「名前、お願いやからファッションショーに出てくれへん!?」
親友はそう叫ぶと、目の前で手を合わせて頭を下げた。硬く閉じられた親友のまぶたの裾からは、長い睫毛がぴょこんと伸びている。
ファッションショー。はて。それはこの美人な親友のような人のために用意されたものであり、自称ちょいぽちゃ(だと思う)の私からは縁遠いものではないだろうか。
「え!? 引き立て役必要って言われた!?」
「ちゃう! 名前は可愛えよ!」
せやけど、と続ける親友の、その表情がなんだか気まずそうなそれに変わる。『せやから』じゃなくて『せやけど』と続いたことで、ほーらデブ要員なんじゃんと勘づいてしまった。こういうことは慣れっこだ。まあ、この親友はそんな私を可愛い可愛いと褒めてくれるのだけど。
「なーに? 採寸間違えたとか?」
「お見事! ウチほんまアホやぁ! ぶっかぶかで入らへんねん! もう作り直す暇もあらへん!」
「ってことはこんな美人がショーに出なくて、私が出るってこと!?」
「いや、他にも小さい方に採寸間違えた子がおって……ウチ緑の妖精すんねん」
「ぶっは! 妖精は確かにほっそい子しか無理だね!」
あの緑の妖精の衣装を親友が着ると知って、からかいたい気持ちでいっぱいになる。それを押しのけるようにして浮かんできたのは、ひとつの疑問だった。
「……え、ちなみに私に頼むのって何の衣装?」
私の問いに対しての返事はない。親友は黙ったまま目を泳がせた。
「えっ何!? 水着とかじゃないよね!?」
「ちゃう! ちゃう! でもな、ほら、この歳でこれ着る機会なんかそうそうないで!?」
「だから何を!?」
「……ウェディングドレス」
……は。
ハァアァァアアアアアア!?
ちょっと待て! ちょーっと待ってくれ! ウェディングドレスってあれですよね!? 色白のほっそい子が着る、背中とか鎖骨とか丸見えのアレですよね!? え、私が着たらただの贅肉ドレスになるんだけど!?
「無理! 断る!」
「だってぽっちゃりで可愛え子名前以外におらへんのやもん」
「ぽっちゃり言ったな!?」
「言うたけど! 聞いてや! えらい特典付きやで!?」
「特典……!?」
サービス一品だとか、大盛り無料だとか、ぽっちゃり系女子は特典に弱い。口をつぐんだ私の耳元で、親友が小さく囁いた。
「宮治がエスコート役や」
マ……!? マジか……! この子、やりおる。
そう、宮治は学年一、いや学校一のモテ男。そして私の片想いの相手でもある。その片想い歴はなんと五年以上だ。宮治への片想い歴なら、学校中の誰よりも長いだろう。
「ジュニアバレーの頃から好きなんやろ?」
「その話は言わないで! 太ももが気になってバレー辞めたとか絶対知られたくないし!」
「可愛え理由やん? ほんで、出てくれるん?」
「……宮治で手を打とう」
「ほんま!? ありがとうな!」
宮治で手を打ったはいいけれど、私はウェディングドレスを着なければならない。けれども文化祭までの一週間、少しでも痩せようとあがくこともせず、いつも通りよく食べよく寝て過ごしたのだった。
◇
文化祭。それはあらゆる食べ物が並んでいる夢のような祭りだ。時刻は正午。本来ならば、今頃焼きそばやたこ焼きなんかを頬張っているはずだっただろう。けれども今、私は純白のドレスに身を包み、持参したおにぎりを頬張っている。
薄暗いステージの裏は、周りの子の華やかさをほどよくかき消してくれる。この頃には開き直っていたけれど、さすがに周りのきらびやかな様を見ると比較してしまう。私はおにぎりを齧りながら、脇の下のお肉をぷにぷにとつまんだ。
「エスコートする相手、苗字か。よろしく頼むわ」
完全に気を抜いていたところに、治くんの声が降ってきて体がビクンと跳ねる。座っていたパイプ椅子が、ギシリと怪しい音を立てた。
「おしゃむくん、よろひく」
もぐもぐとおにぎりを無理矢理口の中に放り込み、挨拶を交わす。すると治くんは、私の口元を指で拭って、残っていたらしい米粒をぺろりと舐めた。
なんだこれ!? ン!? ンンンンン!? 天然タラシですか!?
