない過去を、孤爪くんも知っているという事実に目をそむけたくなる。極力関わらないようにしよう。うん、そうしよう!

 そう思ったのだけれど、私と彼との接点はまたひとつ増えてしまうのだった。

「クラスひとりひと役ついてもらうからな! 委員長やりたい人!」

 午後のまどろみの中、突然響いた担任の声にびくりと体が跳ねた。声の大きい体育教員、熱血系。うう、にがてなタイプだ。

 ちらりと横を見るとまたプリン頭が目に入って、バレー部も体育会なのかなと疑問がわいた。彼はそういうふうに見えないけど。

「おはなちゃん、女子もう美化委員しか残ってないよ?」

「えっ!?」

 うしろの子がそっと声をかけてくれたおかげで、自分に残された選択肢がひとつだけだということに気がつく。えっ、出遅れた!? 美化委員って、花壇のそうじとかするあれだよね?

「じゃあ、美化委員しますぅ……」

「それしかねーじゃん」

 どっと笑いが起きて、またクラス中の注目を浴びてしまった。ぐぬぬ、目立ちたくないのに。新しいクラスでは気配を消そうと思っていたのに!

「男子の美化委員、誰がやる?」

「それっておはなちゃんのお世話役じゃん」

 世話役なんていりません。わたしもう高校三年生です。幼馴染いなくてもちゃんとやれます。たぶん。うそ、自信ないけど。

 はあ、とため息をつきながら顔を上げると、わたしの真横でゆるく手を上げる孤爪くんの姿が目に入った。

「お、孤爪美化委員してくれるか」

「孤爪が自分から手あげてるの初めて見たかも」

「微妙な係しか残ってねーからじゃね?」

 極力関わらないようにしよう。そう誓ったのはついさっきのことだと思う。それなのにどうしてだか、わたしと孤爪くんの接点は増えるばかりだ。きのうまで、存在も知らなかったのに。

「よ、よろしくおねがいします……」

 そうお辞儀したら、「なんで敬語」って笑われた。ついでに「あげる」なんて飴玉を渡されて、なんだか餌付けされてる? このひと本当にみんなが言ってる孤爪くんと同じひと? よく分からない。

 しかしのちのち、孤爪くんがぐんぐん近づいてくる人だということを、たーっぷり思い知らされることとなる。

孤爪くんがぐいぐい攻めてくるので防御したい!1

 恋なんて知らない。どういうものか想像もつかないし、恋愛している自分が想像できない。けれども物語の中に出てくる女の子たちを見ていると、どんなものなのか興味くらいはある。いつかわたしもそれを経験するのかな。そんなのきっと、遠い未来の話。そう思っていた。

「おれ名前さんに興味あるのかも」

「ふーん、可愛いね」

「そういうふうにしか見てないけど?」

 けれどもねぇ、今目の前で笑っているこの顔はなに?

 孤爪くんはいつもわたしを混乱させる。

「名前ってどんな男の子と恋愛するんだろうね」

 新しい季節のはじまりは、なんだかきらびやかに見える。わたしのすこし前を歩く親友の、髪の色がほんのり変わったことに気がついた。ほんのり混ざった桃色は、この季節に合わせたものなのだろう。綺麗だな。わたしなんて、寝癖ついたままなのに。

「あーちゃん髪色変えた? 似合ってる!」

「変えたけど、聞いてる? 今名前が恋するならって話してたんだけど」

「ごめんごめん。聞いてたよ。わたしが恋愛するとこ想像できちゃうの?」

「できないけど気になるじゃん? 新しいクラスにかっこいい男の子いるかもよ〜?」

「それよりもあーちゃんとクラス違うの確実だから不安だよ〜! ちゃんとやれるかなぁ」

「大丈夫! 名前は抜けてるけど愛嬌あるからすぐ友達作れるよ!」

「う〜!」

 幼馴染のあーちゃんとは家が隣同士で、学校もずっといっしょ。しっかり者のあーちゃんは、よくわたしの世話を焼いてくれた。いや、現在進行形だと思う。そんな彼女に恋人ができたことは、わたしの世界をほんのすこし広げさせた。恋愛って、どういう感じなんだろうって。

「じゃ、彼氏待ってるからここで! また学校でね!」

「うん! またね!」

 最寄駅まで迎えに来てくれる彼氏さんの存在が、ちょっと羨ましい気もするけれど。でも今すぐ彼氏がほしいかと聞かれたら、答えはノーだと思う。連絡とかまめに取り合うのは、めんどくさい気もするし。

 買ったばかりのスマホをタップして、小説投稿サイトのトップページを開く。恋愛小説のランキングを覗くと、追いかけていた作品が更新されていて胸が躍った。

 今は、物語の中くらいがちょうどいいや。まあ、みんなわたしのことなんて恋愛対象に入っていないのだろうけど。

 放課後が待ちきれず、更新されている作品をスクロールして読み進める。読んでいてきゅんきゅんするとか、そういうのは分かるんだけど、現実世界ではまだその感情に出会ったことがない。

 もしそんな出会いがあったなら、物語の中みたいに世界はきらきら光ってみえるのかな?

 例えば今ホームに入ってきた電車の扉が開いたとき、素敵な男の子がそこに立っていたら……。

「ぎぇ」

 プシューと開いたドアの音。満員に近い車内の、ドアのすぐそばに立っていた金髪に驚いてつい変な声が出てしまう。同じ学校の制服を着たその男の子と一瞬目が合って、互いにふいっとそらした。

 びっっっくりした! 人がいた! だって髪の毛金髪プリンだし。何者? 同じ学校だよね? なんで金髪なんだろう。

 男の子が立っていたらなんて考えて、本当に立っていたから驚かないわけがない。素敵かどうかは分からないけど。

 そんなことを考えているうちに車内に押し込まれ、なぜだか隣同士になってしまっているし。気になってちらりと視線を向けたら、スマホを弄っているのが目に入った。あ、おんなじ機種だ。

 スマホを見たことで読みかけだった小説の存在を思い出し、また画面をスクロールする。一分後には隣に立っている男の子の存在なんてわすれて、すっかり物語の世界に夢中になっていた。

「降りないの?」

「はへ?」

「音駒でしょ? 着いたけど……」

「降ります! 降ります!」

 金髪プリンの男の子のおかげで、電車を乗り過ごさずに済んだ。今日から三年生だもの。新学期早々に遅刻なんて目立ってしまうから絶対に避けたいところだ。

 ……と思ったんだけど、わたし新しいクラス何組なの? 新しい昇降口ってどこ?

 だーれーかー!

「おはなちゃん遅刻だ!」

「マジか! 一発目から遅刻とかさすがおはなちゃん!」

「目立ってるぞ〜!」

 小一から定着しているあだ名はおはなちゃん。あーちゃん以外は、だーれもわたしのことを本名で呼ばない。小学校の入学式で転んでしまい、お花柄のパンツが丸見えになったからこのあだ名がついたというのは、誰も覚えていないでいてほしい真実だ。

 三年生の昇降口を探して十数分、たどり着いたときには既にチャイムがなり終えた後で、張り出されていたはずの名簿すら剥がされていた。ひとつずつ「わたしのクラスどこですか」と聞いて回り、そうしてこの三年七組にたどり着くに至った。

 ぐぬぬ。目立たないぞと決めたばかりなのに!

「おはなちゃん席こっちだよー」

「ありがとう!」

 急ぎ足で案内された席へと向かい、鞄を机に置く。……つもりだったがまさかの足がもつれて鞄と共に顔面着地、転げた反動で跳ねた身体が、隣の席にゴーンと衝突する。

 痛い……! じゃなくて!

「ひええぇごめんなさ……」

 顔を上げたその先にいたのは今朝の金髪プリン。すこし開いた窓から吹く風が、彼のさらさらの髪を揺らしている。

「ふっ……、何それ可愛い」

 えっ?

 なにいまの?

 可愛いって言った?

 それはぼそりと、しかし確実に、わたしにだけ届くような声で放たれた。……のだと思う。

「わ、今おはなちゃん孤爪くんにぶつかったけど大丈夫だったかな?」

「孤爪くんって春高では目立ってたけど、ちょっとミステリアスだし謎だよね」

「ていうかさすがおはなちゃん! ウケる!」

「おはなちゃんは恋愛対象じゃないよな」

「うん、なんか動物? 宇宙人?」

 ああ、また謎珍獣扱いされてる。三年生になって生まれ変わろうと思ったのに。

 なんて普段なら考えているんだろうけど、今届いた言葉のせいで、まわりの言葉なんて吹き飛んでしまっている。

 金髪プリンくんの方を見上げたら、彼は口角だけでふっと笑った。

「名前さん、だいじょうぶ?」

 届いた声にはっとなり、きょろきょろと辺りを見回す。今届いた声の主は、目の前のプリンくん。孤爪くん? って言われてたっけ?

 その彼がわたしの方を見て、「名前さん?」と首をかしげている。

「え? わたし?」

「他に誰がいんの」

「だって、みんなから苗字ですら呼ばれたことないのに」

「苗字さんは他にもいるし、分かりづらいから。だいじょうぶ?」

「あ、そか。じゃない! ごめんね、ぶつかって! 大丈夫!」

「いいよ、面白かったし。それに」

「?」

 そこまで言うと孤爪くんはまたゆるく笑って、だれにも聞こえないような声で言った。

「あだ名で呼ばれるの、思い出したくないんじゃないの?」

 !?

