火星の裏側で抱きしめて9

スピカⅢ

ーー春の星座は北斗七星からの線繋ぎ。うしかい座のアークトゥルスを見つけたら、辿った先に光るのがおとめ座の一等星スピカ。しし座の二等星デネボラと結んだら、春の大三角が浮かび上がる。

ーーおとめ座、しし座と来たら思い浮かぶのは十二星座だよね。今日は星座と相性の話をするよ。

 結局「重い」と連呼されて降りた自転車。研磨くんがそれを推しながら、長い上り坂をのぼった。着いたのは山の上にある駐車場で、私たちはそこに自転車を停めた。

 駐車場から伸びる遊歩道を進んだ先は、ベンチのある展望台になっている。今日は天体望遠鏡はない。そのかわり、地上には星のような街の灯りがきらめいていた。

「すごい! この辺田舎なのに夜景見えるんだ」

「一応都内だからね」

 下を向けば街の灯りが広がっているけれど、上を向けば満点の星空が見える。まるで宇宙空間に放り投げられたみたいで、不思議な気分になる。

「配信はじめる」

「もう? 日が暮れたばかりなのに?」

「『火星の裏側』は不定期配信」

「知ってる」

「今日は何の話するの?」

「んー、お楽しみに」

 ふっと柔らかく微笑まれて、その瞳に飲み込まれそうになる。本当、その顔ずるい。その声ずるい。身体が爆発しそうになる。

 研磨くんがスマホの設定を弄って、『火星の裏側』の生配信が始まった。私のスマホに通知が届く。

『火星の裏側さんが生配信を開始しました』

 うん、知っている。だって、隣にいるのだから。

「こんばんは、火星の裏側です!」

 涼しい夜風が心地良い。研磨くんが貸してくれた赤いパーカーが、ほどよく身体を温めてくれる。袖口を顔に近づけたら、研磨くんの匂いがした。たったそれだけで、顔が熱くなっていくのを感じる。

 これも、あこがれ? 分からない。分からなさすぎる。

「春の星座は北斗七星からの線繋ぎ。うしかい座のアークトゥルスを見つけたら、辿った先に光るのがおとめ座の一等星スピカ。しし座の二等星デネボラと結んだら、春の大三角が浮かび上がる」

 スピカは聞いたことがある名前だ。あとは知らない。彼の声で囁かれると、知らない星にさえ興味を抱けるから不思議だ。

「おとめ座、しし座と来たら思い浮かぶのは十二星座だよね。今日は星座と相性の話をするよ。簡単に言えば星占いの話」

 星占い。研磨くんが星占い。

 なんだか似合わなくって、つい声を出して笑いそうになってしまう。声を出さないように笑っていたら、研磨くんにじとりと睨まれた。

「俺全然詳しくないから、占いの雑誌買って読んでみたんだけど」

『読んだんだww』

『火星さんが占い雑誌吹いた』

 リスナーの皆さんも同じ反応のようで、コメント欄が笑いで埋まっていく。研磨くんは「全然分かってないけど、俺と相性の良い星座調べてみたよ」なんて、自分でも笑いながら喋っていた。そういえば、笑いながら喋るところは初めて見るかもしれない。

「星占いって、どこまで当たるんだろうね? みんなは信じてる? 俺? 俺はいいことだけ信じるかな」

 そういうところは私も同じ。いいことだけ信じて、良くないことは信じていない。

 研磨くんの声を聞きながら、おとめ座のスピカを指先でなぞった。

「俺は天秤座なんだけど、一番相性がいいのはおひつじ座なんだって。みんなの星座も教えて」

 どくん、と心の奥が跳ねる。コメント欄にリスナーさんの星座が書き込まれていったけれど、おひつじ座の人はいない。

「嘘、誰もいないの?」

 おとめ座のスピカも、しし座のなんとかも、もう目に入ってこなかった。全部がラメをこぼしたかのように見えてくる。私のスマホの明かりが、星空の光を曖昧にした。

 震える手で、スマホをタップする。

青い星『わたしおひつじ座です』

 その瞬間、研磨くんの動きが一瞬止まった。回り続ける星の中で、研磨くんと私だけが止まっている。彼の声が、『火星の裏側』でも『コヅケン』でもない声色に変わった。

「青い星さん、おひつじ座なんだ! じゃあ、最近誕生日だった? っていうか、72人も聴いててひとりだけ?」

 コメントが増えていくけれど、同じ星座の人はいない。ドキドキしていた。こんなの、まるで運命みたいだって。

「もしも青い星さんが隣にいたらさ」

 どくん、どくん。心臓の音がうるさい。真空空間に行ったら鼓動の音がうるさいっていうけれど、こんな感じなのだろうか。

「俺たち相性いいかもね」

 それは、もしもの話。もしも、隣にいたらの話。みんなにはきっと、そう聞こえている。けれども私は彼の隣にいて、私の隣には彼がいる。

『火星の裏側さんは、どういう人がタイプですか?』

 誰かがそう質問して、研磨くんがそれを読み上げる。私は仕事相手。研磨くんは仕事とプライベートは分ける人。恋愛対象になんてなるはずがない。

 なのに今、彼は私の瞳を見つめている。

「好きなタイプ? うーん」

 ああもう。それ以上は言わないで。

「地球人かな」

 研磨くんは私の方を見つめたまま、口元を緩めてそう言った。綺麗な星は地球。好きなタイプは地球人。私のハンドルネームは青い星。

 これって、からかわれてるの?

 それからのことはあまり覚えていない。気がついたら配信が終わっていて、私たちは黙ったまま星空を見つめていた。

 ひとつ、分かったことがある。

「ね、今の研磨くんはどっち?」

「なにが」

「コヅケン? それとも火星の裏側?」

「今は孤爪研磨」

「孤爪研磨くんも、地球人が好きなの?」

 星が軌道を変えちゃいそうなほどに、私の気持ちに変化があったということ。それは、紛れもない事実。そしてその理由に気がついてしまって、自分の鈍さに呆れてしまう。今更気がつくだなんて。きっと最初からそうだったのに。

「うん、あれ俺の本音だもん」

 これって何? 告白? 勘違いしてもいいの?

 研磨くんは宇宙みたいに不思議。本当に火星人なんじゃないの?

 私は地球人? だなんて、到底聞けるはずもない。自覚したばかりのこの気持ちを抱えるだけで、いっぱいいっぱいだというのに。

 綺麗な星は地球。好きなタイプは地球人。私のハンドルネームは青い星。

 ねぇ、研磨くん。自惚れるくらい許される?

 たぶん、きっと最初から。

 私はきみのことが好き。