ミルキーウェイまで飛んで、熱帯夜Ⅱ
ーーこと座のベガは織姫星。青い一等星。夏の大三角を結んだ先にある彦星は、わし座の一等星アルタイル。出逢ったふたりは恋をした。
ーー今年の七夕は晴れるかな?
七月七日。七夕は猛暑日で、今夜は熱帯夜になるらしい。昼間は太陽がさんさんと照りつけていたけれど、午後になると雲が空を覆いはじめていた。夕方研磨くんの家に着いた頃には空はグレーに染まっていて、天の川が見えるかとても微妙な状況だった。
それよりも、研磨くんがぐったりしているのだけれど……。
「なんでこんなに暑いの……」
研磨くんが、顔をしかめながらそう言う。暑いの苦手なの? と聞いたら、「寒いのも苦手」と返ってきて笑ってしまった。
「なんだか、曇ってきたね」
「あー、うん。ごめん。今日の配信なしになった」
「ええ!? まだ晴れるかもしれないのに!?」
「クロがこれからバーベキューしようって」
バーベキュー。バーベキュー。それは陽キャイベントなのでは!? っていうかクロって誰!?
研磨くんは人付き合いが苦手というわりに、友達に囲まれている気がする。
そもそも、そのバーベキューは私も参加していいものなのでしょうか? そんな疑問が浮上すると同時に、あかねちゃんからのメッセージがスマホに届いた。
『今日研磨くんのうちでバーベキューするの! 星羅ちゃんも来られる!?』
来られるどころか、既に研磨くんのおうちにいるんだけれど。
研磨くんにスマホの画面を見せると、「あかねらしい」と笑っていた。どうやら私も参加してオッケーのようで、配信が無しになったがっかりも吹き飛んでしまう。続いてまたあかねちゃんからメッセージが届いて、『ルナちゃんも誘った!』なんて書かれている。
ルナさん。ルナさんかぁ。いい人なんだけれど、たぶん彼女も研磨くんに気があるんだと思う。分かるんだ。私と同じように彼を見つめているから。
誰かが恋していることが分かってしまうほどに、今の私は恋に狂っている。きっと、そう。あんなに恋愛に興味がなかった私が、こんな風に恋をするなんて。この星が生まれたことと同じくらいの奇跡なんだ。
そんなことを思いながら、愛しい人の横顔を見つめることすら出来ずにいるのだった。
◇
日が暮れる頃、研磨くんのお友達が続々と到着しはじめた。高校の部活仲間らしく、あかねちゃんは全員と知り合いらしい。
どこかで見たことのあるモデル(たぶん)の姉弟がいるし、これまたどこかで見たことのある芸人さんもいるし、有名配信者のルナさんはいるし、あかねちゃんのお兄さんはプロの選手らしいし。研磨くんの周りって、一体どうなっているの!?
「お、お、女の子がふたりもいる……!」
「星羅ちゃん、ルナちゃん、こちら私のお兄ちゃん」
あかねちゃんが紹介すると、お兄さんは「ま、眩しい!」と叫んで去っていった。キャ、キャラ濃い! その後ろで芸人さんが「鶏肉、取りにくい」と言いながら鶏肉を焼いている。ひえぇ、こちらもキャラ濃い!
