孤爪くんがぐいぐい攻めてくるので防御したい!4

 わたしのあだ名はおはなちゃん。隣の席の男の子は孤爪くん。孤爪くんはどうしてだか、いつもわたしにだけ話しかけてくる。みんなの見ていないところで。

「な、な、なんで教室に誰もいないの!?」

 授業の合間の休み時間。お手洗いから戻ってくる途中、他のクラスの友達との立ち話に夢中になってしまい、チャイムと共に教室に駆け込んだ。しかし目の前に広がるのはしんと静まり返った教室。クラスメイトたちはどこに消えてしまったのだろう。

 えっ!? 何事!? そして誰もいなくなった!?

 ……じゃない! 移動教室だ!

 選択科目である世界史の授業は、いつも視聴覚室で行われている。きっとそこだろう。ダッシュで階段を駆け上がり、視聴覚室の扉をバン! と開いた。

「あれ? 誰もいない……?」

「何してるの?」

「はひぇ!? 孤爪くん!?」

「次、東棟になったけど」

 どうしてだか現れた孤爪くんに、ぐいっと腕をひっぱられる。指先が綺麗だ。それよりも、なぜ彼がここにいるのだろう。

「なんで孤爪くんここに……」

「ん、むかえにきた」

 ンンンンン!? 迎えに来た!? なんで!? わたしがいなかったから!?

 東棟へと向かう渡り廊下を、引っ張られるようにして進む。孤爪くんの手は少しあたたかくて心地いい。けれども男の子に手を引っ張られたまま歩くなんてまるで恋愛小説みたいで、わたしの心はまた縮こまった。この状況は何!?

「なんでわたしに構うの?」

「おれ名前さんに興味あるのかも」

「!?」

 興味!? 興味とは!?

 きっとあれだ。また不思議ちゃんとか珍獣扱いされてるあれ。たぶんわたしがこんなだから興味を抱いただけで、変な意味じゃない。だって、わたしのことそういう風に見たひとなんて、だれもいないし。

「ね、GWは暇?」

「ひ、ひますぎますが!?」

「じゃ、ちょっと手伝って」

 手伝う。はて、何のことだろう。

 分からないけどオーケーしておいたら、放課後体育館に連れて行かれた。なんで。

「け、け、研磨が女の子を連れてきたぁあぁ!」

 喜んでいるのか嘆いているのか分からないモヒカン頭の男の子が、孤爪くんの肩をゆらゆらと揺らしている。その隣で二年生の時同じクラスだった福永くんが、「おはなさんお花畑」とよく分からない言葉を放っていた。

「研磨さん! 彼女さんっすか!?」

 にゅっと顔を覗かせた長身くんに、驚いてヒッッッと変な声が出てしまう。ひえぇ、バレー部の人って大きい!

 孤爪くんが彼女さんですか? に返事をしないので、モヒカンくんがまた荒ぶっている。なんだか面白いひとだなぁ。っていうか、なんで返事しないの!?

「ってことで、名前さんには合宿の手伝いしてもらうから」

「ヒッッッ!? 合宿!? 体育会系……、むり、バレー部ぶっ壊しちゃう……」

 わたしに手伝いをさせるなんて、本当にバレー部をぶっ壊したいのでしょうか!? そうとしか思えない。だって、他にも暇な人いると思うし。

「ふっ、大丈夫、壊れないよ」

「ひえええぇ迷惑だったら追い出してください……」

「他校の男子も来るんだけど」

「ヒェ!? 長身体育会系!?」

 体育会系は苦手だし、背の高い男の子はちょっと怖い。孤爪くんくらいがちょうどいいんだけどなぁ。はっ! 深い意味はないけど!

「そいつらのこと、好きになんないでね」

 ン!? ンンンンン!?

 それってどういう意味でしょうか!?

 孤爪くんは、いつもわたしの心を掻き乱す。きっと、反応が面白いからからかっているだけ。そうなんだと思う。

 彼の言動は気にしないことにして、その日はバレーボールの基礎知識とドリンク補充なんかについて教わって帰った。頭パンパン。本当、バレー部ぶっ壊しちゃわないか心配すぎる。

 そうしてあっという間にGWが訪れて、わたしはバスに揺られて他校の土を踏んでいた。

ユーチューバーの彼女になってみたい、なんてね

「ユーチューバーの彼女になってみたい」

「なにそれ」

「んー、この曲聴いてたら、そう思っただけ」

 買い替えたばかりのスマホから流れてきたのは、私たちが幼い頃に流行った曲らしい。その頃から日本は不景気だったのか、上がらない報酬をうたったその曲が心に刺さるのは当たり前のことだった。エンドレスリピート。アーティストとユーチューバーってちょっと似てると思う。昔の動画でも、再生数が伸びれば稼げるわけだし。そこの仕組みはよく分かっていないけど。

 六畳の北向きワンルームは、すこし湿気臭い。抱き合ってる間に溶けてしまった氷が、カランと音を立てた。昼間だからアイスコーヒー。お酒じゃない。それをひと口飲んで、もう一度研磨とキスをした。

「もっかいする?」

 彼の方からもう一回のお誘いがあるなんて珍しい。何の仕事をしているのか教えてくれないけど忙しいらしく、いつもはそそくさと帰ってしまうのに。

「むり、飛んじゃいそうになるもん」

「そんなに気持ちよかった?」

「ん、今日激しかった」

 もう一度触れ合うだけのキスをして、床に転がった下着を拾った。それを身につけている最中にまたまさぐられて、「だーめ」とそれを静止する。すると研磨は諦めたように身体を起こして、私の飲みかけを口に含んだ。

「はー、年度始めしんど……。給料上がんないし。新入社員の初任給と一緒ってどう思う?」

「そっか、しんどいね」

「指導社員とか荷が重い。契約社員なのにそんな役目押しつけられてさ、正社員動かないの。派遣の方が給料高いしもう派遣になろうかな」

 四月のこの空気が苦手だ。人は多いし暑いし気疲れする。けれどもこの休日の雰囲気は好きだ。終電でうちに来た研磨と乾杯して、溺れるようなセックスをして、ドロドロになっていっしょに眠る。昼前に目が覚めたらひとつのコップにアイスコーヒーを注いで、喉を潤してからもう一度抱き合う。なんて贅沢なんだ。

