文化祭で浴衣を着たら爆モテして、嫉妬した彼氏の孤爪研磨におれの女発言されて掻っ攫われる

「名前はおれのだから」
 キャー! という悲鳴だとか、ヒュー! という冷やかしだとか、孤爪せんぱいぃぃ! という咽び泣く声だとか、爆笑する男子バレー部とそのOBたちの声だとか。あらゆる音の中で宙に浮き上がった身体は、千切れそうなくらいに熱い。
 どうしてこうなったんだっけ。ここ数分間の記憶を呼び覚まし、ああ、そういうことかと察してしまう。
 これは、彼の独占欲と支配欲のあらわれだ。

 お気に入りの浴衣の上から、丁寧に帯が巻かれていく。紺色の生地に散った花びらは、華やかさには欠けるけれど大人っぽさを演出してくれる。これはこの日のために選んだものだ。
 音駒祭当日。我が茶道部の部室は朝から忙しく、家元の先生まで駆けつけて着付を手伝ってくれていた。掛け持ちのためほとんど部に顔を出していない幽霊部員の私ですら、今日はきちんと頭数に入れられている。まあ作法なんてうろ覚えだから、私は呼び込み要員なんだけど。
 音楽室や美術室なんかがある北棟二階の一番奥、とても分かりづらい場所に和室は存在している。私が呼ばれた目的はひとつ、そこで行われるお茶会に人を呼び込むことだ。茶道部は毎年これに苦戦していた。だからこそ、今年は私みたいな幽霊部員も人数に加えて、呼び込みに力を入れるよう! ということらしい。
「名前その浴衣めっちゃ可愛いじゃん! 大人っぽいっていうか、色っぽい?」
「本当似合ってる! 名前って和装似合うんだね!」
 多くの部員たちは大会なんかで浴衣を着ることがあるけれど、私の浴衣姿を披露するのは初めてだ。今、私がやたらと褒められているのは珍しさゆえだろう。普段は、たまに来てお菓子食べて帰っていくだけの人だし。それから、馬子にも衣装、とかきっとそんな感じ。あと呼び込みをちゃんとしてほしい圧。
「名前、髪の毛結ってあげるよ」
「じゃ私メイクする!」
「ワァ〜イ! 部長ちゃん副部長ちゃん、ありがとう!」
「本当可愛すぎるんだもん! 彼氏なんか出来ちゃうかもよ〜?」
 なんて笑う部員たちの言葉を聞いて、思わず目が泳いでしまう。彼氏。彼氏……、いるんだなぁ。けれども私はそれを口にすることはしない。研磨くん、……その彼氏とやらに、絶対に誰にも言わないでと口止めされているのだから。
 研磨くんに告白をオッケーされた時は驚いた。そういうの、全然興味なさそうだったし。ただしお付き合いを始めるにあたって付けられた条件が、この交際を口外しないこと。目立つのがイヤだとかいう変な理由を聞かされた時は、ちょっと一瞬考えた。だって、一緒に手繋いで帰ったり出来ないっていうことじゃん!? まあ、その条件を飲んだわけなんだけど。
 予想通りデートは学校からかなり遠い場所orお互いの自宅の二択。おうちでは手も繋いでくれるしチューだってしてくれるけど、付き合ってる半年が経った頃、私はもうみんなに彼氏自慢をしたくてしょうがなくなっていた。なぜなら、春高出場をきっかけに、研磨くんが爆モテしてしまったからだ。
『ねぇ、そろそろみんなに言ってもいいんじゃない?』
 そう提案するたびに、『何それ別れ話?』なんて言われるものだから、あー、本気で目立つのイヤなんだなって把握した。だから学校では極力接触しないようにしている。だって別れたくないし。
 だから! 例え今私が浴衣を着て髪をあげてメイクをしていようとも! 彼に堂々と会いに行くことは出来ないのだ! や、そもそも研磨くんサボって帰ってそうだし!
「ほーら完成! きゃ〜! 名前絶対爆モテじゃん!」
「かっわ! モテ確定でしょ!」
「はいはい、ちゃんと宣伝してきますから! じゃ、行ってきまーす!」
 『茶道部お茶会はこちら! 来てね! 和菓子もあるよ!』と書かれた看板を持ち、体育館に向かう。文化祭開始直後のステージ上で行われるPRタイムに、この浴衣姿で登場しなければならないからだ。
 何も考えずに行ったこのPRタイムで、予想外の出来事が起こることをこの時の私はまだ知らないのだった。

 各クラスのPRが済み、運動部の派手なPRタイムが終わった頃には観客たちは少し飽きているようだった。文化部のPRタイムなんて、誰も興味がないと思う。このあとから始まる、ファッションショーやバンド演奏なんかを目的に座っているに過ぎない。だからこそ緊張せず、自然体でPRに挑める自分がここにいる。
『次は茶道部のPR、よろしくお願いします!』
 司会のアナウンスと同時にステージの上に一歩踏み出す。はんなりと、おしとかやに、ヤマトナデシコを意識して!
 ……うーん、私には無理!
「みなさんおはようございます! 茶道部です! 北棟二階に和室があるのをご存知ですか!? 本日はそこでお茶会を開催しています! おいしい和菓子もあるので是非遊びに来て下さいね♡」
 なーんて少し棒読みになりつつ適当に挨拶をしていると、会場がざわつき始めたことに気がついた。女子の、「名前ー! 可愛いー!」と叫ぶ声に混じって、男子の騒ぎ声が聞こえてくる。
「あれ苗字? あいつ茶道部なの?」
「え、ってかめっちゃ可愛くね?」
「色っぺ〜! うなじとかなんかエロいよな!」
「やば、俺告ろっかな」
「はぁ? 抜けがけすんなよ! 俺のだし!」
「や、俺の!」
「じゃ、一斉に告って誰が彼氏になれるか賭ける?」
 なんだか褒めちぎられている気がするけど、これは浴衣の力が十割だと思う。モテたことなんてないし、この状況が飲み込めなさすぎてどうすればいいのか分からない。これ、もうPR終えていいの?
「せーの、で叫ぼうぜ!」
「「「「苗字さーん!」」」」
 ひえええぇ! やめてくれええええぇ! なんか予想外に変な目立ち方してる! 無理! 逃げたい!
『はーい、そこの男の子たちちょっと静かにしましょ……』
 司会者がやんわりと止めに入ったその時、ひとりの男子生徒が「ちょっとマイクちょーだい」と横入りするのが目に入った。
 ん?
 んんん!?
 え!? 研磨くん!?
 そう、まさかのマイクを持って壇上に上がってきたのは彼氏の研磨くんだった。こんな賑やかな場所にいたの!? っていうかここで何してんの!?
 戸惑っていた次の瞬間、マイクを通したでっかい声が体育館じゅうに響いた。
「名前は俺のだから」
 途端に静まる体育館。その間およそ十秒。しーんとなったのち、ワー! と歓声があがる。
「え? 苗字って孤爪の彼女……?」
「そうだけどそれが?」
 マイクを司会者に返した研磨くんが、私をぐぐっと抱え上げる。足が宙に浮いて、目線が彼と同じ高さになった。
「気抜きすぎ」
 耳元でそう言われたらもう顔が爆発しそうに熱くなる。私は研磨くんに抱っこされたまま、ステージの裏へと連れて行かれてしまった。キャー! ギャー! とさまざまな叫び声で体育館は埋め尽くされている。
「研磨くん!? 何事!?」
「そういうことだけど」
「みんなに知られていいの?」
「いいんじゃない? もうどうにでもなればいい。名前取られるくらいなら、目立つ方がマシ」
「目立ちすぎなのでは!?」
「本当はキスでもしてやろうかと思ったけど」
「……それはふたりの時でオネガイシマス」
「じゃ、ふたりっきりになる?」
 なんて、ふっと微笑まれたからもう本当に爆発しちゃいそうになる。「うん」と答えたら、抱っこされたまま連れ去られた。鳴り止まない歓声が遠のいていくのを感じながら、研磨くんの背中にぎゅっとしがみついた。
 ふたりの行方は、誰も知らない。

