火星の裏側で抱きしめて6

フルムーンには敵わないⅢ

 帰宅した頃には、雨が本降りになっていた。濡れた髪をタオルでわしゃわしゃと拭いて、部屋着に着替える。自室のベッドにゴロンと寝転んで、普段はあまり見ないスマホをタップした。今寝ているベッドは研磨くんのベッドより少し狭くて、あの部屋に泊まった日のことを思い出す。まぁ、何もなかったんだけれど。

 スマホの画面をなぞる指が、無意識に『コヅケン ルナ』と検索していた。予測変換で表示されたのは『コヅケン ルナ 動画』。その次に『コヅケン ルナ 交際』。『コヅケン ルナ 付き合ってる』と続いて、はぁ、と溜息をついた。

 どうしてだか、ふたりでコラボしている動画を見ることが出来ない。そのままスマホを閉じればいいのに、私はルナさんの動画を検索して開いていた。

『ルナ 動画』と検索して、今日会ったご本人の登場する映像を再生する。撮影用に可愛らしくセットした部屋なのだろうか。

 ピンクを貴重とした部屋の中で少し話をしてから、『じゃー今日はこれを進めていきまーす!』と私の知らないゲームをプレイし始めた。楽しそうにお喋りしながら、ゲームを進めていくルナさん。研磨くんの動画ですら数回しか見たことのない私にとってそれは斬新で釘付けになるのに時間はかからなかった。

 面白いじゃん、ルナさん。

 そう、今日私をモヤモヤさせた張本人ルナさんの動画は、とても面白かった。チャンネル登録者の数だって、見たこともないような数字だ。

 研磨くん、こんな凄い人とコラボしてるんだ。

 そう思うとまた胸のモヤモヤが増していって、私はスマホを閉じた。今度は研磨くんに借りたゲーム機を取り出して、電源を入れる。彼にとって私は仕事相手。少しでも役に立たなきゃいけない。まずはこのゲームについて把握することが大事だ。

 けれども心はモヤモヤしたままで、頭がゲームに追いつかない。私はそれを気圧のせいにして、数分後にゲームの電源を切った。

 雨は強さを増していた。

 私が研磨くんのうちに行くのは水・木・金の週三日間。午前中しか講義が入っていない曜日に合わせて、研磨くんが調整してくれた。

 つまり、ルナさんと顔を合わせた次の日も私はそこを訪れていた。

「昨日はごめん。日給入れておくから」

「いいのに」

「いや、俺の都合だから」

 今日の研磨くんは仕事モードだ。まぁ、私と作業部屋にいる時は大体こんな感じなんだけど。

 けれども、ルナさんといる時はなんだか違った。電話をしていたあかねという女の子や、翔陽くんという人と同じ、気を許しているような態度。付き合いが短いせいもあるかもしれないけれど、私にはそんな態度は見せない。

 じゃあ、あの夜は何だったの? 『火星の裏側』さんの時の研磨くんは一体何者なの?

 そんなことをぐるぐると考えても仕方がない。とにかく今は仕事モードにならなきゃいけない。

「この神様ってなんだっけ。みんな名前似てるし覚えられない」

「それはこのキャラの元になった神様だよ。ほら、杖の形いっしょ」

「なるほど。それなら覚えられそう」

 研磨くんは興味があるものしか覚えられないらしく、ゲームと絡めるとすぐに吸収してくれる。そのことを言ってみたら、『面白いものが好きなだけ』と言っていた。

 そういえば、私と初めて会った日も『きみって面白い』って言われたんだっけ。私を選んだ理由がそこにあるのならば、ルナさんとコラボしている理由も同じものなのだろうか。

「ね、研磨くんってどうしてルナさんとコラボしてるの?」

 研磨くんといると、疑問がどんどん湧いてくる。今もそうで、つい心のうちを声に出してしまった。

「ルナの動画面白いから」

「私も見た。面白いよね」

「……動画とか見るんだ」

「ちょっと興味あったから調べたの」

 そこまで話すと、研磨くんは作業に戻ってしまった。私も休めていた手を動かす。面白いから。

 そう、彼にとって選択するかしないかは『面白い』かどうか。私だけが特別なわけじゃない。『面白い』という括りの中にいるだけだ。まあ、人生でそんな枠の中に入ったことは初めてだから、誇らしくもあるのだけれど。

 そこからは作業に没頭していて、我に返ったのは玄関の呼び鈴が鳴った時だった。またルナさんが来たのかと思って、つい身体がこわばってしまう。時計を見れば二時間が経過していて、自分の集中力に驚く。

「あー、忘れてた……。来るって言ってたのに」

「? ルナさん?」

「ルナだったら勝手に上がってる。ごめん、ちょっと付き合って」

 ルナさんだったら勝手に上がってる。その一言にまた心がずんと重くなるのを感じた。その理由も分からずに、研磨くんのあとをついて玄関へと向かう。彼が扉を開くと、そこには小柄で可愛らしい女の子が立っていた。

「あら、新しいバイトの子? 私研磨くんの友人の妹で、山本あかねです!」

 あかね。あかねさん。この子は、昨日研磨くんと電話をしていた女の子だ。

 私を見るなり明るく挨拶をしてくれるその子は、どうやらルナさんとはまた違った『陽キャタイプ』のようにみえる。感じのいい挨拶をされたので、私も自己紹介をした。

 研磨くんが、申し訳なさそうな顔をして口を開く。すっかり彼の仕事モードは抜けているようだった。

「折角来てくれたのにごめん。今立て込んでるから、ちょっとこの子と話してて」

 研磨くんはまた私のことを『この子』とかそういう呼び方をする。名前で呼んでくれないのはなぜだろう。っていうか、初対面の女の子とふたりきりにさせるつもり!? 研磨くんの意図が分からなくて、戸惑うことしか出来ない。

「同い年でしょ、ふたり」

「そうなの!? よろしくね!」

 あかねさんがそう言って、私の手を握る。やはりこの子は陽キャタイプのようだ。いやな感じはしないので、私も「よろしくね」と言っておいた。

 そうして研磨くんの仕事に区切りがつくまでの間、私とあかねさんは居間で謎のお茶タイムを過ごすことになったのだった。