「ねぇ、そろそろその会社辞めたら?」

 いつもならもう服を着ている頃なのに、研磨は裸のまま真顔でそんなことを言ってのけた。指と指が絡み合う。研磨の綺麗な指先で、左手の薬指をするするとなぞられた。

「無理だよ」

「おれが養うって言ってんだけど」

「何それプロポーズ? 研磨がユーチューバーなら考えるけど」

 本気で言っているの? 今時共働きでもしんどいってよく聞くのに。研磨は時々夢想的な考え方をする時がある。頭の中が読めないし掴めない。まあ、相手はユーチューバーがいいとか言っている私もその職業に夢見すぎなんだけど。

 スマホを弄りはじめた研磨の、その頬はわずかに緩んでいる。プロポーズを交わされたというのに、飄々とした顔。ほーら、本気じゃないんじゃん。けれども差し出されたスマホの画面は、夢と現実をリンクさせてしまった。

「いつユーチューバーじゃないって言った?」

 頭を楽器で殴られたような気分だ。アドレナリンが暴走する。なにそれそんなの知らない。この人は何も知らない私を少しずつ飼い慣らしていたのかな。

「結婚しよ」

「……する」

 唇を合わせたら、マンデリンの苦味が口の奥いっぱいに広がった。肺の奥まで浸透しそうだ。さらば丸の内OL。

 最高に興奮する。

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孤爪くんがぐいぐい攻めてくるので防御したい!3

「おはなちゃーん! 孤爪くんが探してたよ!」

 孤爪くんと知り合って数日、隣の席で同じ委員会だということ以外に、接点などないはずだった。同じ路線使ってて、最寄り駅がとなりってこととかはあるけど。けれども探される用事などないはずなので、またもやわたしは混乱してしまった。

 なんで? 女子と喋らないらしい孤爪くんが、わたしに用事!?

「ひぇ!? 何かしたかな!?」

「なんか、美化委員の作業? これからするんだって。孤爪くんって女子に話しかけてくるんだね。初めて喋ったよ」

 わりとわたしには話しかけてくる気がするのですが!? いや、それより忘れてた! 委員会!

「委員……! わ、忘れてた! ありがと!」

「頑張れー!」

 中庭の清掃をすると言っていたのは覚えていた……、はずだった。今日だったなんて。すぐ忘れるし、道には迷うし、気が利かないし、とりえなんてひとつもない自分のことがいやになる。泣きたい気持ちを抑えながら中庭に向かうと、体操服姿のプリン頭がひょこりと見えた。

「孤爪くん! 遅れてごめんね!」

「制服で着たんだ」

「えっ? ぎゃ! みんな体操服!?」

「もう始まってるし、いいんじゃない?」

「ひえぇ……すみません……」

 遅れて来たせいでまた目立ってしまっているし、なんだか周りからの視線が痛い。孤爪くんに渡された軍手をはめて、びよーんと伸びている雑草をむしり取った。この雑草、わたしみたいだな。くたくたしてるし。邪魔だし。みんなが華やかなお花さんならば、わたしは抜かれる雑草。きっとそんな感じだと思う。

「あれ? こんなところにもちいさなお花……」

 いそいそと雑草を抜いている途中で飛び込んできたのは、花壇からはみ出たところに咲いた小さなお花。ちっちゃくて居場所を間違えていて、こっちもわたしみたいだな、なんて思ってしまう。いや、お花さんに申し訳ないか。でもこのお花さん、踏まれたあとがある。

「お花さん踏まれてる? ごめんねー、お花さん」

「そういうとこ変わんないね」

「え?」

 降ってきた声に顔を上げると、孤爪くんがまた口角を上げてこちらを見ていた。ぐぬぬ。たぶんわたし、この視線と表情に弱い。なんか、逃れないような気がする。

 それより!

 変わんないってなにが? このひと、昔のこともっと覚えてる?

「きゃ!」

 時間がとまったかのようなその一瞬で、突如吹き荒れたのは春の風。あたたかい強風。ばさりと靡いたセーラーと、それからスカート。

 わたしの身につけているものが、風にさらわれて捲れ上がる。なんで、今。

「……み、みた?」

「……もうお花柄じゃないんだ」

「さすがに違うから! っていうか! 見てるよね!?」

「何のことか言ってないけど?」

「こ、こ、孤爪くんのえっち!」

 女子と喋らない? ミステリアス? どこが? 謎な人なのはまあ、合ってるのかもしれない。このひとがこんな顔をするの、知っているのはわたしだけ?

「そうかもね」

 そう言って笑うきみは、これまでどこに隠れていたの? ばくばくしているのは、きっとスカートが捲れたところを見られたから。うん。それだけ。話題を変えよう。

「えっと、えっと! 一回ゴミ捨てに行こっか!」

「焦りすぎ」

 立ち上がるわたしの腕をひっぱってくれる辺り、孤爪くんって紳士なのかもしれない。いや、紳士なら見てないフリするでしょうけど!

 ひっぱられた腕を掴んだ手が、わりと大きなことに気づいてしまってもっとばくばくする。立って並ぶと、思っていたより身長あるし。

「こ、こ、孤爪くんって意外と身長高いんだね」

「バレー部だと低い方」

「でもわたしと並ぶと結構差があるよ! 何センチなの?」

「ひゃくろくじゅうきゅー……、くらい?」

「十八センチ差! 知ってた? 十八センチ差ってちょうどいいんだって!」

「ちょうどいい?」

「恋人の身長差! ハグとかちゅーとかしやすいんだって!」

 話題の変更に成功したことに、わたしは興奮していたらしい。先日恋愛小説で得た当てにならない情報を、ぽろりと口にしてしまうくらいには。

 はっと我に返って見上げたら、予想通りまたあの笑みをみせる孤爪くんがいた。その視線、その口角、本当やめて。どうにかなっちゃいそう。

「ふーん? 試してみる?」

「違……! そういう意味じゃ!」

「うそだよ、かわいー」

「孤爪くん……!」

「本当のこと言っただけ。あ、時間だ。じゃーまたね、名前さん」

 だーれもわたしのこと本名で呼ばなかったのに。このタイミングで言うなんて。本当ずるい。顔が熱い。逃げたい! こんなの、防御するしかない!

 これもまた序章の序章なんて、気がついていないわたしは本当にばかなんだと思う。もうあの顔絶対させないし戸惑わないから!