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一度振った縁下力が部活対抗リレーで目立ちすぎていてつらい

「苗字のことが好きだ! 俺と付き合ってほしい」

 力とは中学の頃から一緒だった。男女バレー部同士顔を合わせることも多かったし、何でも気さくに話せる仲。それは力が春高に出場した後も、主将になったあとも変わらず、男女の垣根を越えたいい友達なんだとそう信じて疑わなかった。まさかこんな形でふたりの関係性が変わるとも知らずに。

「まってまって! 力私のこと好きなの!? いつから!?」

「中学の頃からずっと好きだったよ」

 友情という関係性から進むのか、下がるのか。告白されてしまった今、選択肢はその二つしか存在しないような気がした。力の顔を見上げると、真剣なまなざしで見つめてくる彼がそこにいた。力、本気なんだ。中途半端に応えるわけにはいかない。

「……ごめん。力のことそういう風に見たことない」

「そっか。ごめん、時間取らせて」

 私のごめんを聞いた力は、いつもの柔らかな笑顔でそう言った。彼の眉尻が下がる。どうしてだか、この関係性が変わってしまうことが怖いと感じてしまう。

「……ねぇ! 私たちこれからも友達でいられる?」

 自分勝手な質問だったと思う。力ならきっと、笑っていいよって言ってくれると思っていた。甘えていたんだなぁ、私。力の優しさと強さに。

 力が、再び眉尻を下げて笑う。

「ごめん、それはちょっとキツイ」

 友情という関係性から進むのか、下がるのか。その二つしか存在しないようなその予感は的中して、私たちは友情という関係性から一歩下がってしまった。

 力を振ってから二ヶ月。会えば「おはよう」くらいの挨拶はしたし、部活関係の会話を交わすこともあった。でも前みたいに、無駄話をしたり笑い合ったりすることはない。それを寂しいと思ってしまうのは、自分勝手なことなのだろう。

 そんなこんなで訪れた体育祭。今、女子の部活対抗リレーを走りきった私は、待機列から男子部のリレーを眺めている。周りの女子たちは、レシーブやトスをしながら走る後輩くんたちを、きゃあきゃあ騒ぎながら応援しているようだった。

「次主将じゃん!」

「縁下先輩〜! かっこいいよね!」

「え〜、私も狙ってたのに〜」

 マジか。

 聞こえてきた言葉に、どくりと心臓が高鳴るのを感じる。春高に出場したあとの男子バレー部は、確かに爆モテした。日向くんや影山くんはもちろん、あの田中も告白されていたし、もしかしたら力も告白されたことくらいあるのかもしれない。けれども、ここでモヤモヤするのは本当に自分勝手だ。力は私のものじゃない。

 そんなモヤモヤを抱えながら、すっと顔を上げる。目に飛び込んできたのは、バトンならぬバレーボールを渡された力の姿だった。

 まっすぐな背中、伸びた腕に当たるボール。しっかりしたレシーブが続く。走りながらレシーブするなんて難しいことを、確実にこなす彼に向けて拍手が起こる。女子たちはきゃあきゃあと声をあげて、「せーの! 縁下先輩ー!」と応援していた。

 あー、やだなぁ、もう。こんなの。私今、周りの女の子たちに嫉妬している。醜いよね、ばかだよね、ずるいよね。私きっと、力が思うような女の子じゃないよ。でもさ、もしもあなたがまだ私のことを好きなのならば……。

「力! 頑張って!」

 気がついたら叫んでいた。一瞬彼の動きが止まって、ボールが宙を舞う。確実なレシーブは私の一声により阻止され、飛んでいったボールは私の身体に着地した。ボールを追いかけて走ってきた力に、急いでそれを手渡す。

「力、ごめん」

「〜っ、苗字、かけ声はずるい」

 耳まで真っ赤に染めてそう言う力を見て、確信してしまう。このひと、まだ私のこと好きなんだ。去っていく彼の背中を目で追いかける。どうにか三位でアンカーにボールが渡って、喝采は影山くんに持って行かれてしまった。そんなアンカーのごぼう抜きも頭に入ってこない。かあっと身体が熱く燃えあがる。力の顔が、声が、頭にこびりついてどうしようもない。

 本当、今更すぎるよね。……これは恋だ。

「名前、さっきの何!?」

「付き合ってんの!?」

 もちろんそばにいた部員たちは見逃すことなんてしない。問い詰めてきた彼女たちに「これから告る」と宣言して、私は立ち上がった。すうっと息を吸い込んで、大声を張り上げる。

「縁下力ー! 聞け! 私はあなたのことがす……」

「待て! 俺からもう一度言わせてほしい!」

 もう一回って何!? と騒ぎはじめるギャラリーの声がうるさい。照れくさくてしょうがないけれど、今はふたりだけの世界だと想像してみることにする。

「苗字のことが好きだ! 返事は!?」

 友情という関係性から進むのか、下がるのか。告白されてしまった今、選択肢はその二つしか存在しない。私は頭上で大きなマルを作った。ワー! と歓声があがる。

 今日、私たちの関係性は前に進んだ。

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二人三脚ですっ転んだら夜久衛輔に担がれてまんまと惚れた

 体育祭は彼氏が出来るチャンスらしい。

 非日常に盛り上がった男女たちが盛り上がり、なんかこいつのこと好きだとかいう思考に至り、告白し合う構図が出来上がっているそうだ。友人談なので、信ぴょう性については知らない。

 まあ私も年頃だし? 彼氏ほしいな、くらいは思っていたわけだし? そんな、がっついてまでほしくはないんだけどね? 期待はしちゃうものでしょう!

 そんな体育祭まであと少し。彼氏が出来る確率ナンバーワンといわれる(これも友人談)、男女ペアで行われる二人三脚のペア決めの日が訪れた。決め方はクジ引き。どうせペアになるなら、高身長イケメンがいいな。例えば黒尾くんとか。身長差あると走りにくそうだけど、それはそれこれはこれ。力ありそうだし、よろめいたら支えてくれそうだし。

 なーんて思いながら女子のクジの箱に手を突っ込み、中にある紙を握る。開いた紙に書かれた番号は十二番。さて、これから同じ番号を持っている男子を探さなければならない。

「俺十二番だ! 女子の十二番誰だー?」

 聞き慣れたその声に顔をあげる。「私十二番!」と手を挙げると、目が合ったのは男友達の夜久だった。

「なんだ、夜久か」

「なんだってなんだよ」

「ま、……走りやすいよね! 私たち一位狙えるんじゃない?」

「おい、誰が身長同じだから走りやすいって?」

「そこまで言ってないし! 自分で言ってんじゃん」

 夜久に身長の話はするなと周知されている。けれども私たちはそれをネタに出来るほどに仲が良い。単純に、一番仲の良い男友達だ。

「高身長イケメンじゃなくて残念だな」

「え、夜久ってエスパーなの?」

「苗字の考えてることくらい単純すぎて読めるんだよ」

「はぁ〜? 誰が単純バカ女って?」

「そっちこそ自分で言ってんじゃねぇか」

 私たちのやりとりを見て、どっと笑いが響く。こんな関係ももう三年目。きっとこれからもこの関係が続いていくのだろう。そう信じて疑わなかった。体育祭本番の、あの時までは。

 体育祭の日は、見事な秋晴れだった。暑い日が続くとはいえ、空に浮かぶ雲は新しい季節を表している。

 二人三脚の練習は順調で、私と夜久は常に一位を保っていた。しかも、毎回ダントツ。その度に私たちベストコンビだね! 夜久が相手だと走りやすいわ〜、なんて言って笑い合っていた。

 正直、異性として見ていなかったのが本音だ。だって身長一緒だし、きっと体重も筋肉量の差くらいだろうし、肩組んで走っていても意識したことないし。きっと相手が高身長イケメンだったら、意識しすぎて走れないくらいなんだろうけど。

 そうして訪れた本番、今日もダントツ一位に違いないと信じていた。気が抜けていたんだと思う。緊張なんかひとつもしなかった。だってそうでしょう。一番仲の良い男友達と、ベストな形で走れるのだから。