「苗字相変わらずよう食うなぁ。ジュニアバレーん頃から変わらへん」
「!? 覚えて!?」
「? 当たり前やん! 苗字のスパイクパワーあったし! なんで辞めたん?」
「そ、そ、それは……」
そこまで話したところで「出番だよ!」と呼ばれて、聞かれたくない辞めた理由は話さずに済んだ。治くん、覚えてたんだ。小学校卒業と同時に辞めたバレーボールだけど、中学に入っても何度か大会を見に行った。もちろん、治くんを見るために。応援していたのも見られてたかな? と思うと、体が爆発しそうになる。
「さ、行こか」
立ちあがろうとした私の手を、治くんがぎゅっと握る。勘違いしてはいけない。だって彼はこれから、私のエスコート役をするのだから。
はぁ。擬似でも宮治と結婚式挙げられるだなんて夢でも見ているのだろうか。まあ、可愛い子が相手だと妬かれちゃうし、私くらいがちょうどいいんだろうけど。
裏方の女の子が、私のドレスの裾を持つ。治くんの腕が私の腕に回って、ステージの上へと一歩踏み出した。キャー! だとか、ギャー! だとかの叫び声は、きっと彼のファンによるものだろう。なんや、ブスやん。そう聞こえた気がするけど想定内だ。治くんの眉間に皺が寄ったように見えたのは、気のせいだろう。
しかし、ステージの中央に立った数秒後、『気のせい』は確信へと変わることとなる。
ステージの向こうに、キャーキャー騒ぐ女子の集団が見える。そのそばで、ニヤニヤしながらこちらを見る男子の集団が目に入った。
「苗字、乳でかくね?」
「乳ってか贅肉やん? 俺無し!」
「えー? 俺はアリ! 乳デカいやん!」
「無しとか言うてガッツリ見とるやん」
「ヤれるか賭けようや」
「ちょっとー、男子〜!」
ン? んー……。苗字って、私のことだよね。バレーボールを辞めた理由はもうひとつある。発育のよかったこの体が、目立ってしまうのがイヤだったからだ。
やだな。早く舞台の裏に戻りたい。そう思ったその瞬間、大きな声が体育館に轟いた。
「おっまえらええかげんにせぇよ!?」
声の主は、時に立つ宮治その男だった。その表情はまさにガチギレ状態。ステージの下には、青ざめた顔へと変わっていく男子生徒たちがいる。
「人の女のどこ見とんのや!? アァ!? くらすぞこの万年発情期どもが!」
「え、宮の……、女?」
「そや! 苗字は俺の女や! もっぺん同じこと言うたら自分らのピーーちぎるで!?」
「「「すっ、すみませんでしたぁ!」」」
ギャー! と女子の悲鳴が響いて、体育館の中が騒音に包まれる。舞台の裏へと戻るために背中を向けた治くんに合わせて、私もうしろを向いた。去り際に、ステージの向こうを振り返り、べーっと舌を出してみせる治くん。今度はキャー! と違う悲鳴が湧いている。
騒音から逃げるようにして逃げたステージ裏は、やっぱり暗くて周りがよく見えなかった。
「ありがとう……。かばってくれて」
「あれ、俺の本音やから」
「!?」
「ジュニアバレーで初めて会うた時から、苗字のこと好きやった」
「え!? え!?」
「ほんまやで!? バレー辞めたの知って寂しかったし、見に来とるん気づいた時はほんま嬉しかった」
なにこれ。なにこれなにこれ。やはり私は、夢でも見ているのだろうか。こんな少女漫画すぎる展開に頭がついていかない。ぼけーっとしていると、口の端を指でなぞられた。
「な、俺と付き合うて?」
「……ハイ」
なんてこった、叶ってしまった。まだ現実が信じられずに、ペチペチと頬を叩いてしまう。そんな私を見て、「ほんま可愛えなぁ」と笑う治くん。
「本番が楽しみやなぁ」
「それまでには絶対痩せるから!」
なんてやりとりをしていたら、ドレスの裾を持っていた女の子に笑われた。忘れてたわ。他に人いたの。
私の長年の恋が叶ったと、きちんと伝えられるのはそれからずいぶんあと。本番のその日になることを、私たちはまだ知らない。