 このひと、お花パンツのこと知ってる!?

 なんで!? え、もしかして同じ小学校!?

 でも電車! まさかとなりの駅? 校区内。まってまってまって。

「名前さんかわいーね」

 高校三年。あだ名呼びからの解放かと思いきや、まさかの彼はあだ名のルーツを知っていた。しかも可愛いを連発。なにこれこんなの知らない。何!? 何なのこれ!?

 こんなの、もう孤爪くんを避けるしかないのでは!? 防御壁を作るべきでは!?

 胸の奥がドキドキしているのは、過去を暴かれたせい。そういうことにしておこうと思う。

 これがただの序章であることを、わたしはまだ知らない。

北さんと単身移住者4

 カーテンの隙間から覗く稲光と、轟く雷鳴で目が覚めた。またあいつの夢を見た気がする。好きだとか愛してるだとか言うだけ言っておいて、他の女を選んだあのクソ男の夢を。

 外が薄暗いので早朝かと思いきや、時計は午前七時半。ぼんやりとした頭でリビングに移動し、テレビの電源をつける。関西地方のローカルニュース番組は専ら台風の情報を伝えていて、そこで初めて台風が思っていたよりも巨大だということを知った。昨日から風強かったもんなぁ。確かに、昨日草取りしてたら、刈った草ぜんぶ吹っ飛んでしまっていたかも。

 雷の日はパソコン作業をすべからず。これは会社員だった頃、一足先に独立した先輩から教わった言葉だ。なので今日はお仕事は休み。昨日届いたばかりの家具たちを並べたり、部屋の片付けをしたりして過ごそう。まずは一杯のコーヒーからだ。目を覚まさなきゃ。

 コーヒーメーカーを起動させながら、キッチンに置かれた段ボール箱の中を探ってみる。

『中身バラバラやんな? あれやと必要なもん見つけられへんで?』

 見事に中身がバラバラなそれを見て、北くんの言葉を思い出す。確かに。キッチン用品とお風呂用品、なぜか玄関周りのものまで一緒に入っているし。これ、どこから片付けよう。

『せやけど、女の子はきっちりしてへん方が、可愛えなって思うわ』

『自分のこと言うてんねんけど』

 芋づる式に北くんの言葉が蘇ってくる。確かにあの時、彼はそう言った。ンンンン!? あれ、一体何だったの!?

「知らん! あんなの社交辞令!」

 段ボールを漁っていた手が止まる。漂ってくるコーヒーの香りは、朝のまったりタイムに最適なはずだ。それなのに私の心は全く穏やかじゃない。身体が熱いのは夏のせいだ。冷房効いてるけど。

 イケメンだろうが何だろうが、私はもう恋なんてしない。男性に期待するものなんて何もない。これからおひとり様ライフを満喫するのだから。

 カップにコーヒーを注いで、ひと口啜って心を落ち着ける。何かが吹っ飛んできたような音がしたのは、その時だった。

 ゴン! バーン! バリバリ!

 何!? 今の音!?

「ひええぇ」

 玄関に置かれたサンダルに足を突っ込んで、恐る恐る外の様子を伺う。扉を開いた瞬間流れ込んできた強風に、思わず怯みそうになる。木、めっちゃ揺れ……、えええぇ!?

 外からしか開けない、畑作業用の小さな納戸。外回りのものを仕舞うために作られたであろうそのスペースの、木製の扉がごっそりなくなっている。吹っ飛んで行ったであろう扉は、私の寝室の窓に直撃していた。

 ヒッ。窓ガラス、割れてる!?

「えええ!? ってか寝室! 私の荷物!」

 台風遅延のおかげでベッドの到着は遅れているし、チェストはまだ箱の中だ。荷物は段ボールの中だけど、布団は畳の上に敷きっぱなし。急いで寝室に戻ると、布団の上に散らばったガラスが目に入った。吹き込む風で、カーテンはバタバタと揺れている。

 ……ってか、雨入ってきてるし! 何これぇ! どーすればいいの!?

「えっと! 大家さんに電話!? きゃー! 充電切れてる! 充電器どこ!?」

 確か寝る前に充電しようと、コードをさしていたはずだ。それなのに昨夜充電し忘れていた自分を責めたい。はっと顔を上げると、まさかの割れたガラスたちの真ん中に伸びる充電コードを見つけた。

 んえええぇ!? 充電器、あれしかないのに!

 完全にテンパってしまった自分の耳に、呼び鈴が届いたのはその時だった。ん? そら耳!? もしかしてベッドが届いたのかな!? いや、朝の八時に!? そりゃないでしょ! じゃあ、誰!?

「名前ちゃん、おるん?」

 聞き覚えのある声に、心の奥がほっと温かくなるのを感じた。この声、北くん!? なんでここにいるのか分からないけど、神様ありがとう! 救済措置!

 半泣きで玄関にダッシュした私を見て、北くんはふっと笑った。こっちは焦っているというのに、彼は穏やかな表情をしていて、私が脱ぎ捨てたサンダルを揃えている。

「玄関開けっぱなしやし、サンダル脱ぎっぱなしやで」

「そっ、それは! 納戸の扉吹っ飛んできたから!」

「ふっ、嘘やて。大変やな。納戸の扉ガタついとったな思うて、気になって見に来たんや」

「助けて! あれ、どうすればいいの!?」

 テンパりすぎてタメ口で喋っちゃうけど、そんなの知らん! とにかくあの部屋をどうにかしてほしい!

 すがるように泣きつくと、北くんは「安心しぃ」と笑って答えた。彼の脇には青いビニールシート、右手には工具箱のようなものが抱えられている。

「念のため持ってきてよかったわ」

「神様!?」

「すまんな、俺は人間やわ。怪我したらアカンから、あっちの部屋入ったらアカンで? 室内履き持ってきたから、これ履いて入ってええ?」

「お願いシマス!」

「新聞紙とビニル袋持っとる?」

「あります!」

 そこから先は、北くんのテキパキした行動をただ見ているだけだった。割れた窓ガラスには外からビニールシートが張られ、割れたガラスは綺麗さっぱり片付けられていた。濡れた畳の上には新聞紙が敷かれている。布団だけは処分した方がいいとアドバイスを受けたけれど、元彼と寝ていた布団だから未練も何もなかった。

「あの、ありがとうございました」

「今日寝るとこあるん?」

「新しいベッドとマットレスが届く予定だけど、台風で配送が遅延してて」

「ほな、うち来る? 姉ちゃんが使うてた部屋空いてるし」

「ンッ!? ヒェ!?」

 男の人の家に泊まる!? ですと!? ムリムリ! そんなのムリムリ!

「えっと、でも、その」

「安心しぃ、実家やから。猫も連れてきてええし、バアちゃんもおるで?」

「ゆみえさん!? 大好き!」

「バアちゃんも名前ちゃんのこと気に入ってたわ」

「本当!? ね、ちょっと待ってて! 準備する! あとコーヒー飲んでって! 淹れたてだから!」

「ふっ、騒がしいな」

 そう言ってまた柔らかく笑う北くんが眩しい。ンンンン、やはりイケメン。でも騙されちゃだめよ、私! 男はみんなヤリ目なんだから!

 まあ、この人からはそういう匂い一ミリも感じないんだけど。

「さ、こっちの部屋どうぞ!」

 まだソファも置かれていない畳の部屋に、彼を招き入れる。昨日届いたローテーブルの上に、淹れたてのコーヒーを差し出した。北くんがそれをひと口含んで、それから私の方を見る。

「ありがとう。おいしいわ」

「でしょ!? ちょっといい豆なの」

「シンクに豆散らばっとったけどな?」

「ぎゃー! 見ないで!」

「ええやん。女の子はきっちりしてへん方がかわええって言うたやろ」

「かっ……!?」

 またそんなこと言う! この人本当はチャラいんだ絶対! そうじゃないと、会って二回目の子にこんなこと言わないでしょ!

「雨、小降りになったら行こか」

 びゅーびゅーと風の音がする。窓の向こうでは木々が形を変えるほどに揺れていて、大粒の雨が地面を叩きつけている。そこで初めて、北くんの着ているTシャツが濡れていることに気がついた。

「北くん、寒くない!? 着替え貸したいところなんだけど、あいにく私サイズのものしかなくって」

「ええよ、気にせんで。帰ったら着替えるわ」

「冷房上げようか! えっと、リモコン……」

 窓の向こうがまた光る。空には閃光が走って、大きな雷鳴がまた轟いた。ひええぇ。雷、苦手なんだよね。

「リモコンあった!」

 ぷつり。

 え、私今冷房消したかな?

 そう思ったのと、電気が消えたのは同時だった。え!? 何事!? えっ!? えっ!?

「停電やな」

「ひええええぇ!?」

「今どっかに落ちたな、それでやろ」

「えええぇ!? ひゃ!」

 再び空が光り、今度はそれと同時に雷鳴が轟く。

「ぎゃー!」

 薄暗くなった部屋にふたりきり。気のない男性にくっつくべきではない。そんなことは百も承知だけれど、今は例外だ。

 だって、雷こわすぎ。

「怖い怖い怖い怖い」

「名前ちゃん、落ち着きぃ」

「むり! むり! 怖すぎる!」

「名前ちゃん」

「ひええぇ! また落ちた!」

「名前ちゃん!」

「ひゃい!?」

「……そんなひっつかれると、こっちも色々と無理なんやけど」

 はっと顔を上げて、今自分が置かれている状況を理解した。目の前には北くんの顔があって、わ、イケメンだな、なんて考えてしまう。それはそうと! そうじゃなくって!