 パァンと鳴ったピストル音と同時に、「せーの、いちに!」と声を合わせて走り出す。いつもの練習と違うのは、今日の土が少し乾燥していることくらい。ゴールまであと約三メートル。私の足が滑ったのはその時だった。

「あっ」

 夜久と結ばれているのと反対側の足が傾いて、そのまま重力に逆らえずに倒れ込む。夜久の体と共に、べしゃりと地面に着地した。思いっきり夜久の体重を受け止めた私の身体が、びりびりと悲鳴をあげる。

 重……、じゃない! 立たなきゃ! 夜久から伸ばされた手を握って、彼の方に体重をかける。

「おい、大丈夫か!? 立てるか!?」

「むりぃ……、立てないし歩けないかも」

「ごめん、苗字の上に思いっきり乗っかった! 痛かっただろ!?」

「夜久重すぎぃ、痛いぃ……!」

「一応男だからな」

「そうでした……。ごめん。歩けないからリタイアしていい? 先生呼んでき……、ひゃあ!?」

 次の瞬間、ふわりと身体が宙に浮き上がる感覚に、思わず声をあげた。気がつくと私は夜久に抱え上げられていて、彼は救護テントに向かって走り始めている。な、何事!?

「夜久が苗字お姫様抱っこしてる!」

「ほら〜! あそこデキてんじゃん〜」

 そんな声が耳に届いて、身体がかあっと熱くなる。夜久が突然男の子になったような気がして、照れくさくてしょうがない。いや、はじめから男子なんだけど!

「ちょ、ねぇ! 重いから降ろして!」

「重くねぇ」

「むりむり! 絶対重いから!」

「だから重くねぇって。暴れんな」

「〜っ!」

 夜久は軽々と私を抱えたまま、グラウンドの一番端にある救護テントまでたどりついた。一緒に走っていた時は意識しなかったけれど、筋肉質な体つきしてるんだな、なんて気がついてしまう。意識したが最後、もう降ろしてほしくてしょうがなくて、体が暴れ出しそうになる。

 ……めっちゃ男子じゃん。

 壊れ物を扱うようにベッドの上に座らされて、「大丈夫か?」と顔を覗き込まれたらもう無理だった。近い。無理。爆発する。

「……な、これで俺のことちょっとは男として意識してくれた?」

「はっ!? え、えっ!?」

「っは、苗字顔真っ赤」

「な、な! 夜久だって真っ赤じゃん!」

「おう。俺はとっくに苗字のこと女として見てるからな?」

 そんな、男の子の顔して見つめないでよ。ずるい。こんなの好きにならないわけがない。本っ当にずるい。

 体育祭は彼氏が出来るチャンスらしい。

 非日常に盛り上がった男女たちが盛り上がり、なんかこいつのこと好きだとかいう思考に至り、告白し合う構図が出来上がっているそうだ。

 しかしこれはそんな単純なものじゃない。私は確信してしまった。

 これは、本物の恋のはじまり。

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文化祭のファッションショーで私を揶揄った男子たちに宮治がブチギレて俺の女発言する

「名前、お願いやからファッションショーに出てくれへん!?」

 親友はそう叫ぶと、目の前で手を合わせて頭を下げた。硬く閉じられた親友のまぶたの裾からは、長い睫毛がぴょこんと伸びている。

 ファッションショー。はて。それはこの美人な親友のような人のために用意されたものであり、自称ちょいぽちゃ(だと思う)の私からは縁遠いものではないだろうか。

「え!? 引き立て役必要って言われた!?」

「ちゃう! 名前は可愛えよ!」

 せやけど、と続ける親友の、その表情がなんだか気まずそうなそれに変わる。『せやから』じゃなくて『せやけど』と続いたことで、ほーらデブ要員なんじゃんと勘づいてしまった。こういうことは慣れっこだ。まあ、この親友はそんな私を可愛い可愛いと褒めてくれるのだけど。

「なーに? 採寸間違えたとか?」

「お見事! ウチほんまアホやぁ! ぶっかぶかで入らへんねん! もう作り直す暇もあらへん!」

「ってことはこんな美人がショーに出なくて、私が出るってこと!?」

「いや、他にも小さい方に採寸間違えた子がおって……ウチ緑の妖精すんねん」

「ぶっは! 妖精は確かにほっそい子しか無理だね!」

 あの緑の妖精の衣装を親友が着ると知って、からかいたい気持ちでいっぱいになる。それを押しのけるようにして浮かんできたのは、ひとつの疑問だった。

「……え、ちなみに私に頼むのって何の衣装?」

 私の問いに対しての返事はない。親友は黙ったまま目を泳がせた。

「えっ何!? 水着とかじゃないよね!?」

「ちゃう! ちゃう! でもな、ほら、この歳でこれ着る機会なんかそうそうないで!?」

「だから何を!?」

「……ウェディングドレス」

 ……は。

 ハァアァァアアアアアア!?

 ちょっと待て! ちょーっと待ってくれ! ウェディングドレスってあれですよね!? 色白のほっそい子が着る、背中とか鎖骨とか丸見えのアレですよね!? え、私が着たらただの贅肉ドレスになるんだけど!?

「無理! 断る!」

「だってぽっちゃりで可愛え子名前以外におらへんのやもん」

「ぽっちゃり言ったな!?」

「言うたけど! 聞いてや! えらい特典付きやで!?」

「特典……!?」

 サービス一品だとか、大盛り無料だとか、ぽっちゃり系女子は特典に弱い。口をつぐんだ私の耳元で、親友が小さく囁いた。

「宮治がエスコート役や」

 マ……!? マジか……! この子、やりおる。

 そう、宮治は学年一、いや学校一のモテ男。そして私の片想いの相手でもある。その片想い歴はなんと五年以上だ。宮治への片想い歴なら、学校中の誰よりも長いだろう。

「ジュニアバレーの頃から好きなんやろ?」

「その話は言わないで! 太ももが気になってバレー辞めたとか絶対知られたくないし!」

「可愛え理由やん? ほんで、出てくれるん?」

「……宮治で手を打とう」

「ほんま!? ありがとうな!」

 宮治で手を打ったはいいけれど、私はウェディングドレスを着なければならない。けれども文化祭までの一週間、少しでも痩せようとあがくこともせず、いつも通りよく食べよく寝て過ごしたのだった。

 文化祭。それはあらゆる食べ物が並んでいる夢のような祭りだ。時刻は正午。本来ならば、今頃焼きそばやたこ焼きなんかを頬張っているはずだっただろう。けれども今、私は純白のドレスに身を包み、持参したおにぎりを頬張っている。

 薄暗いステージの裏は、周りの子の華やかさをほどよくかき消してくれる。この頃には開き直っていたけれど、さすがに周りのきらびやかな様を見ると比較してしまう。私はおにぎりを齧りながら、脇の下のお肉をぷにぷにとつまんだ。

「エスコートする相手、苗字か。よろしく頼むわ」

 完全に気を抜いていたところに、治くんの声が降ってきて体がビクンと跳ねる。座っていたパイプ椅子が、ギシリと怪しい音を立てた。

「おしゃむくん、よろひく」

 もぐもぐとおにぎりを無理矢理口の中に放り込み、挨拶を交わす。すると治くんは、私の口元を指で拭って、残っていたらしい米粒をぺろりと舐めた。

 なんだこれ!? ン!? ンンンンン!? 天然タラシですか!?