 なんて、変な決意をするのだけど、それがむだな決意だと知るはずもなかったのだった。

孤爪くんがぐいぐい攻めてくるので防御したい!2

「孤爪くん? クラスいっしょになったことあるけど、喋ったことないしあんま記憶にないかな」

「そうなの?」

「ていうか女子と喋らないよね。山本くんとかとよく喋ってるとこ見かけるけど。バレー部でしょ?」

「バレー部なんだ……」

「春高出てたじゃん」

 そう言って箸を動かすあーちゃんの横で、春の高校バレーとやらの記憶を呼び起こす。うちの高校のバレー部が強いらしいというのは知っていた。友達に誘われて応援にも行ったっけ。電車を乗り間違えて、着いた頃には最終セットだったんだけど。

「孤爪くんがどうかしたの?」

「や、隣の席になったから、どんな子かなって!」

「小学校いっしょじゃん」

「やはりそうなのね……」

 呼び覚ましたくない過去を、孤爪くんも知っているという事実に目をそむけたくなる。極力関わらないようにしよう。うん、そうしよう!

 そう思ったのだけれど、私と彼との接点はまたひとつ増えてしまうのだった。

「クラスひとりひと役ついてもらうからな! 委員長やりたい人!」

 午後のまどろみの中、突然響いた担任の声にびくりと体が跳ねた。声の大きい体育教員、熱血系。うう、にがてなタイプだ。

 ちらりと横を見るとまたプリン頭が目に入って、バレー部も体育会なのかなと疑問がわいた。彼はそういうふうに見えないけど。

「おはなちゃん、女子もう美化委員しか残ってないよ?」

「えっ!?」

 うしろの子がそっと声をかけてくれたおかげで、自分に残された選択肢がひとつだけだということに気がつく。えっ、出遅れた!? 美化委員って、花壇のそうじとかするあれだよね?

「じゃあ、美化委員しますぅ……」

「それしかねーじゃん」

 どっと笑いが起きて、またクラス中の注目を浴びてしまった。ぐぬぬ、目立ちたくないのに。新しいクラスでは気配を消そうと思っていたのに!

「男子の美化委員、誰がやる?」

「それっておはなちゃんのお世話役じゃん」

 世話役なんていりません。わたしもう高校三年生です。幼馴染いなくてもちゃんとやれます。たぶん。うそ、自信ないけど。

 はあ、とため息をつきながら顔を上げると、わたしの真横でゆるく手を上げる孤爪くんの姿が目に入った。

「お、孤爪美化委員してくれるか」

「孤爪が自分から手あげてるの初めて見たかも」

「微妙な係しか残ってねーからじゃね?」

 極力関わらないようにしよう。そう誓ったのはついさっきのことだと思う。それなのにどうしてだか、わたしと孤爪くんの接点は増えるばかりだ。きのうまで、存在も知らなかったのに。

「よ、よろしくおねがいします……」

 そうお辞儀したら、「なんで敬語」って笑われた。ついでに「あげる」なんて飴玉を渡されて、なんだか餌付けされてる? このひと本当にみんなが言ってる孤爪くんと同じひと? よく分からない。

 しかしのちのち、孤爪くんがぐんぐん近づいてくる人だということを、たーっぷり思い知らされることとなる。

孤爪くんがぐいぐい攻めてくるので防御したい!1

 恋なんて知らない。どういうものか想像もつかないし、恋愛している自分が想像できない。けれども物語の中に出てくる女の子たちを見ていると、どんなものなのか興味くらいはある。いつかわたしもそれを経験するのかな。そんなのきっと、遠い未来の話。そう思っていた。

「おれ名前さんに興味あるのかも」

「ふーん、可愛いね」

「そういうふうにしか見てないけど?」

 けれどもねぇ、今目の前で笑っているこの顔はなに?

 孤爪くんはいつもわたしを混乱させる。

「名前ってどんな男の子と恋愛するんだろうね」

 新しい季節のはじまりは、なんだかきらびやかに見える。わたしのすこし前を歩く親友の、髪の色がほんのり変わったことに気がついた。ほんのり混ざった桃色は、この季節に合わせたものなのだろう。綺麗だな。わたしなんて、寝癖ついたままなのに。

「あーちゃん髪色変えた? 似合ってる!」

「変えたけど、聞いてる? 今名前が恋するならって話してたんだけど」

「ごめんごめん。聞いてたよ。わたしが恋愛するとこ想像できちゃうの?」

「できないけど気になるじゃん? 新しいクラスにかっこいい男の子いるかもよ〜?」

「それよりもあーちゃんとクラス違うの確実だから不安だよ〜! ちゃんとやれるかなぁ」

「大丈夫! 名前は抜けてるけど愛嬌あるからすぐ友達作れるよ!」

「う〜!」

 幼馴染のあーちゃんとは家が隣同士で、学校もずっといっしょ。しっかり者のあーちゃんは、よくわたしの世話を焼いてくれた。いや、現在進行形だと思う。そんな彼女に恋人ができたことは、わたしの世界をほんのすこし広げさせた。恋愛って、どういう感じなんだろうって。

「じゃ、彼氏待ってるからここで! また学校でね!」

「うん! またね!」

 最寄駅まで迎えに来てくれる彼氏さんの存在が、ちょっと羨ましい気もするけれど。でも今すぐ彼氏がほしいかと聞かれたら、答えはノーだと思う。連絡とかまめに取り合うのは、めんどくさい気もするし。

 買ったばかりのスマホをタップして、小説投稿サイトのトップページを開く。恋愛小説のランキングを覗くと、追いかけていた作品が更新されていて胸が躍った。

 今は、物語の中くらいがちょうどいいや。まあ、みんなわたしのことなんて恋愛対象に入っていないのだろうけど。

 放課後が待ちきれず、更新されている作品をスクロールして読み進める。読んでいてきゅんきゅんするとか、そういうのは分かるんだけど、現実世界ではまだその感情に出会ったことがない。

 もしそんな出会いがあったなら、物語の中みたいに世界はきらきら光ってみえるのかな?

 例えば今ホームに入ってきた電車の扉が開いたとき、素敵な男の子がそこに立っていたら……。

「ぎぇ」

 プシューと開いたドアの音。満員に近い車内の、ドアのすぐそばに立っていた金髪に驚いてつい変な声が出てしまう。同じ学校の制服を着たその男の子と一瞬目が合って、互いにふいっとそらした。

 びっっっくりした! 人がいた! だって髪の毛金髪プリンだし。何者? 同じ学校だよね? なんで金髪なんだろう。

 男の子が立っていたらなんて考えて、本当に立っていたから驚かないわけがない。素敵かどうかは分からないけど。

 そんなことを考えているうちに車内に押し込まれ、なぜだか隣同士になってしまっているし。気になってちらりと視線を向けたら、スマホを弄っているのが目に入った。あ、おんなじ機種だ。

 スマホを見たことで読みかけだった小説の存在を思い出し、また画面をスクロールする。一分後には隣に立っている男の子の存在なんてわすれて、すっかり物語の世界に夢中になっていた。

「降りないの?」

「はへ?」

「音駒でしょ? 着いたけど……」

「降ります! 降ります!」

 金髪プリンの男の子のおかげで、電車を乗り過ごさずに済んだ。今日から三年生だもの。新学期早々に遅刻なんて目立ってしまうから絶対に避けたいところだ。

 ……と思ったんだけど、わたし新しいクラス何組なの? 新しい昇降口ってどこ?