 今私、北くんに抱きついている!?

「男をホイホイ上げるのはアカン言うたよな?」

「だ、だって今回は、窓が……!」

「名前ちゃんには俺が男に見えへんの?」

「う、み、みえます」

「ほんなら、こんな軽率にひっついたらアカンで」

「あ、ハイ」

「ま、取って食ったりせぇへんから、安心しぃ」

「ハイ」

 これは恋じゃない。ドキドキしているのはきっと、無意識に抱きついてしまったからだ。意外と筋肉あるんだな、ガッシリしてるんだな、なんて考えてしまったのは、彼が異性であるから。ただそれだけ。それ以上も以下もない。だって私は恋なんかしないし、したいとも思っていないんだもの。

「さ、そろそろ行こか」

「ヨロシクオネガイシマス」

 旅行カバンに荷物を詰め込んで、スポーツウェア姿のまま家をあとにする。北農園と書かれた軽パンの助手席に乗り込み、細い道を町の中心部の方へと進んだ。猫はまだ眠ったままだ。呑気なやつめ。

 こんな状況なのに少しワクワクしている自分がいるのは、非日常に置かれているからだろう。きっとそう。そうに違いない。

 これは、恋愛とは関係ない感情。私が彼に恋することなんてないと、神に誓える。心の奥に渦巻く何かを押し込めるように、愛猫を抱きしめた。

北さんと単身移住者3

 好きだよ、ずっと一緒にいようね。

 そう言った彼の温もりを、今でも覚えている。初めての旅行は沖縄。いっしょに選んだ琉球ガラスの風鈴は、鮮やかな瑠璃色だった。もう割ってしまったのに、他の風鈴を見るだけで思い出してしまう。なんだかなぁ。胸の奥が痛いや。

 どうして今でも、夢を見るのだろう。もう過去の人なのに。

 はっと目を覚ませば、飛び込んできたのは見慣れない天井。木目調のそれの中央で、消し忘れた電球がちかちかと点滅している。これは、入居前から付いていたものだ。LEDに替えよう。そんなことをぼんやりと考えながら、ひとつ伸びをして布団から這い出す。洗面所へと向かう途中で、床に置かれた段ボール箱にゴンとつまづいた。

 痛い、小指打った。あのクソ男の夢を見たせいだ。向こうはもう、私のことなんて忘れてるんだろうなぁ。

 朝の支度をさっさと済ませて、コーヒーを淹れる。頭は半分夢の中だ。朝は一杯のコーヒーがないと起きられない。豆から挽いた方がおいしいと教えてくれたのは元彼だった。

「あっ」

 豆をコーヒーメーカーに入れるだけの単純な作業ですら、寝ぼけた頭ではこなせなくなってしまう。軽量スプーンからこぼれたコーヒー豆を、リノベ済みキッチンのシンクに盛大にぶちまけてしまった。一瞬にして周囲がコーヒー豆だらけになる。

 んぁあ! もう! 私のブルーマウンテンが! この豆高いのに!

「はぁ……」

 溜息をついたのと、呼び鈴が鳴ったのは同時だった。日曜日の午前九時。こんな時間に誰だよ。こちとらまだ目も覚めてないというのに。

「はーい!」

「おはようさーん! 澤田やけど!」

 あんのジジイか。チッ。

 ジジイだから朝早いのはしょうがない。きっと朝早くから起きて、時間を持て余しているのだろう。ビーサンに足を突っ込んで、玄関の引き戸をガラリと開ける。朝一発に見るのがこのジジイの顔か、と思いつつ開いた扉の向こうには、ジジイともうひとり、知らない年配の女性が立っていた。

「おはようございます」

「姉ちゃん畑する言うてたやろ? ゆみえちゃん連れてきたから、色々教わり」

「はぁ……」

 ゆみえちゃん。確か畑に詳しい人を紹介するって言ってたな。どうやらこの女性がゆみえちゃんとやららしい。

「初めまして、苗字名前です」

「あらま、可愛らしい子やねぇ。北結仁依です。よろしゅうね」

「はい、よろしくお願いします」

 ニコニコ笑顔の女性は、ジジイと違っていい人そうに見える。早速畑を見せてほしいと言われたので、私はジャージにサンダルのまま畑へと向かった。昨日来たばかりだから、手入れもなにもしてないんだけれど。

「あらま、これは草取りが必要やな」

「ですねぇ」

「今植えるならニンジンとかキャベツ、秋ジャガイモなんかもええよ」

「夏野菜じゃないんですか?」

「育つまでに時間かかるから、今植えるのは秋野菜なんよ」

「なるほど」

 ゆみえさんは土を触ってみては、必要そうなものをメモしてくれているみたいだった。彼女の手元にあるメモ帳には、肥料だとか苗だとか、野菜の名前なんかが書かれている。うちの中から出てきた猫が、ゆみえさんの足元に絡みついた。ニャーニャー懐いている辺り、この人はやはりいい人みたいだ。そういえば、昨日の北くんって人が来ても愛猫は起きてこなかったな。あの人もいい人なんだろうか。

「台風来てるみたいやから、草取りは過ぎてからがええなぁ」

「そうなんですか? 今日刈ろうと思ってたのに」

「雨のあとの方が抜きやすいんよ」

「へぇ」

 女同士のトークを繰り広げていたところに、割り込んできたのは例のジジイだった。お前、まだいたのかよ。

「ところで姉ちゃん、信ちゃんに会うたやろ? どや? 男前やろ」

 信ちゃん? 誰だよ、それ。心当たりがなくて、首をかしげてみせる。「信ちゃん?」と問うてみたら、澤田のジイさんは得意げに口を開いた。

「ゆみえちゃんの孫や。昨日、カーテン付けてきた言うてたわ」

 ゆみえちゃん。北ゆみえさん。北。……もしかして、北くん!?

「えっ!? あ、もしかして北くんって」

「そ、うちの孫」

「まあ、確かに男前でしたけど」

「どや? ゆみえちゃんも早うひ孫の顔見たいやろ? なんなら仲取り持つで?」

「結構です。結婚願望ないので」

 ゆみえさんはいい人だし、北くんもまぁいい人なんだろうけど、生憎私にその願望はない。全ては澤田のジジイの願望でしかないのだ。丁重にお断りすると、澤田のジイさんは「ええと思うんやけどな」とブツブツこぼしていた。台風の予兆らしき風が吹いて木々を揺らす。澤田のジイさんの薄い髪の毛もゆらりと揺れている。

「そや、姉ちゃん地域おこしの委員会に入らんか? 信ちゃんもおるで」

「ハァ!?」

 そろそろこいつ帰るかな、なんて思っていたのに、澤田のジイさんから飛び出た言葉に思わず本音の言葉が飛び出る。地域おこし委員会!? ナンジャソリャ!? えっ、何それなんでいきなり!? そこまでして私と信ちゃんをくっつけたいの!?

 ゆみえさん、ヘルプ!

 そう思ってゆみえさんの方を見ると、彼女は満面の笑でこう答えた。

「ええな! 移住の人の意見は貴重やで! 若い子の意見も聞きたいしな!」

「せやろ!? ここん出身の若いもんだけやと、意見も偏るしな!」

「名前ちゃん! 是非お願いします!」

 キラキラした瞳でゆみえさんに見つめられたら、断ることなんて出来ない。うっ、ちょっと北くんに似てるかもしれない。いい人オーラ全開で見つめてくるゆみえさんに押されて、つい「はぁ……」なんて返事をしてしまう。

「決まりやな! 次の委員会は七日やから! 案内状出すわ!」

 なんて澤田のジイさんが続けて、ゆみえさんには握手をされた。あれ、何これ。なんか面倒なことになってない!?

「あの、私まだ……」

「やー! 姉ちゃんみたいな子が来てくれたら安泰やわ!」

「若い女の子もおるから安心してな! 信介にも名前ちゃんのことよろしく言っておくから!」

「はぁ……」

 どうやら二人とも、純粋な気持ちで私に地域おこし委員会に入ってほしいみたいだ。まぁ、仕事以外に予定もないし、いいんだけどさ。べつにいいんだけど! それと北くんの話は別だからね!

「で、信ちゃんどや?」

 なんて言ってきた澤田さんに、「結構です!」ときっぱり返した。本当興味ないから! お断りだから!

 ところがこの翌日、私はまたもや北くんと対面することとなる。今年一番の勢力を持つ台風が、関西地方に上陸した日のことだった。

黒尾さんから見たふたり・夜編

 幼馴染とその彼女が一線を超えたらしい。

 誰に聞いたのかって? 研磨が俺に話すわけがないでしょ。とはいえ彼女の方から俺に報告してくるはずもない。つまり……。

 雰囲気で分かってしまったんですよねぇ。なんっつーかこう、ボディタッチ多くない? みたいな、そんな距離感で話してたっけ? みたいな、余裕が垣間見えてるよね? みたいな。

 何よりも、先に進んでいないことを悩んでいた彼女の表情が、晴れていることが何よりの証拠でしょ。

 そういうことは聞かないのがオトナのマナーだと思う。でもね。でもですよ。研磨は俺の幼馴染なわけですよ。つまり、俺は彼といると中二くらいの頭に戻っちゃうんですよ。ねぇ、この中二感、どうしてくれるんですか研磨くん。

 聞くなら今。今しかない。キョロキョロと周りを見回し、研磨の姿を探した。うん、キッチンにいる。みんなは鍋をつつくのに夢中になっているし、彼女の方は女子トークが盛り上がっているようだ。あー、もう無理。聞きますよ!? 俺は聞いちゃいますよ!?