「苗字相変わらずよう食うなぁ。ジュニアバレーん頃から変わらへん」

「!? 覚えて!?」

「? 当たり前やん! 苗字のスパイクパワーあったし! なんで辞めたん?」

「そ、そ、それは……」

 そこまで話したところで「出番だよ!」と呼ばれて、聞かれたくない辞めた理由は話さずに済んだ。治くん、覚えてたんだ。小学校卒業と同時に辞めたバレーボールだけど、中学に入っても何度か大会を見に行った。もちろん、治くんを見るために。応援していたのも見られてたかな? と思うと、体が爆発しそうになる。

「さ、行こか」

 立ちあがろうとした私の手を、治くんがぎゅっと握る。勘違いしてはいけない。だって彼はこれから、私のエスコート役をするのだから。

 はぁ。擬似でも宮治と結婚式挙げられるだなんて夢でも見ているのだろうか。まあ、可愛い子が相手だと妬かれちゃうし、私くらいがちょうどいいんだろうけど。

 裏方の女の子が、私のドレスの裾を持つ。治くんの腕が私の腕に回って、ステージの上へと一歩踏み出した。キャー! だとか、ギャー! だとかの叫び声は、きっと彼のファンによるものだろう。なんや、ブスやん。そう聞こえた気がするけど想定内だ。治くんの眉間に皺が寄ったように見えたのは、気のせいだろう。

 しかし、ステージの中央に立った数秒後、『気のせい』は確信へと変わることとなる。

 ステージの向こうに、キャーキャー騒ぐ女子の集団が見える。そのそばで、ニヤニヤしながらこちらを見る男子の集団が目に入った。

「苗字、乳でかくね?」

「乳ってか贅肉やん? 俺無し!」

「えー? 俺はアリ! 乳デカいやん!」

「無しとか言うてガッツリ見とるやん」

「ヤれるか賭けようや」

「ちょっとー、男子〜!」

 ン? んー……。苗字って、私のことだよね。バレーボールを辞めた理由はもうひとつある。発育のよかったこの体が、目立ってしまうのがイヤだったからだ。

 やだな。早く舞台の裏に戻りたい。そう思ったその瞬間、大きな声が体育館に轟いた。

「おっまえらええかげんにせぇよ!?」

 声の主は、時に立つ宮治その男だった。その表情はまさにガチギレ状態。ステージの下には、青ざめた顔へと変わっていく男子生徒たちがいる。

「人の女のどこ見とんのや!? アァ!? くらすぞこの万年発情期どもが!」

「え、宮の……、女?」

「そや! 苗字は俺の女や! もっぺん同じこと言うたら自分らのピーーちぎるで!?」

「「「すっ、すみませんでしたぁ!」」」

 ギャー! と女子の悲鳴が響いて、体育館の中が騒音に包まれる。舞台の裏へと戻るために背中を向けた治くんに合わせて、私もうしろを向いた。去り際に、ステージの向こうを振り返り、べーっと舌を出してみせる治くん。今度はキャー! と違う悲鳴が湧いている。

 騒音から逃げるようにして逃げたステージ裏は、やっぱり暗くて周りがよく見えなかった。

「ありがとう……。かばってくれて」

「あれ、俺の本音やから」

「!?」

「ジュニアバレーで初めて会うた時から、苗字のこと好きやった」

「え!? え!?」

「ほんまやで!? バレー辞めたの知って寂しかったし、見に来とるん気づいた時はほんま嬉しかった」

 なにこれ。なにこれなにこれ。やはり私は、夢でも見ているのだろうか。こんな少女漫画すぎる展開に頭がついていかない。ぼけーっとしていると、口の端を指でなぞられた。

「な、俺と付き合うて?」

「……ハイ」

 なんてこった、叶ってしまった。まだ現実が信じられずに、ペチペチと頬を叩いてしまう。そんな私を見て、「ほんま可愛えなぁ」と笑う治くん。

「本番が楽しみやなぁ」

「それまでには絶対痩せるから!」

 なんてやりとりをしていたら、ドレスの裾を持っていた女の子に笑われた。忘れてたわ。他に人いたの。

 私の長年の恋が叶ったと、きちんと伝えられるのはそれからずいぶんあと。本番のその日になることを、私たちはまだ知らない。

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体育祭で応援団長の宮侑に俺の女発言される

 私を応援団に誘ってきたのは、我が朱雀団団長の宮侑だった。敵対する白虎軍の団長は、彼の片割れ治くん。負けられへん戦いやから、どうか苗字も応援団に加わってくれ! とかいうわけの分からない誘いを断りきれず、副団長として侑の隣に立つことになった。

 断らなかった理由は、侑の熱量に押し負けたからだけではない。主な理由は、私が……。

「ほんま名前、ミャーツムのこと好きやんな!」

 体育祭開始まであと数十分。友人が私の胸にサラシを巻きながら、そんなことを口にした。結構な大声で「告らへんの?」なんて続ける友人の口を、「声大きい!」と叫びながら塞ぐ。そう、私は宮侑に片想いをしている身なのだ。

「名前の方が声デカいて。それよりさぁ、乳デカくなったんやない? ミャーツムに揉まれた?」

「揉まれてない! 付き合ってないからっ!」

 稲荷崎高校の応援団の女子の正装は、サラシの上に学ラン羽織りである。

 侑の学ランが存在するのならそれを羽織りたいけれど、彼は中高ブレザー育ち。私は仕方なく、他の生徒が中学時代に使っていた学ランを借りてきた。刺繍された『松田』の文字が憎らしい。松田って誰だよ。これが『宮』だったら喜んで羽織るのになぁ。

「今日ツインズ誕生日らしいで? 告るチャンスちゃうん〜?」

「無理無理っ! あいつモテるし目立つし! 絶対他の人に告られるし!」

「そんなに好きなら告ればええのに。ええ感じや思うんやけどなぁ」

「そんな勇気ないから!」

 きっちりと巻かれたサラシの上から、プシューと制汗剤を吹きかける。友人と交代して、今度は彼女の胸にサラシを巻いていった。この時の私は、今日彼との関係が変わるなんて思ってもいなかった。事件は、メインの応援合戦が終わった頃に起こることとなる。

 青龍・白虎・朱雀・玄武。この組分けの名前は誰が考えたのだろう。きっとカッコイイと思って付けたんだろうけど、ちょっと中二くさい。まあ、宮侑が朱雀団団長と聞いたらそれなりにカッコ良く聞こえるのだけど。

「苗字! 頑張ろな!」

 メインの応援合戦が始まる直前、侑からのハイタッチが降ってきた。「うん!」と答えながら、私も両手を差し出す。パチン! と両手が重なった瞬間伝わる体温に、心臓が飛び出しそうになった。はぁ、好きだわ!

 観覧席からは「宮先輩〜♡」「あつむ先輩〜♡」なんて声が飛び交っている。後輩から爆モテなんだよね、この人。他校にもファンがいるらしいし、もしかすると付き合っている人がいるのかもしれない。うん、彼女いない方がおかしい。なんてちょっとネガティブ思考に陥っていたけれど、侑の学ラン姿がカッコ良すぎてそんな気持ちはすぐにどこかに飛んでいった。

 そんなこんなで迎えた応援合戦。侑に見とれてフリを間違えそうになったけど、なんとかノリで誤魔化した。体感時間は数十秒。一瞬のうちに応援合戦は終わり、控えテントへと戻ろうとしたその時だった。事件が起きたのは。

「苗字、乳はみ出そう」

 私の耳に入ったのは、知らない男子生徒たちの雑談だった。もしかしてサラシがずれてた!? と下を向くがそうではない。ただ、私の胸を見てそれを揶揄っているらしいと察し、かあっと体が熱くなる。

「それやんな! 俺乳しか見てへんわ」

「なぁなぁ、聞いてや。苗字が羽織ってんの、俺の学ラン」

「松田〜! それで何発か抜けるんちゃうん?」

 セクハラまがいの言葉に、どうすればいいのけ分からなくなる。さっと学ランを閉じて、胸が見えないようにするので精一杯だった。

 やだもう、泣きそう。今すぐここから逃げ出したい。目の前が滲みはじめたその時、響き渡ったのは侑の大声だった。目の前で、ひらりと長いハチマキが揺れる。これは団長しか身につけていないものだ。

「お前らええかげんにせえよ!? 人の女の乳見て何発情してんねん! アァ!? 目潰したろか!?」

 うるさかったその場が、一瞬にしてしーんと静まり返る。私を揶揄っていた男の子たちは、一歩後ずさったあとに「え、え、苗字って宮の彼女……?」とこぼした。

 ん? ンンンンン!? 今、侑は何て言った!? 人の女!? 確かにそう言ったと思う。

「そや! 苗字は俺の女や!」

 そう叫んだ侑は、ずかずかと私の元まで歩いてくると、『松田』の学ランを剥ぎ取って松田に投げつけた。代わりに、侑の羽織っていた学ランが上から降ってくる。ぽかんとしていると、松田含む男の子たちもぽかんとした顔をして、それから声を合わせて「「「すっ、すみませんでしたぁ!!」」」と叫んだ。

「次乳見たらほんま目潰すからな!?」

 そう叫んだ侑に手を握られて、控えテントへと連行される私。えっと、今のはたぶん、私を助けるためについた嘘だろう。しかし、宮侑にそんな器用なことが出来るのだろうか。分からない。分からなさすぎる。繋がれたままの手は、互いに熱を持っていた。

「あ、あ、ありがと。それで、誰がアンタの彼女だって?」

「そ、それは! これからなる予定っちゅーか、そうなってほしいっちゅーか……」

 私の問いに、侑が下を向いて答える。その答えが予想外すぎて、私は可愛くない言い方で続けてしまった。だって、私と侑だよ!?