 だーれーかー!

「おはなちゃん遅刻だ!」

「マジか! 一発目から遅刻とかさすがおはなちゃん!」

「目立ってるぞ〜!」

 小一から定着しているあだ名はおはなちゃん。あーちゃん以外は、だーれもわたしのことを本名で呼ばない。小学校の入学式で転んでしまい、お花柄のパンツが丸見えになったからこのあだ名がついたというのは、誰も覚えていないでいてほしい真実だ。

 三年生の昇降口を探して十数分、たどり着いたときには既にチャイムがなり終えた後で、張り出されていたはずの名簿すら剥がされていた。ひとつずつ「わたしのクラスどこですか」と聞いて回り、そうしてこの三年七組にたどり着くに至った。

 ぐぬぬ。目立たないぞと決めたばかりなのに!

「おはなちゃん席こっちだよー」

「ありがとう!」

 急ぎ足で案内された席へと向かい、鞄を机に置く。……つもりだったがまさかの足がもつれて鞄と共に顔面着地、転げた反動で跳ねた身体が、隣の席にゴーンと衝突する。

 痛い……! じゃなくて!

「ひええぇごめんなさ……」

 顔を上げたその先にいたのは今朝の金髪プリン。すこし開いた窓から吹く風が、彼のさらさらの髪を揺らしている。

「ふっ……、何それ可愛い」

 えっ?

 なにいまの?

 可愛いって言った?

 それはぼそりと、しかし確実に、わたしにだけ届くような声で放たれた。……のだと思う。

「わ、今おはなちゃん孤爪くんにぶつかったけど大丈夫だったかな?」

「孤爪くんって春高では目立ってたけど、ちょっとミステリアスだし謎だよね」

「ていうかさすがおはなちゃん! ウケる!」

「おはなちゃんは恋愛対象じゃないよな」

「うん、なんか動物? 宇宙人?」

 ああ、また謎珍獣扱いされてる。三年生になって生まれ変わろうと思ったのに。

 なんて普段なら考えているんだろうけど、今届いた言葉のせいで、まわりの言葉なんて吹き飛んでしまっている。

 金髪プリンくんの方を見上げたら、彼は口角だけでふっと笑った。

「名前さん、だいじょうぶ?」

 届いた声にはっとなり、きょろきょろと辺りを見回す。今届いた声の主は、目の前のプリンくん。孤爪くん? って言われてたっけ?

 その彼がわたしの方を見て、「名前さん?」と首をかしげている。

「え? わたし?」

「他に誰がいんの」

「だって、みんなから苗字ですら呼ばれたことないのに」

「苗字さんは他にもいるし、分かりづらいから。だいじょうぶ?」

「あ、そか。じゃない! ごめんね、ぶつかって! 大丈夫!」

「いいよ、面白かったし。それに」

「?」

 そこまで言うと孤爪くんはまたゆるく笑って、だれにも聞こえないような声で言った。

「あだ名で呼ばれるの、思い出したくないんじゃないの?」

 !?

 このひと、お花パンツのこと知ってる!?

 なんで!? え、もしかして同じ小学校!?

 でも電車! まさかとなりの駅? 校区内。まってまってまって。

「名前さんかわいーね」

 高校三年。あだ名呼びからの解放かと思いきや、まさかの彼はあだ名のルーツを知っていた。しかも可愛いを連発。なにこれこんなの知らない。何!? 何なのこれ!?

 こんなの、もう孤爪くんを避けるしかないのでは!? 防御壁を作るべきでは!?

 胸の奥がドキドキしているのは、過去を暴かれたせい。そういうことにしておこうと思う。

 これがただの序章であることを、わたしはまだ知らない。

初恋の研磨に彼女が出来たらしいので私はこの恋を諦める

 カラン、と鳴ったのは脳の奥か、胸の底か。

 たしかにその瞬間、私の初恋が終わった音がした。

「クラスの子が、研磨のこと気になるから連絡取りたいんだって」

 きっと彼は断る。その自信はどこから来たものだったのだろうか。それはたぶん私が、昔から彼のことをよく知っているからだ。

 めんどくさいとか、そういうのいいとか、または無視を決めるとか。思考の中で完成していた流れが、こうもあっさりと違う方向に行ってしまうものなのかと、自分の浅はかさにうんざりする。

「いいけど」

 届いた言葉を理解するまでに、時間はかからなかった。それなのに次の言葉がなかなか出てこなくて、彼をいらつかせてしまったんじゃないかと思う。「それで? どうすればいいの?」と催促されるくらいには。

 携帯電話を触る手が震えたのは、寒さのせいだろうか。曇天の下、かじかむ指を動かす。冬は苦手だ。

「研磨も彼女出来ちゃうかもね」

 そう言ったら、「そうかもね」なんて返ってきて、最初の言葉を伝えたことを後悔した。どうせ私はただの幼馴染。ずっと研磨のことが好きだった。けれども、彼が私に好意を見せることなんて一度もなかった。諦め時なのかもしれない。

「アドレス送ったから、研磨から連絡とってあげてよ」

「わかった」

 彼が面倒くさがりそうな言い方をあえてする辺り、性格がねじ曲がっていると自分で思う。せめてもの抵抗。それなのに研磨は、私の意思に反した態度をみせる。そういえば、鉄朗が『研磨もわりと普通の男』って言っていたっけ。鉄朗の方が、彼のことをよく分かっているらしい。

