体育祭の救護テントで救護してきた国見英にまんまと惚れる

 応援歌とともに、生徒たちの叫び声が聞こえてくる。この暑い中、よくもここまで熱くなれるものだ。こんな時は涼しい場所で休むのが正解。言い直そう。救護テントの簡易ベッドに座って、小さい扇風機回しながらサボっているのが正解。そういうもんでしょ?
「苗字?」
 げ、誰か来た。今私は、体調不良で休んでいることになっている。そんな嘘を養護教諭は見抜いているようで、私にひとつの任務を命じてきやがった。誰か来たら手当てしてあげてね、と。
 だから誰も来ないことを祈っていたのだけど、どうやら思っていたよりもこの場所は忙しいらしい。しかし、テントの中に入ってきた人物を見て、私はホッとした。たぶん彼はサボり仲間だからだ。
「なんだ、国見か」
「先生は?」
「怪我人出たとかで、保健係と一緒に行った。苗字さんヨロシク、とか係でもないのに頼まれたんだけど」
 私がそこまで言うと、国見は「何それ、笑える」と小さく笑って、パイプ椅子に腰掛けた。気だるそうにグラウンドを見つめる国見の、長い睫毛が頬に影をおとす。睫毛長いな、こいつ。羨ましい。
「国見もサボリ?」
「休んでるだけ」
「そういうのサボリっていうんだよ。ま、国見もやる気なさそうだもんね」
「こんな暑さで動いてたら体力持たないでしょ」
「体力残すつもりなんだ」
 今度は私が「何それ、笑える」と続ける。国見の座ったパイプ椅子が、ギシリと音を立ててこちらを向いた。目と目が合う。こいつ、イケメンなんだよなぁ。
「……及川さんが」
「?」
「部活対抗リレーよろしくって言うから」
 え、走るつもりだったの? こんなにやる気なさそうなのに? 応援もせずに、救護室にサボりに来てる国見が? リレー? 何それ、本当笑える。
「……へぇ! へぇ〜! 真面目〜!」
 けたけたと笑うことしか出来ないサボり女に背を向けて、国見は何やら段ボールを漁りはじめた。先生しか触らないその箱の中から、何かが取り出される。次の瞬間、青色のパウチドリンクが宙を舞った。そしてそれはコンマ数秒ののち、私の膝の上にぽすりと着地する。
「わ」
 BGMとして流れているのは、スポーツドリンクのCMソングだ。「……あげる」とひと言つぶやいた国見は、席を立ってハチマキを巻き直している。
 え? 何これ? 救護用のスポドリゼリー? くれたの? 私に?
「へ!? ……なんで」
「クラスリレー、速かったじゃん」
「見てたの!?」
「本当はきついんでしょ。頑張りすぎ。それ飲んで寝て」
「……あ、ありがと」
「じゃ」
 何で分かったのだろう。先程のクラスリレーで全力出しすぎてバテたなんて、私のキャラじゃ言い出せるはずもないのに。見てくれていた人がいる。そう思うと、胸の奥がなんだかこそばゆい。
 青いパウチドリンクの蓋を開けて、ちゅーちゅーとそれを吸い込む。なんだか甘くてすっぱくて、夏の終わりの味がした。
『次は部活対抗リレーです』
 届いた放送の声に顔を上げると、アンカーの印がついた国見の姿がみえた。さっきまでここにいたのだから、急いで集合したのだろう。
 あいつ、もしかして私を心配して来てくれた? わざわざ? なんで?
 ピストル音が鳴り響き、選手たちが走り始める。三位でアンカーに渡ったバレー部のバトンが、ぐんぐんと他の部を追い越していった。
 はっや……!
 一位で切られたゴールテープ。国見の手で作られたVサインが、真っ直ぐ救護テントへと向けられる。
 かっこ良……!
 ばーか。こんなの、惚れるに決まってるじゃん。

back