「ハァ!? 告白してんの!? 浮かれすぎ!」

「ちゃう! 体育祭終わったら苗字に告るって決めとったんや!」

「ちょ、声大きい! みんな見てるって!」

「見たらええ! 苗字のことが好きや! 好きなんや!」

「やだ、だから声大きいって!」

「わざとや! フられてもええ! 苗字のことが好きなんや!」

 侑がこんなに熱い男だとは思っていなかった。暑さと照れくささで倒れてしまいそうだ。なにこれ、私少女漫画のヒロインなのかな。

「今ここで返事聞かせてくれ!」

 今度は顔を上げて見つめられる。その視線から逃れることはもう出来ない。はぁ、もう。こんなのもっと好きになるに決まっている。

「す、す、すき……」

「なんや!? 聞こえへん!」

「私も好きー!」

 負けるもんか。こっちは副団長だぞ!

 形勢逆転。真っ赤になった侑の顔を見て、ふふんと笑ってみせた。

 あとから甘すぎる仕返しをされるなんて、この時はまだ知らない。

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体育祭の救護テントで救護してきた国見英にまんまと惚れる

 応援歌とともに、生徒たちの叫び声が聞こえてくる。この暑い中、よくもここまで熱くなれるものだ。こんな時は涼しい場所で休むのが正解。言い直そう。救護テントの簡易ベッドに座って、小さい扇風機回しながらサボっているのが正解。そういうもんでしょ?
「苗字?」
 げ、誰か来た。今私は、体調不良で休んでいることになっている。そんな嘘を養護教諭は見抜いているようで、私にひとつの任務を命じてきやがった。誰か来たら手当てしてあげてね、と。
 だから誰も来ないことを祈っていたのだけど、どうやら思っていたよりもこの場所は忙しいらしい。しかし、テントの中に入ってきた人物を見て、私はホッとした。たぶん彼はサボり仲間だからだ。
「なんだ、国見か」
「先生は?」
「怪我人出たとかで、保健係と一緒に行った。苗字さんヨロシク、とか係でもないのに頼まれたんだけど」
 私がそこまで言うと、国見は「何それ、笑える」と小さく笑って、パイプ椅子に腰掛けた。気だるそうにグラウンドを見つめる国見の、長い睫毛が頬に影をおとす。睫毛長いな、こいつ。羨ましい。
「国見もサボリ?」
「休んでるだけ」
「そういうのサボリっていうんだよ。ま、国見もやる気なさそうだもんね」
「こんな暑さで動いてたら体力持たないでしょ」
「体力残すつもりなんだ」
 今度は私が「何それ、笑える」と続ける。国見の座ったパイプ椅子が、ギシリと音を立ててこちらを向いた。目と目が合う。こいつ、イケメンなんだよなぁ。
「……及川さんが」
「?」
「部活対抗リレーよろしくって言うから」
 え、走るつもりだったの? こんなにやる気なさそうなのに? 応援もせずに、救護室にサボりに来てる国見が? リレー? 何それ、本当笑える。
「……へぇ! へぇ〜! 真面目〜!」
 けたけたと笑うことしか出来ないサボり女に背を向けて、国見は何やら段ボールを漁りはじめた。先生しか触らないその箱の中から、何かが取り出される。次の瞬間、青色のパウチドリンクが宙を舞った。そしてそれはコンマ数秒ののち、私の膝の上にぽすりと着地する。
「わ」
 BGMとして流れているのは、スポーツドリンクのCMソングだ。「……あげる」とひと言つぶやいた国見は、席を立ってハチマキを巻き直している。
 え? 何これ? 救護用のスポドリゼリー? くれたの? 私に?
「へ!? ……なんで」
「クラスリレー、速かったじゃん」
「見てたの!?」
「本当はきついんでしょ。頑張りすぎ。それ飲んで寝て」
「……あ、ありがと」
「じゃ」
 何で分かったのだろう。先程のクラスリレーで全力出しすぎてバテたなんて、私のキャラじゃ言い出せるはずもないのに。見てくれていた人がいる。そう思うと、胸の奥がなんだかこそばゆい。
 青いパウチドリンクの蓋を開けて、ちゅーちゅーとそれを吸い込む。なんだか甘くてすっぱくて、夏の終わりの味がした。
『次は部活対抗リレーです』
 届いた放送の声に顔を上げると、アンカーの印がついた国見の姿がみえた。さっきまでここにいたのだから、急いで集合したのだろう。
 あいつ、もしかして私を心配して来てくれた? わざわざ? なんで?
 ピストル音が鳴り響き、選手たちが走り始める。三位でアンカーに渡ったバレー部のバトンが、ぐんぐんと他の部を追い越していった。
 はっや……!
 一位で切られたゴールテープ。国見の手で作られたVサインが、真っ直ぐ救護テントへと向けられる。
 かっこ良……!
 ばーか。こんなの、惚れるに決まってるじゃん。

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文化祭で無理矢理バンドの助っ人に呼んだ月島蛍にまんまと惚れる

「月島くん、音楽好きなの!?」
 ぼんやりと窓の外を見つめる月島くんの視界を遮るように、窓際にまわり込む。続けてドン! と彼の机に手をついて、私は叫んだ。
「は?」
 眉間に皺を寄せながら、月島くんは片方だけイヤホンを外した。ジャカジャカと聞こえてくるのは、私たちが今度文化祭で演奏する予定の曲だ。
 ビンゴ! 絶対こっち系好きだと思ってたんだよね!
「音楽、好きだよね!?」
「……」
「私たち今度文化祭でバンド演奏するんだけど! あ、私ギターね!」
 無言の月島くんに怯んではいけない。なぜなら、あとひとりバンドのメンバーを集めなければならないのだから。まさかここに来て、仲間のひとりが手を怪我してしまうだなんて私も想定外だった。ドン引きしているであろう月島くんに向けて、圧を放ちながら問いかける。
「……ベースとか、弾けないよね〜?」
「……僕部活忙しいから」
 ですよね〜! ですよね〜! でもこれで怯んではいけない! なぜなら……以下省略。
「だよね! でもさ、ほら! やるのこれとこれなんだけど、元がベースボーカルだからコード進行簡単だし! ボーカルは他にちゃんといるし! それに女子は私だけだから安心して!?」
「……」
「あ、なんなら歌う?」
「絶っ対無理」
 音楽を聴くことを放棄した月島くんが、イヤホンをケースにしまい込む。眉間には皺が寄ったままだ。彼が楽器を弾けるのか分からないけれど、こりゃ無理だな。さて、他に誰かベースが弾ける人はいるのだろうか。考え込む私の元に、月島くんの声が届く。
「それで? その二曲だけでいいの?」
「え!?」
「練習とか基本行けないから」
 ンンンンン!? ンンンンン!? いま、なんて!?
「えっ!? 弾いてくれるの!?」
「そっちが頼んできたんでしょ」
「ありがとう! これ練習スケジュールだから! 空いてる時に来て!」
 鳴り響いたチャイムと同時に、彼に手を振って席へと戻る。月島くん、ベース弾けたんだな。我ながらいい人選だ。目立つの苦手そうだし、絶対断られると思ったんだけど。あとは練習するのみだ!
 そうして仲間をゲットした私は、ギターの練習に励むのだった。