 私の十七年間、何だったんだろう。

 カラン。

 あー、そっか。

 私の初恋は、終わったんだ。

「△△くんが名前と連絡取りたいんだって」

「は」

 研磨とあの子が連絡をとり始めて間もなく、私にも浮かれ話が舞い込んだ。諦め時かな、って感じていたところにそういう話が来たものだから、迷わずイエスと答えておいた。

 私も、彼氏出来るのかもな。そういうのもいいのかもしれない。

 デートをしたり、記念品を祝ったり、プレゼントを交換したり。普通の女子高生が、当たり前のようにしていることだもの。憧れはある。いいな。彼氏。

 それからふた月。

 そうしてその憧れは、形となった。

「ちょちょちょ、何してくれてんの」

 物凄い形相の鉄朗がうちに駆け込んできたのは、三年生が卒業したばかりの暖かい日のことだった。おいおい。思春期女子の部屋に勝手に上がり込むんじゃないよ。

「何のこと」

「名前彼氏出来たって!?」

「うん」

「えっと、それで、研磨にも彼女出来たって!?」

「みたいだね」

「てっきり俺はお前らがくっつくとばかり」

 黒尾先輩って、落ち着いてて大人の男って感じだよね。そう言っていた友人に、今の彼の姿を見せてみたい。慌てふためいている鉄朗は、なんだか滑稽だ。

「私だって人並みに恋愛してみたいし。ちゅーとかしてみたいし。早く処女捨てたいし」

「処!? ちょちょちょ、それはいけません」

「いーじゃんそれくらい」

「こらこら、それくらいとか言わない!」

 はー、そうか、とため息をつく鉄朗を横目に、彼氏から届いたメールの返信を打ち込む。好きだよ、なんて送られてきたら、私もって送るしかないよね。恋人同士なんだし。

 まだ自分の気持ちはよく分からないけれど、いやじゃないし楽しいから、好きと言ってもいいのかもしれない。研磨を想っていた頃とは違う感情だけど、恋愛の形はひとつじゃない。これもひとつの恋の形なんだろう。

「用事それだけ?」

 ちょっと冷たかったかなと思うけど、鉄朗の言動はおせっかいでしかない。睨みながらそう言ったら、鉄朗はのそのそと帰って行った。

 私たちがくっつくとばかり思ってたって、何それ。そんなはずないのに。だって研磨は、私のことなんてどうとも思っていないでしょう? そんなの、自分が一番よく分かっている。

 それから、鉄朗が卒業したこともあって、私と研磨が会話する機会はゼロに等しくなっていった。私は彼氏といっしょに過ごすことが多くなったし、研磨が彼女ちゃんと一緒にいる姿も見かけるようになった。

 時々ちくりと胸が痛むけど、知らないふりをした。諦めたんだし、気にしないようにしないと。私にも彼氏がいるんだから。

 春の暖かさは、胸の痛みを和らげてくれるような気がした。初恋が終わったあの日、あの感情は寒さがそうさせたもの。きっとそんなものなんだろう。

「今日俺んち来れる? 誰もいないんだけど」

 そういうことが頭になかったのならば、どれだけ純粋なのだろう。付き合うイコールいずれはそうなるってことが、分からないほど子どもじゃない。その誘いに乗ってついて行ったのは、私にもその気があったから。

 これで完全に、私は彼の女になる。研磨のことが一瞬頭をよぎったけれど、これで忘れられると思った。完全に初恋にさよならできると思った。

 なのに、なんでかなぁ。

 キスまでして、あとちょっと、体に触れられる寸前のところで「ごめん」と拒んでしまったのは。

「なんで」

「別れよう」

「じゃあなんでついて来たの?」

「ごめん……」

 最低だ。

 私は研磨を忘れるために、彼を利用したんだ。こんな女、誰にも愛される資格なんてない。

 春の雨は、やさしくて少しだけ冷たい。研磨みたいだな。こんな時にも初恋の人を思い出して、自分の単純さに呆れてしまう。

 これは、呪いだ。

 初恋という名の、呪い。

 研磨が私に振り向くことなんてないのに、いつまでも執着してしまう、そんな呪いなんだろう。きっと解き放たれる日は訪れない。

 現実はいつも冷たくて、残酷だ。

 傘もささずにたどり着いた自宅の横、研磨の部屋の窓をぼんやりと見つめる。生まれた時からずっと一緒だった。鉄朗が来た日も、ふたりがバレーボールを始めた日も、研磨が私の身長を追い抜いた日も、ぜんぶ覚えている。

 好きなのに、こんなに好きなのに。叶うことのない初恋。

 笑ってしまう。

 なんで好きになったのかなぁ。

「体は大丈夫?」

「うん。今日は嬉しかった。ありがとう」

 低気圧と歪んだ思考回路は、人の気配を察する能力をも奪う。研磨の家の玄関先に現れたのは、ふたつの影だった。見たくないのに、体が動かない。

 それは一番見たくないシーンだった。研磨とあの子が、ふたりきりでいるところなんて、今の私には残酷すぎる。

 嬉しかったって、なにが?

 ふたりきりで何をしていたの?

 こんなところを見てしまったら、もう幼馴染でもいられない。

「またね」

 私がいることに気がついたのか、あの子がそそくさと帰っていく。すれ違った瞬間、研磨の家の香りが漂った気がした。

 私、今どんな表情をしている? 分からない。分からないけれど、研磨の姿を見ていたかった。

 この醜い感情を、どうにかしてよ。

 これ以上、いやな女になんてなりたくないよ。

 真っ白な初恋が、真っ黒に染まっていく気がした。

「なんで泣いてんの?」

 彼に話しかけられているのだと気がつくまでに、数秒。春の雨は音も立てずに、ゆるやかに降り注ぐ。やさしくて少しつめたい、あなたみたいな雨だ。

「え……?」

「名前、泣いてるけど」

「あ……、え、嘘……」

 泣くつもりなんてなかったのに、どうして泣いているんだろう。泣いてることを自覚したら、ぼろぼろと溢れてとまらなかった。

「か、か、彼氏と別れた……」

「!? なんで!?」

「……忘れられない初恋が、……あるから」

「ちょ、名前、濡れるしとりあえず中入ろう」

「やだよ」

「入りなよ」

 研磨の手が、私の腕をぐぐっと掴む。いつの間に、こんなに力が強くなったんだろう。昔は私の方が強かったのにさ。呆れるほどに、彼のことを男の子として意識してしまう。

 でもきみは、あの子なんでしょう?

