文化祭で無理矢理バンドの助っ人に呼んだ月島蛍にまんまと惚れる

「月島くん、音楽好きなの!?」
 ぼんやりと窓の外を見つめる月島くんの視界を遮るように、窓際にまわり込む。続けてドン! と彼の机に手をついて、私は叫んだ。
「は?」
 眉間に皺を寄せながら、月島くんは片方だけイヤホンを外した。ジャカジャカと聞こえてくるのは、私たちが今度文化祭で演奏する予定の曲だ。
 ビンゴ! 絶対こっち系好きだと思ってたんだよね!
「音楽、好きだよね!?」
「……」
「私たち今度文化祭でバンド演奏するんだけど! あ、私ギターね!」
 無言の月島くんに怯んではいけない。なぜなら、あとひとりバンドのメンバーを集めなければならないのだから。まさかここに来て、仲間のひとりが手を怪我してしまうだなんて私も想定外だった。ドン引きしているであろう月島くんに向けて、圧を放ちながら問いかける。
「……ベースとか、弾けないよね〜?」
「……僕部活忙しいから」
 ですよね〜! ですよね〜! でもこれで怯んではいけない! なぜなら……以下省略。
「だよね! でもさ、ほら! やるのこれとこれなんだけど、元がベースボーカルだからコード進行簡単だし! ボーカルは他にちゃんといるし! それに女子は私だけだから安心して!?」
「……」
「あ、なんなら歌う?」
「絶っ対無理」
 音楽を聴くことを放棄した月島くんが、イヤホンをケースにしまい込む。眉間には皺が寄ったままだ。彼が楽器を弾けるのか分からないけれど、こりゃ無理だな。さて、他に誰かベースが弾ける人はいるのだろうか。考え込む私の元に、月島くんの声が届く。
「それで? その二曲だけでいいの?」
「え!?」
「練習とか基本行けないから」
 ンンンンン!? ンンンンン!? いま、なんて!?
「えっ!? 弾いてくれるの!?」
「そっちが頼んできたんでしょ」
「ありがとう! これ練習スケジュールだから! 空いてる時に来て!」
 鳴り響いたチャイムと同時に、彼に手を振って席へと戻る。月島くん、ベース弾けたんだな。我ながらいい人選だ。目立つの苦手そうだし、絶対断られると思ったんだけど。あとは練習するのみだ!
 そうして仲間をゲットした私は、ギターの練習に励むのだった。

 言葉通り、彼はほとんど練習に来られず、ようやく顔を見せたのは文化祭が近づいた休日の午後だった。どうやら部活が終わったあとに顔を出してくれたらしい。スポーツバッグと楽器を同時に抱える高身長の男。彼がスタジオに入ってくると、仲間の男の子たちはその圧に驚いて怯んでいた。
「あいつ楽器弾けんの? お前同中だろ?」
「知らねえけど、苗字が呼んだんだから大丈夫だろ」
 え? 中学でバンドとか組んでたんじゃないの? そういえば、私は彼の演奏を聞いたことがない。ちょっとだけ心配になったのも束の間、月島くんの演奏を聞いた瞬間、脳に電流が走った。
 うっま!!
 え、何これカッコイイんですけど!? バレーボールも強くて楽器も弾けるだなんて何者なんだ月島蛍!
「月島くん、上手いね! 昔から弾いてたの?」
 なんて質問したら無視されたのだけど。
 ……これ、もしや爆モテしちゃうんじゃないだろうか!? 誰も月島蛍がベース弾けるとか思ってないでしょう!? いや、月島くん背高いしイケメンだし、既にモテている方だとは思うけども! 絶対爆モテするでしょう!
 そう考えると、なんだかモヤモヤしてきてしょうがない。いや! これだと私が月島くんのこと好きみたいじゃん!? 無い無い絶対ない! 私は優しくて大らかな人がタイプだし! 助っ人とはいえメンバーに惚れるとか無い無い! 余計なこと考えないで練習しよう!
 そうして私は練習に励むこととなった。まさか、文化祭当日にまんまと彼に惚れてしまうとは知らずに。

 重低音が鳴り響く。演奏が終わったあとのステージ裏、次のバンドが奏でるいびつな音をBGMに、私と月島くんはふたり並んで座っていた。な、な、なんでふたりきりなんだろう。そもそも仲間の二人が、他のバンドを見るために観客席へと出ていったせいだ。
「月島くんは、見に行かないの?」
「下手くそな歌に興味ない」
「わぁ、言うねぇ! 同感だけど」
 ライブは大成功に終わった。
 結果として、月島蛍は爆モテしたであろう、たぶん。私は演奏に夢中になっていたので詳しくは聞こえなかったけど、届いてきたギャー! とかキャー! とかいう悲鳴は彼に向けられたものだろう。
「じゃ、ちょっと休憩しよっか。私さっきチュロス買ってきたんだ」
「なんで四本も……」
「おいしそうじゃん? はい、二本あげる」
 隣のクラスの男子生徒が歌う、音程のズレたラブソングが鼓膜に届く。その下手くそな音楽ですら心にすっと着地してくるくらい、高揚感に包まれている自分がここにいた。それはきっと、月島くんと一緒に演奏出来たからなのかもしれない。ギターとベースの音が重なる瞬間、目と目が合ったあのコンマ数秒間が頭にこびりついて離れない。
「月島くん、中学でバンド組んでたんじゃなかったの? もしかして他校生とか上級生と組んでた?」
 私の質問に月島くんは答えない。質問とは関係のない、「これからダサいこと言うから」という声が聞こえて、私は耳をすませた。ダサいことって何だろう。月島くんとダサいが結びつかなさすぎて、想像ができない。しかし、続けて届いたのは本当に予想外のひと言だった。
「本当はベース弾けないから」
「え!? 弾けてたよ!?」
「バンドも組んだことないしただの音楽好きなだけ。兄がベースかじってたから教えてって頼んでめちゃくちゃ練習した」
「え!? え!? 本当に!?」
「毎日練習したし練習本も買ったし動画も見たし、兄に頼み込んでスタジオにも連れてってもらった」
「……」
 予想外すぎる言葉に、驚いた口が塞がらない。私が上手いと思った彼の演奏は、短期間で練習しまくって得たものだったってこと!? なんで!? なんでそこまでして!?
「月島くんこんな喋るんだね!? な、な、なんで引き受けてくれたの!?」
 質問攻めしたいけれど、それだけ伝えるのが精一杯だった。そこまでして引き受けてくれた理由が、全く想像できない。戸惑っていると、月島くんは誰にも見せないような柔らかい顔でふっと笑って、口を開いた。
「……他の男がきみと一緒に演奏するなんてムカつくから」
「……それってどういう」
「そういう意味でしかないでしょ」
 いびつなギターの走りがきこえる。下手くそなラブソングですら今は愛しくてしょうがない。これってもう告白だよね、なんて伝える前に手をぎゅっと握られた。こんなの、好きになるに決まってる。
 初恋は、シュガーのたっぷりかけられたチュロスの味がした。

back