私を応援団に誘ってきたのは、我が朱雀団団長の宮侑だった。敵対する白虎軍の団長は、彼の片割れ治くん。負けられへん戦いやから、どうか苗字も応援団に加わってくれ! とかいうわけの分からない誘いを断りきれず、副団長として侑の隣に立つことになった。
断らなかった理由は、侑の熱量に押し負けたからだけではない。主な理由は、私が……。
「ほんま名前、ミャーツムのこと好きやんな!」
体育祭開始まであと数十分。友人が私の胸にサラシを巻きながら、そんなことを口にした。結構な大声で「告らへんの?」なんて続ける友人の口を、「声大きい!」と叫びながら塞ぐ。そう、私は宮侑に片想いをしている身なのだ。
「名前の方が声デカいて。それよりさぁ、乳デカくなったんやない? ミャーツムに揉まれた?」
「揉まれてない! 付き合ってないからっ!」
稲荷崎高校の応援団の女子の正装は、サラシの上に学ラン羽織りである。
侑の学ランが存在するのならそれを羽織りたいけれど、彼は中高ブレザー育ち。私は仕方なく、他の生徒が中学時代に使っていた学ランを借りてきた。刺繍された『松田』の文字が憎らしい。松田って誰だよ。これが『宮』だったら喜んで羽織るのになぁ。
「今日ツインズ誕生日らしいで? 告るチャンスちゃうん〜?」
「無理無理っ! あいつモテるし目立つし! 絶対他の人に告られるし!」
「そんなに好きなら告ればええのに。ええ感じや思うんやけどなぁ」
「そんな勇気ないから!」
きっちりと巻かれたサラシの上から、プシューと制汗剤を吹きかける。友人と交代して、今度は彼女の胸にサラシを巻いていった。この時の私は、今日彼との関係が変わるなんて思ってもいなかった。事件は、メインの応援合戦が終わった頃に起こることとなる。
◇
青龍・白虎・朱雀・玄武。この組分けの名前は誰が考えたのだろう。きっとカッコイイと思って付けたんだろうけど、ちょっと中二くさい。まあ、宮侑が朱雀団団長と聞いたらそれなりにカッコ良く聞こえるのだけど。
「苗字! 頑張ろな!」
メインの応援合戦が始まる直前、侑からのハイタッチが降ってきた。「うん!」と答えながら、私も両手を差し出す。パチン! と両手が重なった瞬間伝わる体温に、心臓が飛び出しそうになった。はぁ、好きだわ!
観覧席からは「宮先輩〜♡」「あつむ先輩〜♡」なんて声が飛び交っている。後輩から爆モテなんだよね、この人。他校にもファンがいるらしいし、もしかすると付き合っている人がいるのかもしれない。うん、彼女いない方がおかしい。なんてちょっとネガティブ思考に陥っていたけれど、侑の学ラン姿がカッコ良すぎてそんな気持ちはすぐにどこかに飛んでいった。
そんなこんなで迎えた応援合戦。侑に見とれてフリを間違えそうになったけど、なんとかノリで誤魔化した。体感時間は数十秒。一瞬のうちに応援合戦は終わり、控えテントへと戻ろうとしたその時だった。事件が起きたのは。
「苗字、乳はみ出そう」
私の耳に入ったのは、知らない男子生徒たちの雑談だった。もしかしてサラシがずれてた!? と下を向くがそうではない。ただ、私の胸を見てそれを揶揄っているらしいと察し、かあっと体が熱くなる。
「それやんな! 俺乳しか見てへんわ」
「なぁなぁ、聞いてや。苗字が羽織ってんの、俺の学ラン」
「松田〜! それで何発か抜けるんちゃうん?」
セクハラまがいの言葉に、どうすればいいのけ分からなくなる。さっと学ランを閉じて、胸が見えないようにするので精一杯だった。
やだもう、泣きそう。今すぐここから逃げ出したい。目の前が滲みはじめたその時、響き渡ったのは侑の大声だった。目の前で、ひらりと長いハチマキが揺れる。これは団長しか身につけていないものだ。
「お前らええかげんにせえよ!? 人の女の乳見て何発情してんねん! アァ!? 目潰したろか!?」
うるさかったその場が、一瞬にしてしーんと静まり返る。私を揶揄っていた男の子たちは、一歩後ずさったあとに「え、え、苗字って宮の彼女……?」とこぼした。
ん? ンンンンン!? 今、侑は何て言った!? 人の女!? 確かにそう言ったと思う。
「そや! 苗字は俺の女や!」
そう叫んだ侑は、ずかずかと私の元まで歩いてくると、『松田』の学ランを剥ぎ取って松田に投げつけた。代わりに、侑の羽織っていた学ランが上から降ってくる。ぽかんとしていると、松田含む男の子たちもぽかんとした顔をして、それから声を合わせて「「「すっ、すみませんでしたぁ!!」」」と叫んだ。
「次乳見たらほんま目潰すからな!?」
そう叫んだ侑に手を握られて、控えテントへと連行される私。えっと、今のはたぶん、私を助けるためについた嘘だろう。しかし、宮侑にそんな器用なことが出来るのだろうか。分からない。分からなさすぎる。繋がれたままの手は、互いに熱を持っていた。
「あ、あ、ありがと。それで、誰がアンタの彼女だって?」
「そ、それは! これからなる予定っちゅーか、そうなってほしいっちゅーか……」
私の問いに、侑が下を向いて答える。その答えが予想外すぎて、私は可愛くない言い方で続けてしまった。だって、私と侑だよ!?
「ハァ!? 告白してんの!? 浮かれすぎ!」
「ちゃう! 体育祭終わったら苗字に告るって決めとったんや!」
「ちょ、声大きい! みんな見てるって!」
「見たらええ! 苗字のことが好きや! 好きなんや!」
「やだ、だから声大きいって!」
「わざとや! フられてもええ! 苗字のことが好きなんや!」
侑がこんなに熱い男だとは思っていなかった。暑さと照れくささで倒れてしまいそうだ。なにこれ、私少女漫画のヒロインなのかな。
「今ここで返事聞かせてくれ!」
今度は顔を上げて見つめられる。その視線から逃れることはもう出来ない。はぁ、もう。こんなのもっと好きになるに決まっている。
「す、す、すき……」
「なんや!? 聞こえへん!」
「私も好きー!」
負けるもんか。こっちは副団長だぞ!
形勢逆転。真っ赤になった侑の顔を見て、ふふんと笑ってみせた。
あとから甘すぎる仕返しをされるなんて、この時はまだ知らない。