 嫉妬してしまう自分がいやになる。それでもまだ、狂おしいほどにきみのことが好きだ。

「う〜、だってさっきまで研磨あの子と部屋でえっちなことしてたんでしょ? そんな空間入りたくない!」

「は!?」

「研磨のことが好きで好きでしょうがないよ〜! もうやだ! これ以上嫉妬させないで!」

 流れを堰きとめていた川のように、溢れた想いはとまらなかった。この気持ちを伝えてしまったら、元には戻れない。ただの幼馴染ではいられない。分かっているはずなのに、自然と想いは言葉に変わる。

 こんなふうに、子どものように泣きじゃくったのはいつぶりだろうか。ばかだなぁ、本当に。

「してない!」

「……え?」

 私の腕を掴んでいた研磨の力が、もっと強くなる。彼は視線をすこしそらして、けれども時折私の顔を見ながら、ぽつりぽつりと話し始めた。

「え、えっちなこととか、してないし……。ていうか、今別れたところ。別れ話しに来て、向こうが体調崩して、ちょっと休んでもらっただけ」「だって……、ありがとうって……」

「話聞いてくれてありがとうってことでしょ」

「は……? でも、なんで別れ……」

 そこまで聞いたところで、研磨はにっと笑って、「忘れられない初恋があるから」とつぶやいた。あー、私の好きな、大好きな研磨の笑顔だ。

「中で話そう」

「待って、待って待って!」

「待たない」

 手をぎゅっと握られて、研磨の部屋に連行される。久々に入った部屋は懐かしい匂いがして、ここにあの子を入れたんだと思うとまた胸の奥がきゅっと締めつけられた。まだ嫉妬しているなんて、本当にどうにかしてる。

「部屋には入れてないから」

「そう……なの?」

「名前は?」

「え?」

「名前は、あいつとどこまでしたの?」

 あいつ、と言われて一瞬誰のことだか分からなかった自分が、本当にばかで単純で相手に申し訳なくなる。私なんかと別れて正解だよ。自分勝手すぎるけど、さっさといい子を見つけて幸せになってほしい。

「な、なにもしてないよ……」

「キスは?」

「……ごめん、それはした」

「じゃ、消毒ね」

 研磨の声と同時に唇を塞がれて、何が起こっているのか分からなくなる。胸の奥が不規則な音を立ててうるさい。身体が心臓になってしまったみたいだ。

 なんで。

 なんで今、研磨が私にキスしてるの?

「なんで私たちキスしてるの?」

「分かんないの?」

「わ、分かんない」

「じゃ、分かるまでする」

 ちゅ、ちゅ、っと何度もキスを繰り返されて、頭が真っ白になる。わけが分からない。こんな甘いキスしらない。爆発しちゃいそう。

 ぷはっと息継ぎした瞬間に、「おれの初恋はナマエだよ」なんて聞こえてきて、そこで初めて今置かれている状況を理解した。思考が追いつかない。私には、ただの一度もそんな感情抱いていないと思っていたのに。

「もっとちゃんと言わないと分かんない……」

「好きだよ、ずっと」

「じゃあなんで彼女作ったの」

「ばかだから。でも名前もばかだから、ホイホイ他の男の部屋についてかないで。焦った」

「知ってたの?」

「おれ、だいぶ嫉妬深いよ?」

 研磨もわりと普通の男。鉄朗がそう言っていたことを思い出す。

 それって、私に対してってことなの? 自惚れていいの?

 こんなの、現実だと思えるわけがない。

「……私ね、処女捨てたいって思ってたんだ」 「!?」

「でも無理だった」

「そんな簡単に捨てちゃだめだよ」

「よかった、研磨のためにとっておいて」

「……やめて、そんなこと言われたら襲いたくなるから」

「いいよ?」

「は!?」

「研磨ならいいよ」

 キスのせいで密着したままの身体があつい。沸騰してしまいそうだ。雨に濡れたせいで服と服がひっついて、でもそれすらもすぐかわいちゃいそうなくらい熱くって。部屋の中は湿気で溢れていて。私たちの視線は、自然と重なった。唇と唇が近づく。あ、もう一回キスをするのかな。

 階段を猛ダッシュで駆け上がる音が聞こえてきたのは、その時だった。この足音は、……あいつだ。私たちを見守ってくれていた、もうひとりの幼馴染の存在を思い出す。

「研磨! 名前! どうなった!?」

 パン! と扉が開いて、思わずひっついていた身体が飛び跳ねてしまう。

「鉄朗……、いま、めっちゃいいとこ」

「なんでクロが出てくるの……」

 どうやら鉄朗は、玄関前でもだもだしていた私たちを見かけて、どうなったのか気になってしょうがなかったらしい。私がなかなか出てこないので痺れを切らして突撃した、というところだ。なんてタイミング。タイミングはアレだけど、泣いて喜んでくれたから良しとしよう。

「研磨が私のことめちゃくちゃ好き愛してる抱きつぶしたいって!」

「そんなこと言ってない……」

「へー、あの研磨くんがねぇ」

 初恋は実らない。

 こんな言葉を口にしたのは誰だったっけ。そんなのは信じない。これからはもう、素直に気持ちを伝えることが出来るから。

 あの日音を立てたのは、脳の奥か、胸の底か。分からないけれど、初恋が終わったというのは大きな勘違い。この初恋はきっと終わることを知らない。だいじな、私の初恋。いや、私たちの初恋だ。

 カラン。

 今日も私の身体は、彼に焦がれて不思議な音を立てる。

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更新再開しました

お久しぶりです!ずっと更新出来ておらずごめんなさい〜!

まだ体調優れないですが、少しずつ更新していけたらなと思います!

折角サイトがあるので、サイトのみ公開のお話とかも増やしたいのですが……!

それよりも皆様映画は観ましたか!? 私は初日におかわりしました〜!

私は研磨くん推しなのでもうしばらく彼のことしか考えられません……。すみません、しばらく新作も研磨くんだらけになると思います!

そして私事ですが、実は6月に出産を控えておりまして!

生まれたらまたサイト放置になりそうなので、今のうちに書き溜めておきたいところです!

そんなこんなでスローペースですが、今後もよろしくお願いします!