 言葉通り、彼はほとんど練習に来られず、ようやく顔を見せたのは文化祭が近づいた休日の午後だった。どうやら部活が終わったあとに顔を出してくれたらしい。スポーツバッグと楽器を同時に抱える高身長の男。彼がスタジオに入ってくると、仲間の男の子たちはその圧に驚いて怯んでいた。
「あいつ楽器弾けんの? お前同中だろ?」
「知らねえけど、苗字が呼んだんだから大丈夫だろ」
 え? 中学でバンドとか組んでたんじゃないの? そういえば、私は彼の演奏を聞いたことがない。ちょっとだけ心配になったのも束の間、月島くんの演奏を聞いた瞬間、脳に電流が走った。
 うっま!!
 え、何これカッコイイんですけど!? バレーボールも強くて楽器も弾けるだなんて何者なんだ月島蛍!
「月島くん、上手いね! 昔から弾いてたの?」
 なんて質問したら無視されたのだけど。
 ……これ、もしや爆モテしちゃうんじゃないだろうか!? 誰も月島蛍がベース弾けるとか思ってないでしょう!? いや、月島くん背高いしイケメンだし、既にモテている方だとは思うけども! 絶対爆モテするでしょう!
 そう考えると、なんだかモヤモヤしてきてしょうがない。いや! これだと私が月島くんのこと好きみたいじゃん!? 無い無い絶対ない! 私は優しくて大らかな人がタイプだし! 助っ人とはいえメンバーに惚れるとか無い無い! 余計なこと考えないで練習しよう!
 そうして私は練習に励むこととなった。まさか、文化祭当日にまんまと彼に惚れてしまうとは知らずに。

 重低音が鳴り響く。演奏が終わったあとのステージ裏、次のバンドが奏でるいびつな音をBGMに、私と月島くんはふたり並んで座っていた。な、な、なんでふたりきりなんだろう。そもそも仲間の二人が、他のバンドを見るために観客席へと出ていったせいだ。
「月島くんは、見に行かないの?」
「下手くそな歌に興味ない」
「わぁ、言うねぇ! 同感だけど」
 ライブは大成功に終わった。
 結果として、月島蛍は爆モテしたであろう、たぶん。私は演奏に夢中になっていたので詳しくは聞こえなかったけど、届いてきたギャー! とかキャー! とかいう悲鳴は彼に向けられたものだろう。
「じゃ、ちょっと休憩しよっか。私さっきチュロス買ってきたんだ」
「なんで四本も……」
「おいしそうじゃん? はい、二本あげる」
 隣のクラスの男子生徒が歌う、音程のズレたラブソングが鼓膜に届く。その下手くそな音楽ですら心にすっと着地してくるくらい、高揚感に包まれている自分がここにいた。それはきっと、月島くんと一緒に演奏出来たからなのかもしれない。ギターとベースの音が重なる瞬間、目と目が合ったあのコンマ数秒間が頭にこびりついて離れない。
「月島くん、中学でバンド組んでたんじゃなかったの? もしかして他校生とか上級生と組んでた?」
 私の質問に月島くんは答えない。質問とは関係のない、「これからダサいこと言うから」という声が聞こえて、私は耳をすませた。ダサいことって何だろう。月島くんとダサいが結びつかなさすぎて、想像ができない。しかし、続けて届いたのは本当に予想外のひと言だった。
「本当はベース弾けないから」
「え!? 弾けてたよ!?」
「バンドも組んだことないしただの音楽好きなだけ。兄がベースかじってたから教えてって頼んでめちゃくちゃ練習した」
「え!? え!? 本当に!?」
「毎日練習したし練習本も買ったし動画も見たし、兄に頼み込んでスタジオにも連れてってもらった」
「……」
 予想外すぎる言葉に、驚いた口が塞がらない。私が上手いと思った彼の演奏は、短期間で練習しまくって得たものだったってこと!? なんで!? なんでそこまでして!?
「月島くんこんな喋るんだね!? な、な、なんで引き受けてくれたの!?」
 質問攻めしたいけれど、それだけ伝えるのが精一杯だった。そこまでして引き受けてくれた理由が、全く想像できない。戸惑っていると、月島くんは誰にも見せないような柔らかい顔でふっと笑って、口を開いた。
「……他の男がきみと一緒に演奏するなんてムカつくから」
「……それってどういう」
「そういう意味でしかないでしょ」
 いびつなギターの走りがきこえる。下手くそなラブソングですら今は愛しくてしょうがない。これってもう告白だよね、なんて伝える前に手をぎゅっと握られた。こんなの、好きになるに決まってる。
 初恋は、シュガーのたっぷりかけられたチュロスの味がした。

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文化祭で私の書いた文芸部誌(謎ユメショ)を赤葦京治が持ち帰ってた

「これ書いたの苗字さんですよね」
 その言葉を聞いた瞬間、耳を疑った。苗字さんですよね、の後ろに疑問符がくっついていない。つまり、確定事項として投げかけられているということだ。
「これ書いたの苗字さんですよね」
 目の前に立っている赤葦くんが、もう一度そう口にする。私の視線は定まらない。目を合わせることが出来ずに、しっかりと締められた彼の制服のネクタイを見つめた。
「これ書いたの苗字さん……」
「ハイそうですぅうぅ!」
 三回目の言葉を遮るように大声で答えた。周りにいる人たちの視線が、一気にこちらに集まるのを感じる。
「赤葦くん、ちょっとこちらに……」
 目立つことが苦手な超絶陰キャな私は、赤葦くんの袖を掴んで校舎の陰に隠れた。文化祭の華やかな雰囲気と、人々の騒ぐ声、焼きそばの匂い。そんなザ・陽キャイベントの会場の隅っこで、私は赤葦くんを見上げた。
 うぅ、かっこいい。やはり目を見ることが出来ない。
「それをどこで手にしたのでしょうか?」
 赤葦くんの手元にあるのは、『文芸部誌』と書かれた一冊のコピー本だった。発行日は本日。目次に続いて最初に掲載されているのは、部長の私が書いた小説だった。
「配布コーナーに置いてありました」
「なぜそれを手に取ろうと!?」
「小説読むの好きなので」
「……読んだ?」
「ハイ、まだ最初の作品だけですが」
 やべええええええぇ! やべぇええええええ!
 ちょ、待って! 待って! それだけは読まれちゃいけないんですよ!
 部員たちの書いたザ・オタクな冒険小説だとか(面白いけど)、ザ・オタクなポエムだとか(面白いけど)、他の作品はいいんですよ! 私の作品だけは彼に読まれちゃいけないんですよ! だったらなんで載せたんだって!? そりゃ、赤葦京治が読むことを想定していなかったからですよ!?
「どうかしましたか?」
「イエ、ちょっと動悸息切れが……」
「? 大丈夫ですか?」
 大丈夫じゃねええええぇ! 大丈夫なはずがないんですよ! なんでかって!?
 それは、私が赤葦京治のことが大好きすぎて、彼と私をモデルにした妄想100%の恋愛小説、いや、もはや夢小説を書いてしまったからなんですよ!
 やんばぁぁあ! 本人に読まれた! しかも書いたの私だって特定された! むり! 逃げたい!
「あの、感動しました!」
「は!?」
「目立たない女性が強豪校のバレー部員と近づいていく様が、自分の環境と似ていて! それに、5w1hが絶妙に組み立てられていますし、何より女性の心理描写がリアルです!」
「はぁ……」
「名前も俺と同じケイジですし。主人公の名前が空欄なのが気になりましたが、何か意味があるのでしょうか? とても良かったです。特に最初の一文でグッと心を掴まれました! この五行目のセリフ回しも……」
 褒められたぁぁあ!?
 えっ何その細かい感想! 編集者ですか!? 頭良い人は目のつけどころ違うわ。私なんかいつも読んでる二次創作サイトで、尊いです! とかしか言えないっていうのに。
 っていうか、自分の環境と似ているに決まってるよ! 私とあなたがモデルなんだから! 心理描写リアルに決まってるよ! 私の気持ち(と願望)そのまんまなんだから!
「あはは、ありがとう。赤葦くん編集者になれると思うよ」
「実はその道に興味があります」
「そうなの!?」
「とにかく感動を伝えたくて。直接伝えられて良かったです。部の功績が認められるのは、文化部も同じだと思いますから」
「わ、わざわざありがとう! では私はこれで!」
 どうか気づかないでくれ! 私ときみがモデルだということに気づかないでくれ! もうむり! 逃げる!!!!
「ちょっと待って下さい!」
 文化祭の華やかな雰囲気と、人々の騒ぐ声、焼きそばの匂い。そんなザ・陽キャイベントの会場の隅っこで、赤葦くんが私の腕を掴んでいる。
 ンンンンン!? ンンンンン!?
 赤葦京治に腕を掴まれている!?
 何これ! どこのユメショですか!?
「勘違いだったらすみません」
「な、な、何が!?」
「これ、俺と苗字さんですよね?」
「……」
「これ、俺と苗字さんですよね?」
 苗字さんですよね、の後ろに疑問符がくっついている。つまり、確定事項として投げかけられていないということだ。逃げられる! なぜだかそう確信して、私はごまかすことを貫こうと決めた。
「ナンノコトデスカ」
「苗字さんはうしろめたい時敬語になりますね」
「やだぁ、赤葦くんそんな私のこと知らないでしょ!?」
「知ってますよ!」
「うそうそ! 私陰キャだし!」
「苗字さんのこと好きだから何でも分かりますよ!」
「は……」
「これ、俺と苗字さんですよね」
 今度は疑問符がくっついていない。赤葦くんの目は試合の時のような本気モードで、逃げる私の視線を掴んで離さない。ギブアップ。私の負け。
 って、もしかして好きって言われた!?
「……ハイ、これは私と赤葦くんの夢小説デス」
「夢……? それはよく分かりませんが、苗字さんも俺のこと好きってことでいいですか?」
「ハイ」
「じゃ、今日から俺の彼女ってことでいいですよね?」
「ハイ……、って、ええ!? ええええ!?」
 文芸部誌を持つのと反対側の手で、私の手をぎゅっと握ってくる赤葦くん。なんか知らんけど、赤葦京治の彼女になった。なんか知らんけど。ユメショでもこんな展開ないでしょ、本当。
「夢小説でもこんな展開ないでしょ、って思いましたか?」
「何で分かるの!? って、ユメショ知ってんじゃん!」
「期待には応えますから、一緒に文化祭回りましょう?」
 ユメショ以上の展開が起きてしまったのですが、これは何かのフラグでしょうか!? うん、いいな。今度のタイトルこれにしよう。そんなことを考えながら、初彼氏の手を握り返す。じんわりと湿った手のひらから伝わるのは、本物の赤葦京治の温もりだった。

