「これ書いたの苗字さんですよね」
その言葉を聞いた瞬間、耳を疑った。苗字さんですよね、の後ろに疑問符がくっついていない。つまり、確定事項として投げかけられているということだ。
「これ書いたの苗字さんですよね」
目の前に立っている赤葦くんが、もう一度そう口にする。私の視線は定まらない。目を合わせることが出来ずに、しっかりと締められた彼の制服のネクタイを見つめた。
「これ書いたの苗字さん……」
「ハイそうですぅうぅ!」
三回目の言葉を遮るように大声で答えた。周りにいる人たちの視線が、一気にこちらに集まるのを感じる。
「赤葦くん、ちょっとこちらに……」
目立つことが苦手な超絶陰キャな私は、赤葦くんの袖を掴んで校舎の陰に隠れた。文化祭の華やかな雰囲気と、人々の騒ぐ声、焼きそばの匂い。そんなザ・陽キャイベントの会場の隅っこで、私は赤葦くんを見上げた。
うぅ、かっこいい。やはり目を見ることが出来ない。
「それをどこで手にしたのでしょうか?」
赤葦くんの手元にあるのは、『文芸部誌』と書かれた一冊のコピー本だった。発行日は本日。目次に続いて最初に掲載されているのは、部長の私が書いた小説だった。
「配布コーナーに置いてありました」
「なぜそれを手に取ろうと!?」
「小説読むの好きなので」
「……読んだ?」
「ハイ、まだ最初の作品だけですが」
やべええええええぇ! やべぇええええええ!
ちょ、待って! 待って! それだけは読まれちゃいけないんですよ!
部員たちの書いたザ・オタクな冒険小説だとか(面白いけど)、ザ・オタクなポエムだとか(面白いけど)、他の作品はいいんですよ! 私の作品だけは彼に読まれちゃいけないんですよ! だったらなんで載せたんだって!? そりゃ、赤葦京治が読むことを想定していなかったからですよ!?
「どうかしましたか?」
「イエ、ちょっと動悸息切れが……」
「? 大丈夫ですか?」
大丈夫じゃねええええぇ! 大丈夫なはずがないんですよ! なんでかって!?
それは、私が赤葦京治のことが大好きすぎて、彼と私をモデルにした妄想100%の恋愛小説、いや、もはや夢小説を書いてしまったからなんですよ!
やんばぁぁあ! 本人に読まれた! しかも書いたの私だって特定された! むり! 逃げたい!
「あの、感動しました!」
「は!?」
「目立たない女性が強豪校のバレー部員と近づいていく様が、自分の環境と似ていて! それに、5w1hが絶妙に組み立てられていますし、何より女性の心理描写がリアルです!」
「はぁ……」
「名前も俺と同じケイジですし。主人公の名前が空欄なのが気になりましたが、何か意味があるのでしょうか? とても良かったです。特に最初の一文でグッと心を掴まれました! この五行目のセリフ回しも……」
褒められたぁぁあ!?
えっ何その細かい感想! 編集者ですか!? 頭良い人は目のつけどころ違うわ。私なんかいつも読んでる二次創作サイトで、尊いです! とかしか言えないっていうのに。
っていうか、自分の環境と似ているに決まってるよ! 私とあなたがモデルなんだから! 心理描写リアルに決まってるよ! 私の気持ち(と願望)そのまんまなんだから!
「あはは、ありがとう。赤葦くん編集者になれると思うよ」
「実はその道に興味があります」
「そうなの!?」
「とにかく感動を伝えたくて。直接伝えられて良かったです。部の功績が認められるのは、文化部も同じだと思いますから」
「わ、わざわざありがとう! では私はこれで!」
どうか気づかないでくれ! 私ときみがモデルだということに気づかないでくれ! もうむり! 逃げる!!!!
「ちょっと待って下さい!」
文化祭の華やかな雰囲気と、人々の騒ぐ声、焼きそばの匂い。そんなザ・陽キャイベントの会場の隅っこで、赤葦くんが私の腕を掴んでいる。
ンンンンン!? ンンンンン!?
赤葦京治に腕を掴まれている!?
何これ! どこのユメショですか!?
「勘違いだったらすみません」
「な、な、何が!?」
「これ、俺と苗字さんですよね?」
「……」
「これ、俺と苗字さんですよね?」
苗字さんですよね、の後ろに疑問符がくっついている。つまり、確定事項として投げかけられていないということだ。逃げられる! なぜだかそう確信して、私はごまかすことを貫こうと決めた。
「ナンノコトデスカ」
「苗字さんはうしろめたい時敬語になりますね」
「やだぁ、赤葦くんそんな私のこと知らないでしょ!?」
「知ってますよ!」
「うそうそ! 私陰キャだし!」
「苗字さんのこと好きだから何でも分かりますよ!」
「は……」
「これ、俺と苗字さんですよね」
今度は疑問符がくっついていない。赤葦くんの目は試合の時のような本気モードで、逃げる私の視線を掴んで離さない。ギブアップ。私の負け。
って、もしかして好きって言われた!?
「……ハイ、これは私と赤葦くんの夢小説デス」
「夢……? それはよく分かりませんが、苗字さんも俺のこと好きってことでいいですか?」
「ハイ」
「じゃ、今日から俺の彼女ってことでいいですよね?」
「ハイ……、って、ええ!? ええええ!?」
文芸部誌を持つのと反対側の手で、私の手をぎゅっと握ってくる赤葦くん。なんか知らんけど、赤葦京治の彼女になった。なんか知らんけど。ユメショでもこんな展開ないでしょ、本当。
「夢小説でもこんな展開ないでしょ、って思いましたか?」
「何で分かるの!? って、ユメショ知ってんじゃん!」
「期待には応えますから、一緒に文化祭回りましょう?」
ユメショ以上の展開が起きてしまったのですが、これは何かのフラグでしょうか!? うん、いいな。今度のタイトルこれにしよう。そんなことを考えながら、初彼氏の手を握り返す。じんわりと湿った手のひらから伝わるのは、本物の赤葦京治の温もりだった。
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2023.10