「ユーチューバーの彼女になってみたい」
「なにそれ」
「んー、この曲聴いてたら、そう思っただけ」
買い替えたばかりのスマホから流れてきたのは、私たちが幼い頃に流行った曲らしい。その頃から日本は不景気だったのか、上がらない報酬をうたったその曲が心に刺さるのは当たり前のことだった。エンドレスリピート。アーティストとユーチューバーってちょっと似てると思う。昔の動画でも、再生数が伸びれば稼げるわけだし。そこの仕組みはよく分かっていないけど。
六畳の北向きワンルームは、すこし湿気臭い。抱き合ってる間に溶けてしまった氷が、カランと音を立てた。昼間だからアイスコーヒー。お酒じゃない。それをひと口飲んで、もう一度研磨とキスをした。
「もっかいする?」
彼の方からもう一回のお誘いがあるなんて珍しい。何の仕事をしているのか教えてくれないけど忙しいらしく、いつもはそそくさと帰ってしまうのに。
「むり、飛んじゃいそうになるもん」
「そんなに気持ちよかった?」
「ん、今日激しかった」
もう一度触れ合うだけのキスをして、床に転がった下着を拾った。それを身につけている最中にまたまさぐられて、「だーめ」とそれを静止する。すると研磨は諦めたように身体を起こして、私の飲みかけを口に含んだ。
「はー、年度始めしんど……。給料上がんないし。新入社員の初任給と一緒ってどう思う?」
「そっか、しんどいね」
「指導社員とか荷が重い。契約社員なのにそんな役目押しつけられてさ、正社員動かないの。派遣の方が給料高いしもう派遣になろうかな」
四月のこの空気が苦手だ。人は多いし暑いし気疲れする。けれどもこの休日の雰囲気は好きだ。終電でうちに来た研磨と乾杯して、溺れるようなセックスをして、ドロドロになっていっしょに眠る。昼前に目が覚めたらひとつのコップにアイスコーヒーを注いで、喉を潤してからもう一度抱き合う。なんて贅沢なんだ。
「ねぇ、そろそろその会社辞めたら?」
いつもならもう服を着ている頃なのに、研磨は裸のまま真顔でそんなことを言ってのけた。指と指が絡み合う。研磨の綺麗な指先で、左手の薬指をするするとなぞられた。
「無理だよ」
「おれが養うって言ってんだけど」
「何それプロポーズ? 研磨がユーチューバーなら考えるけど」
本気で言っているの? 今時共働きでもしんどいってよく聞くのに。研磨は時々夢想的な考え方をする時がある。頭の中が読めないし掴めない。まあ、相手はユーチューバーがいいとか言っている私もその職業に夢見すぎなんだけど。
スマホを弄りはじめた研磨の、その頬はわずかに緩んでいる。プロポーズを交わされたというのに、飄々とした顔。ほーら、本気じゃないんじゃん。けれども差し出されたスマホの画面は、夢と現実をリンクさせてしまった。
「いつユーチューバーじゃないって言った?」
頭を楽器で殴られたような気分だ。アドレナリンが暴走する。なにそれそんなの知らない。この人は何も知らない私を少しずつ飼い慣らしていたのかな。
「結婚しよ」
「……する」
唇を合わせたら、マンデリンの苦味が口の奥いっぱいに広がった。肺の奥まで浸透しそうだ。さらば丸の内OL。
最高に興奮する。