そんな光景に唖然としていると、「ごめん遅れたわ」とスーツ姿の男性が現れた。この人は見たことがない。どうやら有名人ではなさそうで、ホッと胸を撫で下ろす。
「研磨く〜ん、美女ふたりもお連れですか?」
「クロ、言い出しっぺなのに遅れないで」
「俺も忙しいのよ」
この人がクロさん。研磨くんが言っていた、バーベキューの提案者さんだろう。一般人とはいえ、随分と顔立ちが整っている。研磨くんの周りは美男美女ばかりなのだろうか。そういえば、前にビデオ通話していたショーヨーさんという人も、結構なイケメンだった。
「ルナちゃん久しぶり! 研磨とのコラボどう?」
「黒尾さ〜ん! お久しぶりです〜♡ いつも毒吐かれてます♡」
「毒吐いてるつもりないし」
「研磨くーん、女の子には優しくね? あれ、こちらは?」
クロさんは私に気がついたようで、研磨くんに問いかけていた。わ、背が高いなぁ。そう思いながらじっと見上げると、目が合ってにこりと微笑まれた。近くで見ると更にイケメンだ。
「バイトの子」
研磨くんがそう返事をする。バイトの子。またそういう呼び方をされてしまって、心がどすんと重くなる。前よりも、少しだけお近づきになれたと思っているんだけどなぁ。
「はじめまして! 青井星羅と申します」
「あ、もしかして考察動画の子? 研磨から聞いてる」
「えっ!?」
「研磨の幼馴染で、黒尾鉄朗と言います」
「よ、よ、よろしくお願いします……」
研磨くんが、私のことを幼馴染さんに話している!? まあ、考察動画は新しい試みだし、話していても不思議じゃない。それでも、私の存在について少しでも触れてくれているという事実が、嬉しくてしょうがなかった。
研磨ー! と誰かが彼を呼んで、研磨くんが立ち去っていく。ルナさんもそれについて行って、初対面のクロさんと二人きりにされてしまった。
「星羅ちゃん」
おっと。まさかの、クロさんからの名前呼び。研磨くんは一度も名前を呼んでくれないのに、初対面の男性からさらりと下の名前で呼ばれてしまった。びっくりして固まっていたせいか、クロさんが「ごめんごめん」と笑いながら謝っている。
「すみません。研磨くんにも名前で呼ばれたことないから、びっくりして……」
「研磨が? ……なるほどねー」
「……?」
「いや、なんでも。星羅ちゃん、研磨色々行き詰まってるみたいだから、よろしく頼みます」
クロさんは小さくそう囁くと、「じゃ」と片手を上げてみんなの方に歩いていった。なるほどね、って、どういうこと? ううん、それよりも! 研磨くんが行き詰まってる……? 私にはそんな風に見えなかったから、驚きしかない。順調に進んでいるように見えるけれど、研磨くんにも悩みなんかがあるのだろうか。
「星羅ちゃーん! お肉焼けたよー!」
あかねちゃんに呼ばれて、私もみんなの方へと駆け寄る。芸人さんが、焼きたてのお肉をお皿に乗せてくれる。モデルの男の子はタレを注いでくれて、そのお姉さんは割り箸を割って渡してくれた。研磨くんのお友達はみんないい人ばかりだ。みんなは、研磨くんの悩みを知っているのだろうか。そういうことを、人に相談するタイプには見えないけれど。
……あれ、そういえば、研磨くんどこに行った?
「あら、割り箸ひとつ足りない」
モデルのお姉さんの声にハッとして、「私取りに行ってきます!」とその場を後にする。研磨くんは家の中にいるのかもしれない。ガラリと戸を開けたところで、自然と足が止まった。
そこにあったのは二人分の靴。研磨くんとルナさんのものだ。ふたりで何か話しているのだろうか。もしかすると、仕事の話かもしれない。
どくん、どくん、と心臓がいやな音を立てる。今、研磨くんはルナさんとふたりきりだ。
邪魔をしてはいけないけれど、気になってしょうがなかった。作業部屋の方から話し声が聞こえる。しかし、私が用があるのはキッチンだ。そろりと靴を脱いでキッチンへと向かい、割り箸を取ってまた玄関に戻る。そこで作業部屋の扉が少しだけ開いていることに気がついて、つい足をとめてしまった。
ルナさんの声が聞こえる。
「この仕事してると、本当の自分が分からなくなる時があるの」
いつもの明るい感じとは違う、誰にも見せないであろう彼女の裏側。一等星のような彼女にも、悩みがあると知って驚く。そしてそれを研磨くんには話せるんだという事実に、胃の奥がズンと重くなるのを感じた。
「……分かるよ、俺にもあるから。そういうの」
「コヅケンにも?」
「当たり前でしょ」
「ね、この話は誰にも言わないでね! 私そういうキャラじゃないし」
そこまで聞いて、これ以上は聞いていられないとその場を立ち去った。音を立てないように玄関の扉を閉めて、何事もなかったかのように振る舞う。
ふたりきりの秘密は、私だけの特権。ばかみたい、そんな勘違いをして。自分でも笑えちゃうくらいに滑稽だ。
あの二人の間には、私は入れない。私は動画配信者じゃないから、気持ちが分かるはずもない。なんだ。最初から、入る隙なかったんじゃん。
ーーこと座のベガは織姫星。青い一等星。夏の大三角を結んだ先にある彦星は、わし座の一等星アルタイル。出逢ったふたりは恋をした。
ーー今年の七夕は晴れるかな?
見上げれば曇天。月も星も見えない。天の川なんて、見えるはずもなかった。