 俺は新しいビールを取りに行くフリをして、そっとキッチンへと向かった。冷蔵庫を漁っている研磨の後ろから、そっと声をかける。

「ねぇ、研磨くん」

「なに」

「上手くいったようで何より」

 それだけ伝えただけなのに、ぎろりと睨まれた。なんで。

「きもちよかった?」

「またすぐそういうこと言う」

「だって気になるでしょ」

「幼馴染のそういう話聞いて楽しいわけ? クロは」

「めーっちゃ楽しい」

「……」

「っていうか、否定しないってことはしたんだ? オメデトウ」

 またどうせ『うるさい』って睨まれるんでしょうね。分かってますよ、幼馴染の言動くらい。

 ところが研磨は動きを止めて、頬を真っ赤にして固まってしまった。何かを思い出したかのように。冷蔵庫から、早く閉めろと音が鳴り始める。えっ、えっ、何この反応!? こんな研磨くん初めて見るんですけど。

 ん、もしかして。この人たち……。

「……二回目のタイミングで、悩んでるとか?」

「聞こえない」

「ビンゴ!? 俺オトナだからこういうの分かっちゃうんだよね」

「オトナだったらそういうこと聞かないしうるさいし!」

「っは! あはは! ちょ、研磨くん真っ赤〜! え、オニーサンが教えてあげよーか?」

「知らない!」

 研磨はバタンと冷蔵庫を閉めて、みんなの元へと戻っていった。耳まで真っ赤になった研磨を見て、リエーフが「研磨さん飲みすぎました?」なんて言っている。察してしまったらしい彼女だけが、研磨の方を見て顔を赤く染めた。

「じゃ、今日は早めにお開きにしましょーか」

 あー。あー! あーー!!

 もうこのふたり、じれったすぎでしょ。本当に。これは彼女の方にも一言入れ知恵しておかねばならない。

「ねぇ」

「クロさん」

「泊まっていくんでしょ?」

「えっ!? えっ!?」

「研磨くんが泊まってほしいって言ってたけど? じゃ、俺たちは片付けたら帰るからふたりの時間楽しんで」

 そこまで伝えたところで、研磨に睨まれたのでそれ以上話すのはやめておいた。研磨くん、独占欲強いからね。

 俺の言葉で真っ赤になってしまった彼女は、同じく真っ赤になったままの研磨と目を合わせて黙りこくっている。あー、俺、何見せられてんの。

 ま、今夜はお熱い夜になることでしょ。さっさと帰りますかね。

 そんなことを考えながら、俺は高速で皿を洗ったのだった。

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北さんと単身移住者2

 さて、どうするかな。

 賃貸だけど好きにリノベーションしていいと言われている少し古い民家は、やはりところどころ傷んでいる。まずは掃除。おしゃれリノベは勉強しながら少しずつ進めていくとしよう。まずはカーテンをつけて、寝室を整えなければならない。それから、仕事部屋も。

 ぐう。鳴ったお腹の音に、そういえばお昼がまだだったなと思い出す。謎にキッチンだけリノベーション済みだったおかげで、自炊には困りそうにない。和風の民家には似合わないIH調理器の前で、ラーメンの袋をバリバリと開けた。真夏だというのに、窓から吹き込む風が涼しい。前の持ち主が吊るしたままなのであろう風鈴が、カランと音を立てた。

 元彼と、旅行先で風鈴づくりの体験をしたっけ。あの風鈴がどうなったのかを、忘れられるはずがない。浮気が分かったあの日に、割ってしまったのだから。

「ひゃ、麺伸びてる!」

 新居での初ご飯は伸びたラーメン。しかも水の分量間違えた。まあ、誰に食べさせるわけじゃなちからいいんだけどね。

 結局伸びたラーメンは半分残して、流し台に放置してしまった。休んでいる暇はない。これから夜までに、寝床を整えなければならないのだから。

 スポーツブランドのウェアに着替えて、まずは拭き掃除から始める。廊下と3DKの部屋全てを拭きあげて、軽自動車に積んできた布団を寝室まで運んだ。ベッドはネットで頼んであるから、明日には届くだろう。ものはほとんど捨ててきた。新しく生まれ変わるのだから、必要なものはぜんぶ新しくしたい。

 ちょっとだけ休憩しようと、居間の窓を開け放ったまま畳の上に寝転がる。い草の匂いが鼻をかすめて心地いい。うとうとと微睡みの渦に飲み込まれそうになる。あー、このまま眠っちゃおうかな。

「腹冷やすで? そんな寝方したら」

「!?」

 え、え!? 何か聞こえた!?

 さっきのジジイの声じゃない。もっと若い……、男性の声!?

 ガバリと身体を起こすと、窓の向こう、縁側に膝をつくようにしてこちらを覗き込む若い男性の姿が目に入った。

 ん? んんん!? どなた様!?

 私今、狐にでもつままれているのでしょうか!?

「驚かせたな。すまん。俺澤田さんに言われて来ました、北信介言います」

「澤田……? あー、さっきのジ……、大家さんのご友人の!」

「ひとりで引っ越しの片付けせなあなんから、手伝って来いって……、聞いてへん?」

「へ!? は、はぁ……」

 あんのジジイ。余計なことしやがって。

 そう思いながら顔を上げると、北くんとやらと目が合った。うわお、かなりのイケメンだ。ふっと優しく微笑まれたものだから、うっかりときめいてしまいそうになる。

「あの、荷物ほとんど通販で頼んでるので、掃除くらいしかすることなくて……。大丈夫です。ひとりでも」

「カーテンは?」

「……あ! 忘れてた!」

「脚立持って来たから、上がってもええ?」

「ど、どーぞ……」

 おっと、若イケメンを部屋に上げてしまった。北くんとやらが、「おじゃまします」と縁側から入ってくる。カーテンと留め具を手渡すと、パパッと手早くそれをつけていった。

 『北農園』と書かれた作業着は随分と暑そうなのに、この人が着ると爽やかに見えるのはイケメンだからだろう。器用な指先は、土がこびりついた跡がついている。農家さん、なのかな?

 マジマジと見つめているうちに、北くんはカーテンをつけ終わっていた。

「他の部屋のは?」

「あっ、こっちです! これ、カーテン……」

「可愛らしいなぁ」

 可愛……!?

 いや、いや、カーテンのことだから! 私のことじゃない。カーテンの柄のことだから! たぶん!

 熱くなる頬を手で仰ぎながら、北くんを寝室に招く。そこでも手早くカーテンをつけていった北くん。そのまたお隣の仕事部屋の分まで、手早くカーテンの設置を完了させてくれた。

「荷物、ほんま少ないなぁ。ミニマリスト?

っちゅーの?」

「違います! 心機一転したくて……、新しいものに買い替えちゃおう、って」

「へぇ、ええやん」

 そう言ってにこりと微笑まれたものだから、うっかりまたときめいてしまいそうになった。いや、ときめきました。すみません。

 いや! でも! 一瞬だから! 一瞬ときめいただけだから!

 絶対好きにならない! この人のことは!

「な、ひとつ、言うてもええ?」

「!? な、なんですか!?」

「流しのラーメン、片付けてもええ?」

「〜!?」

「気になんねん」

「きゃー! 自分で片付けます! 片付けるから!」

 キッチン周りに放置していたビニル袋を、北くんがひとつ取り出して底に穴を開けていった。なるほど、汁切りしてるんだ。その機敏さに見とれている間に、北くんはラーメンの残飯を処理して、もう一枚のビニル袋で厳重に密封していった。すっご。テキパキしすぎでしょ、この人。

「それからな、ズボンの紐伸びすぎやで?

ゴムも緩んどる」

「……!? きゃー! ルームウェアのままだった! ごめんなさい! こんな格好で!」

「ビニル袋取る時段ボール見たけど、中身バラバラやんな? あれやと必要なもの見つけられへんで」

「うっ……、す、すみません」

 えっ何この重圧!? 部活!? すっごい怖い女の先輩がこんな感じだった気がする。ま、彼女のことは尊敬してるし仲も良いんだけど。

 圧のある正論パンチ。けれどもイヤな感じはしない何かがある。なんだ、コレ!?

「俺、自分がきっちりせぇへんと、身体むず痒くなんねん」

「……? はぁ」

「せやけど、女の子はきっちりしてへん方が、可愛えなって思うわ」

「はぁ……」

「自分のこと言うてんねんけど」

「はぁ……、ん? え? えええ!?」

 何これ!? 何これ何これ!?

 もしかして私、口説かれてる!?

 や、そんなわけないでしょ、こんなイケメン。話出来すぎ。たぶんヤりたいだけ。絶対そう。男なんてみんな同じなんだから。

「ほな、俺は帰るわ。荷物も少ないみたいやし」

「あ、ありがとうございました」

「鍵かけるんやで? 田舎の男、可愛え子に慣れてへんから、襲われんようにな」

「かっ……!?」

 可愛い!? また可愛いって言った!? 言ったよね!? 今度はカーテンの柄のことじゃない。だって今、カーテンの話はしていないし。

「俺以外の男、同じようにホイホイ上げんようにな」

 ほな、また。そう言って北くんとやらは、車に乗って帰って行った。『北農園』と書いた軽バンが、ブォンと音を立てて坂道を下っていく。

 なに、いまの。な、な、なんか、可愛いとか言われた!?