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文化祭でシンクロ披露してる木兎光太郎を見に行ったらまんまと惚れた

 梟谷学園の文化祭に来てくれと誘われた。誘われたといっても、一緒に回ってほしいとかそういうんじゃない。
『プールでなんかやる! 見にきてくれ!』
 送られてきたのは、彼からの一方的すぎるメッセージだった。ハイともイイエともいう暇もなく、続けて『何時から!』『俺いちばん真ん中!』『名前が来るの楽しみにしてる!』と連投されたのち、文章と何の関係もない謎のスタンプが投下され、会話は終了した。私、行くって言ってないんだけどな。
 光太郎とは、同じ梟谷学園グループの合同合宿で知り合った。何かの流れで連絡先を交換し、時々こうしてメッセージでやりとりしている。まぁ、友達? みたいな感じなのだろう。
 学祭と聞いて、いやな気はしなかった。出向いたら梟谷マネちゃんたちに会えるかもしれないし、出店なんかも楽しそうだし、行ってみるのもいいかもしれない。
 そんなこんなで行くことに決め、友人ひとりをつれて、私は今ここ梟谷学園にいる。友人にひとしきり事情を説明すると、彼女は「へぇ、それだけのためにわざわざ見に来たの?」とニヤニヤしながら私を見た。まるで、何かを揶揄うかのように。
「だって来ないと絶対拗ねるし。後から面倒じゃん」
「ふーん。そう言って名前、その男の子に気があるんじゃないの!?」
「はぁ!? 無い無い!」
 頭にまったくその考えがなかったわけじゃない。バレーボールをしている時はカッコイイし、面白いし、優しいところもある。拗ねたりしょぼくれたり、ひねくれたりすることもあるけど、それもなんだかんだで可愛いなぁなんて思う。何より、彼と話していると元気を貰えるのだ。
 だからといって、イコール私が木兎光太郎を好き、にはならない。だって、あの光太郎だし。それに、向こうにもそんな気は一ミリもないと思う。
「でもこうして、わざわざ見に来たんじゃん〜」
「だから行かないと拗ねるんだって〜」
 そんなこんなで友人と喋りながら出店を回っていると、見慣れた人物と目が合った。首から『実行委員』のプレートが下げられ、何やら書類のよなものを抱えている人物。赤葦くんだ。
「あれ? 音駒のマネさん」
「赤葦くん!」
「もしかして……、木兎さんに呼ばれましたか?」
「まぁ、そんなところ。赤葦くんも出るの? プールであるなんとか、っての」
「いえ? 俺は実行委員なので」
「えっ!? そうなの!?」
 ええぇ……。赤葦くんが隣にいない光太郎とか心配すぎるんだけど、大丈夫なのかな!?
 なんだか心配になってきて、心がざわつきはじめる。まぁ、光太郎だって一年生だった時期があるわけだし、その時は赤葦くんいなかったわけだし。そもそも学年違うし。赤葦京治が隣にいないからって……。大丈夫……、よね!?
 そんな思考を巡らせている私を、不思議そうに見つめる赤葦くん。そんな私たちの間に割って入るように、誰かが「赤葦、彼女ー?」と叫んだのが聞こえた。違います! と答える暇もなく、赤葦くんが「いえ、木兎さんの……」と答える。
 ん? ンンンンン!?
「なんだ、木兎さんの彼女か! よく話してる……」
!? よく話してる!? 何のこと!?
「では、俺は委員の仕事があるのでこれで」
「あ、うん! じゃーね」
 なんだか光太郎の彼女です、みたいなこと言われた気がするんだけど、気のせいだと思うことにしよう。彼女とは言っていないし。友人は友人で、去っていった赤葦くんをぼーっと見つめている。
 屋台でも回ろうかと声をかけ、友人を現実世界に連れ戻したところで、「マネちゃん!」と誰かに声をかけられた。振り返るとそこにいたのは、梟谷のマネちゃん二人。手を振る雀田ちゃんと、両手いっぱいに食べ物を抱えた白福ちゃんの姿がそこにあった。
「白福ちゃん! 雀田ちゃん!」
「もしかして木兎に呼ばれてきた?」
 なんてニヤニヤしている雀田ちゃんに、「そう、なんだけど……」と返す。チュロスをガジガジと齧っている白福ちゃんにまで、「赤葦いなくても大丈夫だね〜」なんて言われてしまった。
 ンンンンン!? 私は木兎光太郎の何なんでしょうか!
 二人に手を振って、光太郎が出演する『プールでやるなんとか』を見るために移動する。プールで何するのか知らないんだけど。あの光太郎が赤葦くん無しで何かを披露する。そう思うと、私の方が緊張してきた。「ねぇさっきのなんとか葦くんってさ、彼女とかいるのかな!?」なんて聞いてくる友達の言葉に、まともに取り合う余裕はもうなかった。
 『有志男子によるシンクロナイズドスイミングショー』
 プールのフェンスに貼り付けられたポスターを見て、なるほど、光太郎が言っていたのはこれのことかと把握する。観覧席の最前列に座ったところで、プールサイドから手を振る木兎光太郎と目が合った。「名前ー!」と叫びながら、ぶんぶん手を振っている。ひぇえ、目立つ!
「木兎の彼女だ!」「噂の子か!」「へぇ、本当にいたんだ!」
 周りからそんな声が飛んできて、パニクる私。噂の子!? ねぇ光太郎、私のことなんて話してるの!?
「アンタ、彼女認定されてるよ! ウケる!」
 さっきまで赤葦くん赤葦くんと騒いでいた友人は、お腹を抱えて爆笑している。彼女認定! なんだそれは!
 なんだかみんなに見られているし、騒がれてるし、今すぐ逃げ出したくてしょうがない。けれども私には、木兎光太郎を見張っておくという使命があるのだ。そうしないと拗ねるし、赤葦くんいないし。まぁどうせ、目立ちたいだけでしょ。
 やれやれ。しょうがないから見てやるか。なんて、そんな軽い気持ちでいた。光太郎の演技を見るまでは。
 開始時刻と同時に、ピーッと鳴った笛の音。音楽が始まり、男子生徒たちが一斉に水中に飛び込む。曲に合わせて魚のように動く生徒たちの中で、一際目立っているその人物。円の中央にいるのは、私の知らない木兎光太郎だった。
 な、な、何コレ!? めっちゃくちゃカッコイイんですけど!?
 いやほら、バレーボールしている時カッコイイのは知ってるのよ。でもさ、しょぼくれモードとか知ってるわけじゃん。そんでもって赤葦くんが隣にいるわけじゃん。赤葦くんが隣にいないのに本気モードのカッコイイ木兎光太郎なんて見る機会なかったわけじゃん。
 ンンンンン!? 何だコレ!
 あっという間に演技が終わり、パチパチと拍手が巻き起こる。終わったというのに、男子生徒に肩車されてその上に立つ木兎光太郎。彼はこちらに向けてぶんぶん手を振ると、「名前ー! 見ててくれた!?」と叫んだ。どっと笑いが起こる。ちょ、まじでやめてくれ!
『おや木兎くん、彼女さんが見てくれたのが余程嬉しかったようですね!』
 放送委員らしき人が、マイク越しにそう話してまたどっと笑いが起こる。彼女じゃないです! そう叫びそうになったその時、光太郎の声が響いた。
「いや! 名前は彼女じゃない!」
 えっ!? そうなの!? なぜかそう思ってしまった私と、同じ反応をする周囲。じゃあ木兎の彼女認定されてたあの状況は何だったんだ。どうしてだか、寂しい気持ちになってしまいそうになる。けれどもそんなものは一瞬で、次の瞬間には木兎光太郎によってまた陽の元へと連れ出されていた。
「名前はこれから彼女になる予定!」
 そう叫ぶ声が届くと同時に、ワー! とあがった歓声がうるさい。ツッコむ暇もなく、続けて光太郎の声がまた響く。
「名前ー! 好きだー! 俺の彼女になって!」
 塩素のにおいと秋晴れの空。その下に広がるプールの真ん中で、目立つ男が世界一目立つ告白をしている。しかも、私に向けて。
「返事は!?」
 なんなんだ、この状況。
 こんなのもう、ハイって言う以外に選択肢がない。
 惚れるわ。