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わたしは彼のとくべつ【研磨】

「お、お、お疲れ様!」

 冷めることのない体育館の熱気に、今が冬だということを忘れてしまいそうになる。このあと外に出たら、ぼんやりとした頭がすっきりしてちょうどいいのかもしれない。その中でも確かに高揚感はあって、胸の高鳴りをひとことでは言い表せない苛立ちに包まれていた。

「来てくれたんだ」

「うん」

 きっと研磨くんにとって、彼女である私が応援席にいるかいないかなんて関係なくて、来ているのかすら把握されてなくて、そんなことは承知でこの場に来た。不思議と寂しい気持ちはない。あんな研磨くんを見るのは初めてだった。そうさせる相手が私じゃないことも、悔しくないし嫉妬もしない。

 けれども、試合のあとはなぜだか涙がとまらなかった。

「泣いたの?」

「ん、感動した」

 研磨くんが一歩近づいて、私の頬に触れる。少しひりひりする目尻をなぞられたものだから、「ひゃ」と変な声が出た。

 だって、チームメイトの皆さんがそこにいるし、知らない生徒たちもうろうろしているというのに。こんなところで。やさしく触れてくれるなんて。

「研磨さん彼女さんっすか?」

 後輩くんの言葉に、一瞬にして周りがざわついたのが分かった。研磨くんははいともいいえとも言わずに、数回まばたきをして、それからふっと笑った。

 キャー! と聞こえる女の子たちの悲鳴と、ひょうひょうとしている研磨くんの温度差が本当にずるい。彼のぬくもりを独占しているのが自分だけだという事実に、気絶してしまいそうになる。

「えっ、彼女!? いたの!?」

「可愛いじゃん」

「普通じゃね?」

「普通すぎてびっくり」

 応援に来ていた他の生徒たちの視線が、一気に私の方へと集まる。そんなにジロジロと見ないでほしい。だってさっきまで私たち、付き合っていることすら誰にも言っていなかったのに。けれども研磨くんはそんなことは気にもせずに、「目、赤い」と言って私の頭をぽんぽんと撫でた。

「見られてるよ」

「いいよ、そんなの」

「観に来てよかったの?」

「うん」

「……わたし、面白い女じゃないけどいいの?」

「そんなこと気にしてたの?」

 研磨くんをあんなふうにさせられるのが、私じゃないってこと、気にしていないつもりだった。嘘、たぶん本当は気にしていたし、バレーボールにすら嫉妬していた。でも今、もしかしたら彼をこんなふうに甘くさせられるのは私だけなんじゃないのかって、その可能性に気づいてのぼせてしまいそうになる。

「先帰るでしょ? じゃ、また明日」

「明日?」

「明日はオフだし」

 こちらの都合も聞かずに、デートの約束を取りつけてくる研磨くんが愛おしくてしょうがない。ぽかんとしているチームメイトたちと、騒いでいる生徒たちと、何やら叫んでいる山本くんの声と。そのざわめきの中で、研磨くんはふっと笑って私に背を向けた。……その顔ずるすぎる。

「研磨の彼女ちゃん? へー」

「ひゃ」

 先程まで嫉妬対象のひとりだった黒尾先輩の声が届いて、緊張のあまり体がよろめいてしまう。たぶん私より彼のことを知っている先輩が、「研磨のことよろしくね」とやさしく笑って、その場はまたざわめきに包まれた。

 明日はデートだ。何の話をしよう。きっと今日の話じゃなくって、なんでもない普通の話をするんだろうな。そして私にだけ見せる顔を眺めて、優越感に浸るんだろう。贅沢な権利を噛み締めながら、お辞儀をして帰路についた。

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よるのまんなか【宮侑】

 午後五時、窓の向こうのオレンジが、夜に混ざって溶けていくみたいだ。それをぼんやりと見つめながら、今訪れた状況にとてもぼんやりとはしていられないと気がついてしまう。頭の中を整理したい。

 どうしよう。侑の家で宅飲みをすることになった。ふたりきりで。

『ごめん! バイト入ってもうた!』

『ごめん! 残業になってもうた!』

 スマートフォンに表示された友人二人からのメッセージ。それを見た時は、今日の飲みは無しかぁ、と落胆したものだった。侑……、片想いをしている彼も来るはずだったからだ。しかしその数分後、侑から届いた個人メッセージにより、私の気持ちは大きく揺さぶられることとなる。

『ふたりで飲もか?』

 それが届いた時の私の動揺っぷりは、側から人が見ていたならば指を指して笑われていただろう。一周回ってぼんやりと空を眺めてしまうくらいに、私の感情はかき乱された。本当、どうすればいいの。

 まあ、私と侑の仲だし? 高校からの腐れ縁みたいなもんだし? ふたりきりでも間違いは起こらない。それでも万が一に備えてお気に入りの下着を身につけてしまう辺り、大変ばかばかしいと思う。さらに買ったばかりのワンピースに袖を通した辺りにはもう、その滑稽さに自分で笑ってしまったほどだ。……何もないだろうけど。

『これから行きます』

 やたらとよそよそしい文章を送りつけて、玄関に鍵をかける。ガチャリと回ったキーの音は、私の恋心を解放させていくようだった。

 午後五時。窓の向こう、弧を描いた飛行機雲がオレンジと青の境界線をぼやけさせる。柄にもなく空を見つめてしまう辺り、自分は大変動揺しているようだ。頭の中を整理したい。

 どないしよ。俺の家に名前が来る。

『ごめん! バイト入ってもうた!』

『ごめん! 残業になってもうた!』

 スマートフォンに連続して届いた友人二人からのメッセージ。それを見た時は、名前との飲みが無しになったのかと落胆した。自分が名前にずっと片想いをしているからだ。けれどもここで諦めたら男は廃る。なんや、ふたりきりで飲めばええやん。そう思いついた時は天才かと思った。誘うのは緊張したけれど、後悔無し。だってこれは、チャンスなのかもしれないのだから。

『ふたりで飲もか』のメッセージに『OK』と返事が来た時の動揺っぷりは、なかなか酷かったと思う。兄弟が見ていたならば、指を指して笑われていたに違いない。一周回って空を見つめてしまうくらい、情緒がかき乱されていた。ほんま、どないしよ。

 まあ、俺と名前の仲やし? 高校からの腐れ縁みたいなもんやし? ふたりきりでも間違いは起こらない。それでも万が一に備えて男のエチケットを買ってきたり、変な毛が床に落ちていないか念入りにチェックした。さらに風呂掃除まで始めた辺りには、あまりの滑稽さに自分で笑ってしまったほどだ。……何もあらへんやろ。

『これから行きます』

 どこかぎこちないメッセージが届いた頃には、心ここにあらず状態。何もあらへん! そう思った自分だったけれど、何もない状態を保つことはかなりの苦行であることを、この後知ることとなる。

 乾杯、の声が重なる。グラスの向こうに見えるアルコール9%のロング缶を見つめながら、最初のひと口を豪快に飲み込んだ。度数の高いお酒を選んだのは、緊張を紛らわせるためだ。

 ……どうしよう、侑の部屋にふたりきりだ。想像以上に小綺麗でシンプルな、侑らしくないワンルーム。その隅に置かれたベッドの存在が気になってしょうがない。いや、何もない! 何もないから!