 きっとあの人も、単身移住者が珍しいんだ。それと、ヤりたいだけ……、には見えなかったけれど。まあ、もう会うこともないかもしれないし、気にするのはやめた。私は一生独身を貫くのだから。そもそもあんなイケメン、きっと彼女がいるに違いない。

「あっ、鍵……!」

 北くんに言われた通り、表側の窓を閉めて、玄関の鍵をかける。飼い猫は眠ったままだから中にいるし、戸締まりして問題ない。磨りガラスの引き戸は少しガタついているが、鍵はしっかりかかるようだ。こんな田舎の一番奥地に来る人なんて他にいないんだろうけど、北くんの言うことは聞いた方がいい気がした。

『自分のこと言うてんねんけど』

「わーっ!」

 ふわりと揺れたドット柄のカーテンと、夏のにおい、蝉の声、四枚扉の大きな窓。流し台のラーメン。足元に置かれた段ボール。北くんの声が、顔が、はっきりと浮かび上がってくる。

 ゴムの緩んだスポーツウェアにヘアバンドで掻き上げた髪、半分以上剥がれたペディキュアが目立つ素足なんていう、とても人には見せられない格好をしていたというのに。彼は私のことを可愛いと言った。社交辞令なのかもしれないけれど。

「知らん! 忘れる! 片付け!」

 今恋愛をするなんていうことは、飛んで火に入る夏の虫。焼け焦げて、ぼろぼろになるに決まっているのだから。

 もう恋なんてしない。

 誰かに恋することなんてないだろうし、相手から来られても絶対に乗らない。仕事とちっぽけな趣味と、飼っている猫さえいればそれでいい。

 この時の私は知らなかった。それが、運命が動き出した瞬間だったことを。

北さんと単身移住者1

 もう恋なんてしない。

 誰かに恋することなんてないだろうし、相手から来られても絶対に乗らない。仕事とちっぽけな趣味と、飼っている猫さえいればそれでいい。

 私は一生、結婚なんてしない。

 あの日、私の頭の中が逆転するその時まで、そう信じて疑わなかった。神様は残酷だ。願っていたことを、そのままひっくり返して現実を押しつけてくるのだから。

 けれども、その瞬間に私の中の時間は動き始めた。それはきっと、奇跡のはじまり。

「こんなところに若い女の子がひとりで? 変わりもんやな」

「単身移住者いうらしいで。ほら、リノベーションなんとかって補助金? 町から貰えるんやて」

「仕事行くのも大変やで? 一番奥やんかここ」

「それがな、在宅ワークっちゅうのしとるらしいねん」

「ほー、今時のもんはええなぁ」

 うっせぇジジイ、黙れ。

 新居の鍵の引き渡しに来た大家のおじいさんと、その友人だというジジイにお茶を出しながら、私は震える唇を噛んだ。少しでも口を開いたら暴言を吐いてしまいそうだ。

 大家さんの方はまだいい。優しいし、いい人そうだ。問題はこの友人のジジイの方。単身移住者が珍しいのか、根掘り葉掘り質問を繰り返している。

 茶飲んだらさっさと帰れ、マジで。

 夏の陽射しが眩しく降り注ぐ縁側に座ったまま、ジジイはさらなる質問を繰り返す。

「在宅ワークってので稼げるんか?」

「……まあ、独り身なので。食べていく分には」

「姉ちゃん歳なんぼ?」

「28です」

「そりゃー早うええ人見つけなアカンな!」

 わはは! と大声で笑うジジイを、思わず睨みつけそうになる。結婚ね。するつもりでしたよ、ほんの三ヶ月前までは! 地雷踏みやがったな、このジジイ!

「姉ちゃん、こんな辺鄙なところに来たん、もしかして男に振られたんか?」

「……っ!」

 ジジイの質問を見かねたのか、大家さんが「そういうのセクハラっちゅうんやで」と仲介している。そうです! 男に振られました! 思い出させないでほしい、マジで。こんなところに来てまで、あのクソ男の存在を。

「ええ人紹介したるで?」

「せやからそれもセクハラやて」

「姉ちゃん畑もするんやろ? そや、ゆみえちゃん連れて来たる! 畑のことなら詳しいやろ」

 ジジイが何かを閃いたように、そう提案した。ゆみえ、誰それ。自分の分の野菜を育てるつもりで借りた一軒家。小さな畑付きの物件だったのが決め手だった。まあ、猫を飼えることが最優先だったけど。正直畑に関しては初心者なので、詳しい人を紹介してもらえるのはありがたい。どうやら、女の人のようだし。

「ゆみえちゃんの孫、えらいイケメンやで〜?」

「は……」

 ハ!? と口から飛び出るところだったけれど、は……、で抑えられた自分を褒めたい。まーた男の話。都会にいた頃もそうだった。男の子紹介するよ。いい人いるよ。結婚しないの? 彼氏作れば? うざい。いい加減にしろ。私は一生ひとりで生きていくのだから。

「信ちゃんに会うたら、絶対惚れるからな」

 ニヤニヤと笑うジジイに、愛想笑いを返すことすら出来なかった。完全に顔は引きつっていたと思う。信ちゃん。誰だよ、そいつ。

 ぜーったいに惚れるもんか!

 男なんてみんな同じ。ホイホイ寄ってきて抱いてしまえば、他の女の子のところに行っちゃうんだから。その信ちゃんとやらだって、きっとそう。男はそういう生き物なんだから。

「……今日は、来て下さってありがとうございました」

 さっさと帰れよジジイ。そう念を込めて、口角を引き上げて声をワントーン高くする。言葉に込められた真の意味に気づいていないジジイは、「ほな、またな〜!」と大家さんを連れて帰っていった。

火星の裏側で抱きしめて16【完結】

火星の裏側で抱きしめてⅢ

 あれから。研磨くんは一ヶ月ほどゆっくり過ごして、九月からKODZUKENの活動を再開することになった。

 休んでいる間に後期で履修する予定だった『仏語2』のレポートを提出して、特別に第二外国語の履修を完了させることが出来た。卒業レポートも終わらせたので、春には卒業確定だ。本人は「休みなのに全然休めなかった……」なんて言っていたけれど。

 研磨くんと私が付き合いはじめたことは、私の友達はもちろん、ルナさんにもあかねちゃんにも、それから研磨くんの友達全員にも知られてしまった。研磨くんはだいぶ照れくさかったみたいで、からかうクロさんにいじられていたっけ。

 あかねちゃんとはバレーボールのコラボ試合を見に行った。セッターって凄いんだなぁ、研磨くんのも見てみたいな。そう言ったら、あかねちゃんがバレーボールの試合をしている研磨くんの動画を見せてくれて、お腹を抱えて笑った。だって、あんなに体力ないって言っていたのに、めちゃくちゃうまいんだもの。

 ルナさんはコヅケン以外のユーチューバーともコラボ動画を始めて、どれも人気を博している。ぜんぶ天才的に面白いから、彼女って本当に凄いなぁって思うんだ。

 それから、私たちの考察動画その2。これも評判が凄かったけれど、研磨くんの「恋愛と仕事は分けたいから」のひと言で第三弾の計画はストップ。私の研磨くんのところでのアルバイトも終了したけれど、問題なんてひとつも無い。だって、これからはいつでも会えるのだから。

「ね、また好きって言って?」

「……言わない」

「私は言うよ? 好き! 好き好き好き好き大好き!」

「分かったから!」

「分かったから何!?」

「……好き」

 あれから火星は遠ざかっていって、肉眼では見えなくなってしまった。けれども私たちは隣にいて、いつでも触れ合うことが出来る。

 ねぇ、研磨くん、好きよ。大好き。

 手と手を握る。皮膚と皮膚が触れ合う。それは、たしかな愛の証。

 手を繋いだまま、ふたり今日も星空を見上げる。さぁ、今日は何の星座が見えるかな。

ーーきみの好きな星は何?