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文化祭で解釈違いな口説き方をしてくる牛島若利にまんまと惚れる

 白鳥沢の学園祭は規模が大きい。高校の文化祭としては、県内ナンバーワンの盛り上がりっぷりだと思う。けれども今、教室の中は静寂に包まれていた。
 午後一時から始まる、有名人のトークショー。みんなそれに行ってしまったのか、誰もここに来る気配がない。私は暗闇の中でひとり、いや……、硬派(?)なクラスメイトの牛島くんとふたり、棒立ちになっていた。全身に包帯を巻いた牛島若利、そして血のりだらけで牙(偽物)を剥き出した私。そう、ここはうちのクラスの出し物、お化け屋敷の中である。
 聞こえるのは不気味なBGMの音だけで、隣に立つこの大男は終始無言だ。はぁ、本当にイケメンなんだけどなぁ。ミイラ男になってもイケメン。しかし、こうも黙ったままだとなんだか気まずくてしょうがない。これが他の男子だったら、お喋りして楽しく過ごしただろうに。時計の針が進むのが、いつもより更に遅く感じる。全国に名を轟かせるバレーボール部員、牛島くんの声が聞こえたのはその時だった。
「このあと、瀬見のバンドを一緒に見に行かないか?」
 え? 今なんて言った?
 もしかして今私、あの牛島若利に誘われた!? なんで!? なんでええええぇ!?
「どうもロックンロールというものがよく分からない」
 うううん!? 話の筋が読めない。私を誘ってきたことと、ロックが分からないことに何の関係性があるのだろう。もしかしてこの人、ちょっと天然?
「じゃあ見に行かなきゃいいんじゃないの?」
「瀬見は大事なチームメイトだ。練習を頑張っていたのも知っている。見届けるべきだろう」
「友達想いなんだね、牛島くんは。でもさ。そういうのは部活仲間と一緒に行きなよ」
 いくらイケメンだからって、牛島くんと一緒にいたんじゃ目立ちすぎてしまう。それに、正直会話を保てる自信がない。遠回しに断ると、牛島くんは「苗字じゃないとだめだ!」と大きな声をあげた。この人、こんな声出せるんだ。
 って、だからなんで私!?
「……他の仲間は、その、恋人と回るそうだ」
 恋人。彼女、じゃなくて恋人呼び! 解釈一致すぎる! って本題本題!
「あっ、なるほど! でも私じゃなくても他に誰かいるんじゃない!? 男子とか」
「好きな女子と回りたいと思うのはおかしいことだろうか?」
 へぇ、この人女子って言い方するんだ。女子生徒、とか女子学生とか言いそうなのに。……待って!? 今なんて言った!?
「好……!?」
「俺も普通の男子高校生だ。仲間たちのように、好いた女子と共に過ごしたい。だめだろうか?」
「待って、牛島くん私のこと好きなの!?」
「ああ、苗字のことが好きだ」
「待って! 待って待って待って!」
 窓を覆った遮光カーテン、足元を僅かに照らすだけの照明、ゆるやかに流れるホラーBGM。その奇妙な光景ですら、ほのかにピンク色に染まって見える。包帯の隙間から覗く牛島くんの頬が、ほのかに色づいてみえるのは気のせいだろうか。照明、青色なのに。
「その衣装も、よく似合っている」
「ええ!? 血のりだらけで牙つけてるのに!? ちょっと待って、せめてこの牙外させて! なんか恥ずかしくなってきた!」
「可愛いと思うが」
「ンンンンン!? ちょっと頭が混乱してる!」
 ちょっと待って! ちょっと待って!
 私の中の牛島若利は好きな女子と文化祭回りたいなんて言わないし、可愛いとか似合ってるとか言わないし、恋愛に興味ないし、奇跡が起きて恋愛ルートに進んでも天童覚がいないと進まないパターンしか存在しないし、そもそも私の存在すら知らないはずなんだけど!? その牛島若利が!? 私を!? 好き!?
「俺の恋人になってくれるだろうか?」
 待って待って待って待ってー!
 ぐぅ。
 まさかの言葉を返す前に響いたのは私のお腹の音。そういえば休憩なしでドラキュラ役をしていたから、お昼ご飯を食べていない。
「まずは腹ごしらえが必要だな」
「ほんっと無理! 恥ずかしすぎる! 牛島くん! 引き返すなら今のうちだよ!?」
「お腹が減るのは自然の摂理だと思うが? じきに休憩だ。屋台を回ろう。たこ焼きは好きだろうか? チケットを持っている」
「たこ焼きは好きだけど! ンンンン!?」
「……それに、俺はもう引き返せないところまで来ている」
 キュウウウウン。え、何これ。ときめかないわけがないんですけど!
「行くのか行かないのか?」
「……行く」
「告白の返事はどうだろうか」
「よろしくオネガイシマス……」
 あー、もう。こんな牛島若利解釈違いすぎるけど、アリすぎのアリだった。こんなの。
 惚れるに決まってる。

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