「名前って酒強いんやな」

「えっ!? そうかな!?」

「それ度数高いやん」

「あはは! これ、飲みやすくて軽く酔えちゃうから好きなんだよね」

 もっと可愛らしいお酒を選ぶべきだったのだろうか。度数の高いそれをぐびぐびと飲みながら、いや、今さら女の子らしくしたって、と開き直っている自分がいた。彼にとって私が恋愛対象じゃないなんてことは、とうに分かっている。ただの友達だからこそ、こんなふうに二人きりで宅飲み出来るんだろうし。

「侑は彼女とかいないの?」

 9%のアルコールは、気分をほどよく上昇させる。変な質問をした、と気づいた時には、しかめ面をした侑がこちらを見ていた。

「俺に彼女おらへんの知って聞いたな?」

「いやいや、あの宮侑選手だからいい子のひとりやふたりいるでしょ?」

「ええ子……、か」

「いるの!?」

「まぁ、おるっちゃおるな」

「そうなんだ……」

 彼女はいないけれどいい子はいるって、交際寸前とかそういう感じなのだろうか。そっか。そうなんだ。

 分かっちゃいたけれど、直接本人の口から聞くとこうもキツいものだとは思っていなかった。ロング缶をぐびぐびと飲み干し、次の缶をプシュっと開ける。次第に歪みはじめる視界と、連勤明けの体にしみるアルコール成分。眠気を口実に、隣に座る侑の肩に体重を預けた。

 このまま、襲われてもいいのに。そんなことを思いながら。

 ど、ど、どないしよ! ほんまどないしよ!

 えっと、今置かれている状況を理解したい。……名前が俺の肩にもたれかかって寝とる!

 乾杯をした直後は普通だった。けれども俺が『ええ子がおる』と伝えた頃から名前のピッチが速まりはじめ、いきなり体重をかけられたと思ったらすやすやと寝息を立てて眠っていたのだ。

 アカン、こんなの興奮せん男おらへんやろ。好きな子に肩もたれかかられて、可愛い顔して無防備に寝顔を見せられて。正直今すぐ襲いたくてしょうがない。

「名前」

 小声でそっとその名を呼んでみる。すると名前は「う〜ん……」と可愛い声をこぼして、もっと俺の方に体重をかけた。やばい、ほんま今すぐに襲いそうや。

 そもそも、名前は俺に気がないと思う。ここで襲ってしまえば、友人の宮選手に襲われましたとか言って週刊誌のネタにされかねない。まぁ、名前はマスコミにネタ売ったりはしないだろうけど。

「……好きやで」

 聞こえていないのをいいことに、そんなことをつい呟いてしまう。あー、俺ほんまチキンすぎやろ。アカンわ。ダサすぎやで。シラフの時に言えや。

 手、握ってもええやろか。

 俺の膝に置かれた小さな手を握る勇気すらなく、ただこの状況に悶えるのだった。

「……好きやで」

 ぼんやりと濁った意識の中で、愛しい声が低く響く。あれ、今何してるんだっけ。眠ってた? 今聞こえたの侑の声……? そっか、侑のおうちで二人で宅飲みしてたんだ。

 ん……?

 好きやで……!?

 え、ちょっと待って! 待って待って!

 侑にはいい子がいて、私なんか眼中にない。完全に私の片想い。フラれる目前。そんな状況だったはずだ。けれども今、その彼から『好きやで』とこぼされた気がする。はて、酔って耳までおかしくなってしまったのだろうか。

「……好きや」

 もう一度小さく聞こえて、完全に酔いがどこかに飛んでいってしまう。え!? 何これ!? 今の私に言ったよね!?

 これは、チャンスなのかもしれない。侑の服の裾を、震えた手でそっと握った。

 どうか、このまま襲ってくれ。

「……好きや」

 一度溢れた想いは、二度目の言葉となって宙を泳いだ。アホやろ俺。酔って相手が寝ているタイミングでしか言えないなんて、情けないにも程がある。けれども一度言葉にしてしまえば、アホみたいに何度でも伝えたくなってしまう自分がここにいた。言葉にしなければ、このまま襲ってしまいそうで怖かった。あー、アカン。ほんま襲いそうや。

 このまま名前をベッドに寝かせて、俺は違う場所にいた方がいいんじゃないか。そんなことをぐるぐると考える。しかし次の瞬間、服を掴まれた感触に理性というものはどこかに消えてしまった。と、思う。ぎゅ。寝ているはずの名前の手に、力が込められている。

 お、起きてへんよな? ベッドに移そかな?

 そう思って少し体をよじったら、もう一度ぎゅっと服を握られる感触と、伝わる体温。もう、どうにかなってしまいそうだ。

「名前、だいぶ酔ったやろ? 寝よか?」

 絞り出した声は震えていたかもしれない。糸一本で繋がれているかいないかの理性は、完全に消えてしまいそうだ。

「酔って、ない、よ?」

 ぱちりと開いた目に、視線を絡めとられる。酔ってへん。……酔ってへん。つまり、さっきの告白、聞いとった?

「襲ってもいいよ」

 なんてぎゅっと抱きしめられたらもう、選択肢はひとつしか存在しない。彼女の体を抱き寄せて、両腕にぎゅっと力を込める。

 あーもう、こんなん襲うしかないやろ。

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お知らせ

みなさんお久しぶりです!

Xでお知らせしていたのでご存知の方もいらっしゃるかもですが、現在体調崩しておりまして、更新をお休みしております。

サイトの更新も少しの間お休みしますが、2ヶ月ほどで復帰出来たらなぁと思ってます!

完全自己満足で書いてきた文化祭・体育祭シリーズも書き納めかな!? ネタストックはあるので気力さえあれば書きたいのですが……大学の学祭とかもね、書きたかったですね!

話は変わって、10月は研磨くんのお誕生日がありましたね!初めてジャンショダッシュしました。凄かった色々と!!!!アップルパイなんて初めて作ったよ!推し誕って最高ですね!

そんなこんなで過ごした研磨くんのお誕生日の直後から体調を崩し、10月後半はほぼ寝て過ごしていました。11月もそんな感じになりそうですが、また必ず更新するので待っていて下さい〜!

私はサイト持ちにしては珍しい方でXメインで活動してますので、Xの方で近況伝えていけたらなぁと思っています!

では、皆様もお身体にお気をつけて!

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