 今日も、きみが好き。

火星の裏側で抱きしめて15

火星の裏側で抱きしめてⅡ

 昼間の熱が残ったままのアスファルトを、靴底で思いきり踏みながら走る。山頂へと続く坂道は急すぎて、何度も止まりそうになった。

 重い、降りてと繰り返し言われながら、ふたり乗りした自転車。ペダルの回転する音。あの頃は涼しい風が吹いていたけれど、今夜は熱帯夜だ。

 研磨くんのことが好きだ。好きで好きでどうしようもない。

 ただそれだけを考えて、坂道を駆け上がった。汗だくになってもいい。髪が乱れてもいい。とにかく今すぐ、研磨くんに会いたかった。会って話をしたかった。

 山頂の駐車場にたどり着いて、遊歩道を進む。きっとこの先にあなたがいる。下を向けば夜景が、上を向けば星空が広がる宇宙空間だ。

「……研磨くん!」

 真っ赤な半袖を着た、少し丸まった背中が目に入る。さらさらの髪が、風に吹かれて揺れた。真夏の夜の匂いがした。

「……本当に来た」

 そう言ってゆるやかに笑う彼の顔は、少し寂しそうにみえる。

 ねぇ、研磨くん。私なんかでいいなら話を聞くから、何でも話してほしいな。ぜんぶ聞かなかったことにするからさ。

 空にはまた、真っ赤な星が光っていた。

 上を向けば星、下を向けば星、ここはきっと宇宙空間。大気圏を飛び越えて、私は火星の裏側までたどり着いた。前を見たら、真っ赤な星のように輝くきみがそこにいる。

「どうしてここが分かったの」

 いつもより少し低い声が、鼓膜に届く。どうしてって言われたって、分かったのだから何とも言いようがない。

「ここしか無いじゃん」

 私がそう答えると、研磨くんは少し下を向いて口を開いた。ぽつり、と聞こえるか聞こえないかの声がきこえる。

「……ごめん、迷惑かけた」

「ううん。私は平気。……でも研磨くんはそうじゃないでしょう?」

 私の質問に、彼は答えようとしない。ただ黙ったまま、今度は上を見ている。真っ赤な星は、先ほどより少し位置が高くなった。黙ったままの研磨くんを見つめながら、私は続けた。

「自分が二人いるってどういう感じか分かる? ……って、前に言ってたよね」

「……覚えてない」

「嘘! 悩んでたんでしょう? ……ね、今の私は『青い星』。だから……。頼りにならないかもしれないけど、話してほしい」

 そう、今の私は『青い星』。『青井星羅』として彼に会いにきたけれど、話を聞いている間は『青い星』になろう。そう思った。

 ふっと目と目が合う。研磨くんは参ったな、といった顔をして、ぽつぽつと話しはじめた。夜の色が濃くなっていく。

「……よくある話だと思う。普段の自分と、配信者としての自分の境界線が分からなくなったって、それだけの話」

 そんな何でもないような顔して、淡々と話す研磨くん。きっと、彼はずっと悩んでいた。私には分かるはずもないけれど。寄り添うことは出来る。

 いま、私に出来ること。それは、私の想いを伝えることだとそう思う。

「ねぇ、研磨くん。私にはどんな研磨くんも『孤爪研磨』くんだよ。コヅケンも、火星の裏側さんも、今のきみも」

 研磨くんはまた黙ってしまったけれど、私の声は止まることを知らない。こんなに本音を喋るのは初めてだ。私の気持ちを、全てを、きみに伝えたいから。

「私は研磨くん自身を見てるよ。どんな研磨くんでもいい。全部ひっくるめて『孤爪研磨』くんだから」

「……なんでそんな自信満々なの」

 なんでって、そんなの決まってる。初めて出会った時からずっと、きみのことを見ていた。だって私は……。

「胸を張って言えるよ! だって、どんな研磨くんのことも好きだから!」

 私の叫び声が、宇宙空間に大きく響く。何かに当たって反響して、強く、大きくこだました。研磨くんの目が見開く。

 そこまで叫んだあとに、はっとした。これ、告白してるようなもんじゃん。

「あっ、えっと! 今の聞かなかったことにして!」

「……無理、もう一回言って」

「むりむりむり! ちょ、キャー! 来ないでえぇ!」

 研磨くんの少しごつごつした手が、私の腕を掴む。初めていっしょに夜空を見上げたときに繋いだ、その温もり。あの時は自覚していなかった。けれども好きだと自覚して、それを伝えてしまった今は、逃げ出したくてしょうがない。

「来ないで! 見ないで! 逃げる!」

「……逃げないで」

「無理! 逃げたい!」

 走ろうとするけれど、研磨くんの腕の力が強くて動けない。無理矢理身体に力を入れたら、身体が斜めに傾いた。

 あ。重力に持っていかれる。

 次の瞬間、目に浮かぶのは天の川。夏の大三角形。それから、真っ赤に光る星。それよりも近く大きく、大好きな人の顔がみえる。

 どうやら私は研磨くん共々転んでしまったらしく、地面に寝転がった状態だ。土のにおいがする。夏の夜の風は、熱帯夜のそれだ。

 ……というより、押し倒されている!?

「最初は面白い子だって思ってた。翔陽とか、ゲームとか、ルナの動画とか。面白い人やものと同じだって」

「な、な、何の話????」

「……でも違った。きみはいつも、俺に新しい感情を連れてくる。他のどれとも、違った」

 何の話をしているの? 私の話?

 奇遇だね、私もそうなんだよ。きみもいつも、私に新しい感情をつれてくるんだ。

 そう言おうとしたその瞬間、ふっと身体に重みを感じた。研磨くんにぎゅっと力強く抱きしめられていると理解した時には、心臓がばくばくして、完全に思考回路が崩壊していた。頭の奥が爆発しちゃいそうになる。ひとり分の重力が、直接私に乗っかってくる。

「ね、これじゃ研磨くん星見えないよ……?」

「見えるし」

「……?」

「きみが、みえる」

 互いの呼吸音がきこえる距離で、そんなことを囁かれたらもう自惚れるしかない。きみの後ろには真っ赤に光る火星が見えて、それが今地球に大接近しているというのに。きみはそれを見ようとはしない。私の目を、じっと見つめている。

「照れるから、一度しか言わない」

「……うん」

「クサいセリフは好きじゃない」

「うん」

「聞いたら忘れて」

「じゃ、研磨くんもさっきの忘れて」

 そう返したら、「それは無理」と小さく囁かれた。研磨くんの声が、直接脳に響く。

「……例え俺が隣の星にいても、必ず見つけ出すよ。だって俺たちもう、火星の裏側にだって飛べるから。きみは『俺』を見てくれた。だから俺も、『きみ』を見つけ出せる。俺たちは離れ離れにはならないよ、絶対」

 長いセリフが似合わなさすぎて、つい笑ってしまいそうになる。けれども私はそれをしない。目の前にいる彼が、とても真剣な瞳をしているから。

「だって」

 そう聞こえたあと、研磨くんの瞳にとらえられた。きらきらと光る彼の瞳に映るのは、他の誰でもない私。研磨くんが、続ける。

「きみは宇宙で一番綺麗な星」

 それは紛れもなく、『孤爪研磨』くんの声だった。きみは地球が綺麗だと言った。それを好意だと受けとめていいのか、あの時はまだ分からなかったんだ。でもね、今なら伝わる。きみの想いが、伝わってくるよ。痛いくらいに。

 自然と溢れた涙は瑠璃色? 私には見えない。けれどもきっときみには見えていて、優しくそれを拭ってくれる。

「……きみとなら宇宙にだって飛んで行けそうだし、火星の裏側にだって触れられそう。現実的じゃないかもしれないけど。例えっていうか。つまり、そういうこと。分かる?」

 そんなの。分かっているに決まってる。でもね、確かな言葉がほしいから、私はそれを言うことをしない。

「……ちゃんと言わないと分かんない」

「……星羅のことが好きだよ」

「名前で呼んでくれた……!」

「だって照れるじゃん、名前で呼ぶの」

「そんな理由で? 本当に!?」

「あー……、火星の裏側に隠れたい気分」

 そこまで言うと、研磨くんはどすん、と体重ぜんぶをかけて顔を隠した。ちらりと見える耳が赤い。名前を呼んでくれなかった理由を知って、おかしくて笑ってしまう。うそ。本当にそんな理由だったなんて。

「……ね、私もそこに行くから、火星の裏側で抱きしめてくれる?」

「じゃあ、こうしよう。ここは宇宙。俺たちは今火星の裏側に着地したところ。目の前には青い地球みたいに綺麗なきみがいる。想像してみて」

「……うん、想像出来た。綺麗かどうかは知らないけど」

 研磨くんが顔を上げる。その頬は真っ赤に染まっていて、まるで本物の火星みたいだ。ふたつの星が触れ合うことは無いけれど、私たちはこうしてくっつくことが出来る。

「好きだよ」

 そう聞こえた瞬間、自然と目を瞑っていた。まぶたの奥には無数の星。唇に降ってきた熱に、溺れてしまいそうになる。

 瞳を開けて見つめ合ったら、もう一度キスをされた。研磨くんの背中に手を回して、重力に身を委ねる。何度かキスを繰り返して、私たちは抱きしめ合った。

ーー例え俺が隣の星にいても、必ず見つけ出すよ。だって俺たちもう、火星の裏側にだって飛べるから。きみは『俺』を見てくれた。だから俺も、『きみ』を見つけ出せる。俺たちは離れ離れにはならないよ、絶対。

ーーきみは宇宙で一番綺麗な星。

 ねぇ、研磨くん。好きだよ。大好きだよ。宇宙で一番大好き。

 恋愛に興味もなかった私が、きみに出会って恋をして、きみも私に恋をした。それは、この星が生まれたことと同じくらいの奇跡。

 ねぇ、このまま火星の裏側でふたりで暮らそうか?

