白鳥沢の学園祭は規模が大きい。高校の文化祭としては、県内ナンバーワンの盛り上がりっぷりだと思う。けれども今、教室の中は静寂に包まれていた。
午後一時から始まる、有名人のトークショー。みんなそれに行ってしまったのか、誰もここに来る気配がない。私は暗闇の中でひとり、いや……、硬派(?)なクラスメイトの牛島くんとふたり、棒立ちになっていた。全身に包帯を巻いた牛島若利、そして血のりだらけで牙(偽物)を剥き出した私。そう、ここはうちのクラスの出し物、お化け屋敷の中である。
聞こえるのは不気味なBGMの音だけで、隣に立つこの大男は終始無言だ。はぁ、本当にイケメンなんだけどなぁ。ミイラ男になってもイケメン。しかし、こうも黙ったままだとなんだか気まずくてしょうがない。これが他の男子だったら、お喋りして楽しく過ごしただろうに。時計の針が進むのが、いつもより更に遅く感じる。全国に名を轟かせるバレーボール部員、牛島くんの声が聞こえたのはその時だった。
「このあと、瀬見のバンドを一緒に見に行かないか?」
え? 今なんて言った?
もしかして今私、あの牛島若利に誘われた!? なんで!? なんでええええぇ!?
「どうもロックンロールというものがよく分からない」
うううん!? 話の筋が読めない。私を誘ってきたことと、ロックが分からないことに何の関係性があるのだろう。もしかしてこの人、ちょっと天然?
「じゃあ見に行かなきゃいいんじゃないの?」
「瀬見は大事なチームメイトだ。練習を頑張っていたのも知っている。見届けるべきだろう」
「友達想いなんだね、牛島くんは。でもさ。そういうのは部活仲間と一緒に行きなよ」
いくらイケメンだからって、牛島くんと一緒にいたんじゃ目立ちすぎてしまう。それに、正直会話を保てる自信がない。遠回しに断ると、牛島くんは「苗字じゃないとだめだ!」と大きな声をあげた。この人、こんな声出せるんだ。
って、だからなんで私!?
「……他の仲間は、その、恋人と回るそうだ」
恋人。彼女、じゃなくて恋人呼び! 解釈一致すぎる! って本題本題!
「あっ、なるほど! でも私じゃなくても他に誰かいるんじゃない!? 男子とか」
「好きな女子と回りたいと思うのはおかしいことだろうか?」
へぇ、この人女子って言い方するんだ。女子生徒、とか女子学生とか言いそうなのに。……待って!? 今なんて言った!?
「好……!?」
「俺も普通の男子高校生だ。仲間たちのように、好いた女子と共に過ごしたい。だめだろうか?」
「待って、牛島くん私のこと好きなの!?」
「ああ、苗字のことが好きだ」
「待って! 待って待って待って!」
窓を覆った遮光カーテン、足元を僅かに照らすだけの照明、ゆるやかに流れるホラーBGM。その奇妙な光景ですら、ほのかにピンク色に染まって見える。包帯の隙間から覗く牛島くんの頬が、ほのかに色づいてみえるのは気のせいだろうか。照明、青色なのに。
「その衣装も、よく似合っている」
「ええ!? 血のりだらけで牙つけてるのに!? ちょっと待って、せめてこの牙外させて! なんか恥ずかしくなってきた!」
「可愛いと思うが」
「ンンンンン!? ちょっと頭が混乱してる!」
ちょっと待って! ちょっと待って!
私の中の牛島若利は好きな女子と文化祭回りたいなんて言わないし、可愛いとか似合ってるとか言わないし、恋愛に興味ないし、奇跡が起きて恋愛ルートに進んでも天童覚がいないと進まないパターンしか存在しないし、そもそも私の存在すら知らないはずなんだけど!? その牛島若利が!? 私を!? 好き!?
「俺の恋人になってくれるだろうか?」
待って待って待って待ってー!
ぐぅ。
まさかの言葉を返す前に響いたのは私のお腹の音。そういえば休憩なしでドラキュラ役をしていたから、お昼ご飯を食べていない。
「まずは腹ごしらえが必要だな」
「ほんっと無理! 恥ずかしすぎる! 牛島くん! 引き返すなら今のうちだよ!?」
「お腹が減るのは自然の摂理だと思うが? じきに休憩だ。屋台を回ろう。たこ焼きは好きだろうか? チケットを持っている」
「たこ焼きは好きだけど! ンンンン!?」
「……それに、俺はもう引き返せないところまで来ている」
キュウウウウン。え、何これ。ときめかないわけがないんですけど!
「行くのか行かないのか?」
「……行く」
「告白の返事はどうだろうか」
「よろしくオネガイシマス……」
あー、もう。こんな牛島若利解釈違いすぎるけど、アリすぎのアリだった。こんなの。
惚れるに決まってる。
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2023.9