 そう聞いたら、研磨くんは「そろそろ地球に戻る」って笑って答えた。きみはもう大丈夫。大丈夫だよ。

 手と手を握る。触れ合う皮膚は熱くて、溶けてしまいそうになる。

 さぁ、一緒に地球に帰ろう。私はいつでもきみをみているからね。

火星の裏側で抱きしめて14

ーー例え俺が隣の星にいても、必ず見つけ出すよ。だって俺たちもう、火星の裏側にだって飛べるから。きみは『俺』を見てくれた。だから俺も、『きみ』を見つけ出せる。俺たちは離れ離れにはならないよ、絶対。

ーーきみは宇宙で一番綺麗な星。

火星の裏側で抱きしめてⅠ

 急いで服を着替えて、スマホの入ったショルダーバッグを肩にかけた。玄関まで走り、スニーカーに足を突っ込む。

 研磨くん、おうちにいるのかな。いきなり行って迷惑じゃないかな。ひとりになりたいんじゃないかな。

 早く行かなきゃと思う自分と、踏みとどまってしまう情けない自分がいる。自分が二人いるってこんな感じ……、では無さそうだよね。

 思いきって玄関のドアノブに手を掛けたところで、スマホの着信音が鳴った。表示された名前はルナさん。「もしもし」と急いで出ると、大きな声で「なーにボサっとしてんの! 来て!」と叫ばれた。

「今から研磨くんのところに行こうと思って……」

「行動が遅い! 私、今コヅケンちの前」

「!? 会えた!?」

「ううん、いない」

「待ってて! 私も行くから一緒に探そう!」

「それ、私も言おうと思ってた」

 ルナさんに背中を押されて、私は玄関を飛び出した。三、二、一、点火。大気圏を抜けたら宇宙空間。猛暑の中を駆け抜けて、電車に飛び乗った。窓の外にみえる景色たちが、私を見送ってくれる。

 研磨くん、研磨くん、……研磨くん!

 あなたに、会いたい。

 織姫と彦星は会えなかったけどさ、今日は地球から火星が見えるよ。今の私がいちばん好きな星。

 電車を乗り継いで、到着駅からまた走る、走る。照りつける太陽が眩しい。汗だくだし、走ったせいで髪はボサボサだけれど。それでも今、会いたいんだ。

 研磨くんの家に着くと、ルナさんが大きく手を振っているのが見えた。今日は私からルナさんに抱きついて、声をあげて泣いた。ルナさんも泣いていた。

 私たち、良い友達になれるかな。

 ふたりで声をあげて泣いて、落ち着いた頃には日が暮れかけていた。きっと今頃、火星が地球に最接近しているのだろう。

 ルナさんは服の裾で目元を拭うと、ズズっと鼻をすすって、それから口を開いた。

「……星羅は知ってたんだ?」

 その問いに、「……うん」と頷く。ルナさんははー、っと大きく溜息をついて、それから少しだけ黙った。私の指先の赤いネイルが、夕日を浴びてきらきらと光る。

「はー、そっか。負けた気分。……星羅ってさ、コヅケンのこと好きでしょ? ……知ってると思うけどさ、 私も好きだよ、コヅケンのこと」

 ルナさんがそう言う。背筋はぴんと伸びていて、その告白は堂々としていた。研磨くん本人がここにいたら、ルナさんのことを好きになってしまうんじゃないかな。そう思えてしまうくらいに、彼女は素敵なひとだ。

 ルナさんの問いかけに、小さく答える。

「……うん、大好き」

「でもさー、コヅケンが見てるのは私じゃないんだよね」

 ルナさんはまた大きな溜息をついて、それから私の顔を見た。綺麗な顔をしているな、本当に。こんなに素敵な人が私のライバルだなんて、隣に立つ資格もないんじゃないかと思ってしまう。私の声は、ますます小さくなった。

「……でも、ルナさんが一番研磨くんのこと分かってあげられると思う……」

「はぁ!? 本気で言ってんの!?」

 反して、ルナさんの声は大きく、強くなる。堂々としていて立派で、彼女の人格を表しているかのようだ。

「いい!? コヅケンの他の顔を知ってたのは星羅だけなの! 人に弱みを見せないコヅケンがさ、アンタには弱みを見せてたってこと!」

「弱み……、なのかな」

「隠して別名義使うって、そういうことでしょ。私もSNSの鍵アカとか持ってるけどさー。あ、それはリア友としか繋がってないよ? まぁ、今回のはチャンネルとして動かしてたってのが問題なわけなんだけど」

「研磨くん、自分が二人いるってどういう感じか分かる? って言ってた……」

 彼が言っていたことを、なぞるように言葉にする。するとルナさんは少し驚いたような顔をして、こくりと頷いた。

「あー、私には分かるよ。どっちが本物の自分なのか、分からなくなるの」

「私には分からない……」

「だから星羅には別の顔を見せられたのかもね。でもそれだけじゃないと思う」

「それだけじゃないって?」

「……ニブい。自分で考えて」

 頬を膨らませながらそう言うルナさんは、本当に可愛らしい人だ。そんなルナさんにも見せなかった研磨くんの他の顔。それを私だけが知っていた。私だけには見せてくれていた。それって、どういう意味なの? あれは、思わせぶりな態度じゃなかったの?

「配信貼られてたけどさ、『青い星』さんって星羅?」

「……うん」

「はー、完敗だぁ」

「何が?」

「だから自分で考えて」

 ルナさんは呆れ顔でそう言うと、うーん、とひとつ伸びをして立ち上がった。空は藍に染まり、一番星が光っている。一際強く輝いているあれは金星だろうか。

「いま見えてる一番星は金星。宵の明星。いちばん明るい女神星」

「!? 何事!?」

「研磨くんが教えてくれた」

 ふたりで過ごした時間を思い出しながらそう言うと、ルナさんは「は〜、もう! 好きって言って来なよ!」と私の背中を叩いた。痛い。わりとガチで痛い。でもこれは、彼女からのエールなのだろう。

「……うん! 私、研磨くんのことが好き!」

「ちゃんと告るんだよ? ま、そろそろ帰ってくるんじゃない? じゃ、私は帰るから」

「研磨くんに会いに来たんじゃないの!?」

「星羅と話をしに来たんだよ。じゃね。応援してる!」

 ルナさんはそれだけ言うと、手を大きく振って立ち去っていった。研磨くんのおうちの前に、私だけがぽつりと立ちつくす。

 ねぇ、ルナさん。私たちもう良い友達だよね。

『研磨くん、会いたいです。どこにいますか?』

 陽は沈み、夜のブルーが空を包む。低い位置に赤く光る、ひときわ輝いている星。あれが火星だろうか。

 ピロン、とスマホの通知音が鳴って、画面をタップした。ドキドキする胸をおさえ、深呼吸をしてその画面を見つめる。研磨くんからの返信だ。

『うーん、火星の裏側かな』

 それは、何かの暗号だろうか。『火星の裏側』は私たちだけの秘密。ふたりしか知らない場所に、きみは今隠れているの?

『今すぐ飛んでいく』

 それだけを送信して、私は走った。不安しかないのに、どうしてだか気分は高揚している。三、二、一、点火。いま、会いに行くよ。すぐに飛んで行くよ。だから、そこで待っていて。私たちは織姫と彦星じゃない。離ればなれにはならないよ。

 空に見える火星を目指して、ただひたすらに走った。

火星の裏側で抱きしめて13

楕円の軌道に乗ってⅡ

『今夜、火星大接近』

 リビングに置いてあった新聞の記事を、つい食い入るように見てしまう。

 七月三十一日。研磨くんとの約束の日になった。テストは全部終わり、お互い追試の連絡もない。成績表が送られてくるまで油断は出来ないけれど、たぶん大丈夫だろう。

 火星が最接近するのは夕方四時頃だけれど、その時刻は日没前だ。関東での見頃は夜の九時頃だそうで、八時から配信をはじめる予定だと聞いている。窓の外を見ると天気は快晴。今日も猛暑日になりそうだ。

 研磨くん、なんでこんなに暑いの……、ってまた眉間に皺を寄せているのかな。なんて、数時間後には会える彼のことを考えた。この日のためにと珍しく塗った赤色のネイルが光る。その爪で、スマホの画面をタップした。

 普段はネットニュースはあまり見ない。なのにそれを開こうとしたのは、火星大接近の話題をもっと知りたいと思ったからだ。

 友達に勧められて登録したままほとんど開いていないSNS。久々にそのアカウントにログインして、話題のトピックを検索する。正直、沢山情報を得たい時はこれが便利なんだよね。あまり馴染めないけれど。

 私が目を見開いたのと、友人からのメッセージが届いたのは同時だった。ピロン、と情けない通知音が響き、開いたトレンドの上部に友人からのメッセージが流れる。心臓がいやな音を立てて、それがどんどん大きくなっていく。

“コヅケン、トレンドに上がってんじゃん ‘’

 どくん。どくん。胸の音がうるさい。恋に焦がれている時のそれじゃない。いやな時の方だ。

 恐る恐る、SNSのトレンドをタップする。

『コヅケン 裏チャンネル』

 反応の多い投稿が並んでいる画面を、ゆっくりとスクロールした。

 何、これ。今、何が起きているの?

『これってコヅケンの声に似てね?』

『コヅケンじゃんこれ』

『チャンネル登録者少なww』

『憶測でものを言うのはやめようよ』

『コヅケン公式にリプしてるアホがいる』

 これって、『火星の裏側』のチャンネルだよね? どうしてコヅケンと火星の裏側さんが同じ人物だって、拡散されているの? だって、その秘密を知っているのは私だけなのに。

 最初に発信されたでたろう投稿が、どんどん拡散されていく。画面を何度も更新しているうちに、エンタメニュースにも取り上げられてしまっていた。

 友人からのメッセージが続々と届く。

“大丈夫?”

“ニュース見たよ! 心配”

 急いで動画配信サイトの、『火星の裏側』のチャンネルを開く。最近は配信されていなかったはずなのに登録者がどんどん増えていって、数分後に急に画面からそのチャンネルが消えた。

『非公開または削除されたチャンネルです』

 急いでまたSNSで検索をする。こんな風に、リアルタイムの情報を追うのは初めてだ。慣れないけれど、彼の『今』を知らなければならないと思った。画面をスクロールして、最新の表示にする。

『火星さん消えた』

『削除されたって本人じゃん』

『ちょ、コヅケンがつぶやいてる』

『コヅケンからのコメントキタ!』

 画面をもう一度更新する。そこには『KODZUKEN』公式からのお知らせが動画で投稿されていた。

 どくん、どくん。身体が真空空間に飛んでしまったかのように、鼓動がうるさい。開きたくないと思った。開きたくなかった。けれども指は止まることを知らない。

 いま、私たちの秘密が終わる。

『こんにちは、KODZUKENです。今回は火星の裏側の件でお騒がせしてしまい、誠に申し訳ございません』

 なんで、彼が謝る必要があるの? 公表せずに、他のチャンネルを持っていたから? 先ほど、ファンを裏切ったという投稿を見かけた。彼はそんな人じゃない。そんな人じゃないのに。

『火星の裏側は僕の別名義のチャンネルです。素顔を隠して配信していたことをお詫び申し上げます。火星の裏側のチャンネルは削除することに致しました。また、コヅケン単独のチャンネルを1か月ほどお休みさせていただきます』

 なに、これ。……なに、これ。

 これは、研磨くんの本音? どうしてコヅケンのチャンネルもお休みするの? 彼の投稿に、どんどんコメントがついていく。

『どっちもやめたら』

『ゆっくり休んでください! いつまでも待ってます!』

『本当にファン大事にしてるなら公表しとけよって思う』

『どんな顔でもコヅケンはコヅケン! 待ってるよ!』

 音楽はあまり聞かない。お笑い番組も見ないし、みんなが見ている動画もほとんど見ない。ゲーム実況なんてもってのほか。

 そんなだった私は、今は動画を見るようになった。それはたぶん、きみのおかげ。まだネットには詳しくないし、SNSなんてもっと分からないけれど。

 研磨くんの力になりたい。そう思ったんだ。

 ピロン、とスマホの通知音が鳴る。差出人は研磨くんご本人。絵文字なしのシンプルな文で綴られた文面を見たら、涙が止まらなくなった。

『ごめん、迷惑かける。『青い星』さんのせいじゃないってこと分かってるから。俺は大丈夫』

 たった三行のそれが、彼からのヘルプ信号のように思えた。

ーー自分が二人いるってどういう感じか分かる?

 あの時確かに、彼はそう言っていた。

 ああ、もう。こういう時、どうすればいいんだろう。恋愛経験はゼロ。恋愛なんて興味ないし、彼氏なんていらない。そんな私だったから、解決方法が見つからない。友達だって少ないと思っていた。

 ねぇ、みんな。こんな私だけれど、友達って呼んでもいい?

 気がついたら、大学の友人のグループトークに発信をしていた。

『えっ、星羅から電話!?』

『ちょっと、星羅大丈夫!? コヅケンのことでしょ?』

『私らでいいなら話聞くよ!』

 友人全員がすぐにグループ通話に出てくれて、ああ、ちゃんと私のことを友達と認識してくれてたんだなぁって、また涙が出た。

「ぐすっ、ひくっ」

『ちょ、泣いてんの!? 大丈夫!?』

『マジか! そんなにコヅケンのこと好きだったの!?』

「ひっく、うえぇ、……うん、大好きぃ」

『分かってたよ、星羅がガチ恋してんの』

『それ本人に言いな?』

『星羅は知ってたんでしょ? それって、特別な存在だからだと思うよ!』

『コヅケンのとこ行って来なって! ついて行こうか?』

「ひっく、っく、みんな、ありがとう……っ」

ーーきみの好きな星は何?

 初めて会った日に交わした言葉、新緑のにおい、生ぬるい風。重力が消えてしまったかのように、持ち上げられたトートバッグ。あの日から、私の世界は回りはじめた。

 ふたりで見上げた星空。地球、綺麗。そう言ってくれたこと。繋いだ手の熱さ。火星の裏側まで、本気で飛んでしまいそうだと思った。

 二度目に見たのはおとめ座のスピカ。ごめん、他の星の名前は覚えていない。きみばかり見ていたから。好きなタイプは地球人。そう言ったきみは『火星の裏側』じゃなくて、『KODZUKEN』でもなくて、『孤爪研磨』だったよね。

ーー自分が二人いるって、どんな感じか分かる?

 分かるはずもない。だって私はたったひとりしかいないのだから。私はユーチューバーじゃないし、動画だってそんなに見る方じゃない。きみとは違う軸にいる。そんなの当たり前。

 ねぇ、今夜さ。軌道の違うふたつの星が大接近するんだよ。そんな日に奇跡が起こらないと思う?

 きみに出逢って私の世界は回り始めた。だから、今度は私がきみを。

「私、研磨くんに会ってくる」

 ねぇ、研磨くん。きみは今どこにいる?

 もしかして、火星の裏側にでも隠れているのかな?

 もしそうだとしても、私が会いに行くよ。今なら、空だって飛べるから。大気圏を超えて迎えに行くよ、きっと。

 火星の裏側にだって行けると、信じているから。

火星の裏側で抱きしめて12

楕円の軌道に乗ってⅠ

 私なんか、研磨くんには相応しくない。七夕の夜にそう確信したのに、恋する気持ちは加速するばかりだった。まるで光のスピードに乗ってしまったかのように、会うたびに好きが増えていく。隣の星に触れられてしまいそうだと、本気で思えてしまうくらいには。

「フランス語、呪文なんだけど……」

 私の隣で、ゆるくまとめた髪を触りながら研磨くんが言う。テスト期間ということもあり、しばらくアルバイトは休みだ。しかし今私は、彼のうちで第二外国語のフランス語の勉強を教えている。

「なんで仏語選んだの? 韓国語とかの方が簡単だと思うよ」

「韓国語は絵文字にしか見えない……」

「じゃー仏語頑張らなきゃ! 絶対落とせないんでしょ?」

 そう言うと研磨くんは眉間に皺を寄せて、しぶしぶシャーペンを手に取った。二、三行単語を並べて書いてみては、はぁ、と溜息をついている。

「そういえば研磨くんって一年休学してたんだよね? どうして?」

「動画の仕事が忙しくなってきて、会社設立した頃かな。どっちも中途半端になったから。思いきって休んでその年は配信に力入れようって、それだけ」

 それだけって、だいぶ凄いことだと思うんだけれど。そんな決断、なかなか出来ることじゃない。ただ尊敬することしか出来なくて、また自分とルナさんとを比較してしまった。今、ルナさんは関係ないのに。

「あー、そうだ。この前はごめん。配信……、出来なくて。うるさかったでしょ」

 研磨くんの口から先日のバーベキューのことな飛び出てきて、どくんと胸がいやな音を立てる。ルナさんとふたりきりで話をしていたことと、その内容が頭をよぎった。

 本当の自分が分からなくなることがある。ルナさんのその言葉に、研磨くんは確かに同意していた。私にはきっと、一生分からない悩みなんだろう。

「……ううん! すっごく楽しかったよ!」

「昨日、火星見えてた」

「えっ!? もう見えるの!? 月末だって言ってなかったっけ?」

「いきなり近づいてくるわけないでしょ。一番近づくのが七月の三十一日。六月ごろから見えてたよ」

 それでも、話題が星のことになると、ドキドキと胸が速まってしまう。研磨くんが星に詳しいだなんて、たぶん『コヅケン』のリスナーさんたちは誰も知らない。あかねちゃんも、ルナさんも、クロさんだって知らないかもしれない。

「そんなに早くから!? 早く教えてよ〜!」

「『青い星』さんなら知ってると思ってた」

「〜っ!」

 研磨くんはそう言って、からかうような瞳で私を見る。ずるい、その顔。その声。本当に、ずるすぎる。胸が爆音を立ててどうしようもない。

 ああ、本当に好きなんだなぁ。研磨くんのこと。

 火照った頬を手で覆って冷ましていると、研磨くんの声が柔らかく降ってきた。私の前でもたまに聴かせてくれるようになった、『孤爪研磨』くんの声だ。

「……次の配信、前にも言ったけど三十一日だから」

「……! うん!」

 約束、覚えててくれたんだ。もしかしたら忘れられてるかもしれないと思ったから、ホッとする気持ちの方が大きい。けれどもそれよりも、加速する恋心の方がもっと凄かった。

 研磨くんが、続ける。

「火星の軌道って地球と違って楕円形だから、年によって地球と接近する距離が違う」

「へぇ、知らなかった」

「すごい近くなるのが今年で、次は十七年後」

「十七年後!?」

「そう考えるとすごいよね。ワクワクする」

「研磨くんもワクワクとかするんだ……」

「するでしょ、普通に」

 凄いなぁ。十七年に一度の火星大接近。そんな貴重な日に私を選んでくれたんだと思うと、自惚れてしまう自分がいる。

 エアコンがブォンと音を立てる。冷気が直に降ってきたけれど、今の私には関係なかった。だってこんなにも、身体が熱いのだから。

「楽しみだね、『青い星』さん」

「研磨くんが仏語落とさなかったら一緒に見てあげる」

「……そういうの無しだから」

 梅雨明けが早かったこともあり、今年は猛暑続き。身体には酷だけれど、その分星空は見えやすい。どうか三十一日が晴れますように。ついでに研磨くんが仏語で点を取れますように。そんなことを願いながら、彼の横顔をちらりと見つめた。