冬の夜空を追いかけて【月島】

 仕事を終え外に出ると、外はすっかり暗くなっていた。冬の夜は暗くて寒い。冷たさが空気を透明にしてくれるおかげで、夜空はとても澄んでいる。星空が綺麗だな。あなたにも見せたいな。そんなことを思っていたら、駐車場の影に見慣れた姿を見つけた。

「えっ? 蛍くん!?」

「……たまたま他の店に用があったから」

 どうやら彼は、私が働いているショッピングモールの他のお店に用事があったらしい。そうだとしても、私を待ってくれていたという事実が嬉しくてたまらなかった。

「待っててくれたんだ。ありがとう」

「ちょうど閉店時間だったから待ってただけでしょ。行くよ」

「どこのお店行ってたの?」

「CD見に来ただけ」

「今日大学は?」

「夕方の講義だけだったけど」

「へぇ〜。じゃ、午前中来れたんじゃん? わざわざ私のために遅い時間に来てくれたの?」

「たまたまだから。君のためじゃないし」

 こういう時蛍くんは、『たまたま』を連呼する。けれども本当は、私のためにわざわざ待ってくれていたんだと分かるんだ。寒い中待ってていただろうあなたの鼻は真っ赤になっているし、繋いだ手だってとても冷たいのだから。

「ね、今日星すごいね」

「前向いて歩いた方がいいんじゃない?転けるよ」

「蛍くんに見せたかったんだよ」

 そこまで話すと、蛍くんは駅とは違う方向へと向かって歩き始めた。「どこ行くの?」と聞いてみるけれど、返事はない。緩やかな上り坂を無言のまま、早足で歩く。段々と繋がれた手が温かくなって、汗がじんわりと滲むのが分かった。

 たどり着いたのは街を見下ろせる小さな公園。誰もいない静かな空間からは、街の灯りが見下ろせる。それはまるで宝石箱みたいに、きらきらと輝いていた。

「すごい……。こんなとこ知ってたんだ」

「ここならじゅうぶん見渡せるでしょ」

「うん。すごい夜景だね」

「そうじゃないし……、上」

 彼に言われて空を見上げると、そこには満点の星空が広がっていた。街中を歩いていた時よりももっとはっきりと、澄んだ冬の夜空に散りばめられている星空たち。これだ。この光景を、蛍くんにも見せたかったんだよね。そう思った。

「……僕も」

「?」

「君のために見せたかったから」

「えっ!?」

「ごめん忘れて」

 ずるい。本当にずるいよ、蛍くん。さっきまでたまたまだとか、君のためじゃないだとか言っていたくせに。たまにこうして、本音を言われるものだから私の胸はどうしようもないくらいに高鳴ってしまう。蛍くんの方を向けば、彼は鼻だけでなく頬まで赤くして私を見つめていた。

「蛍くん、なんで空見てないの?」

「……べつに」

「私の顔見てたでしょ!?」

「そんなんじゃないから」

「ふふっ、照れてる」

 からかうようにそう言うと、頬をぷにっとつねられた。目と目が合って、唇同士が触れ合う。雪が降りそうな寒空の下だけれど、私たちはくっつき合っているからとても温かい。

 ねぇ、蛍くん。大好きだよ。ずっと一緒にいようね。そんなことを願いながら、彼の腕に抱かれる。冬の夜のことだった。

※ワーパレお借りしています。君のため/灯り/冬の夜空

キャラリクありがとうございました!

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お返事

Twitter凍結心配して下さった方ありがとうございます。メッセージ今更気づきました!お知らせした通りひとつのアカウントは解凍されたので、アカウントを統合して動かしています^^

サイト作ってて良かったなぁと思わされました!ご心配おかけしました!

くるっぷにもID:naru388でおりますのでよろしくお願いします。

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続お知らせ

Twitterのアカウントの凍結の件ご心配をおかけしました。こちらのサイトにリンクを貼っていたアカウントは、凍結されたままです。

夜プラ垢として使っていたアカウントが溶けたので、そちらを全年齢対象アカウントに変更しております。リンクを貼りかえてますので、気になる方はトップページのリンクよりお進みくださいませ。

凍結されたアカウントに載せていたSSはこちらのサイトに載せてますのでご安心下さい。ご心配をおかけしました。

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お知らせ

Twitterのアカウントが凍結されてしまいました。何か連絡がある場合はこちらのメッセージ欄またはメールアドレス、pixivのメッセージによろしくお願いします。

避難先:くるっぷ⇒ID:naru388

【追記】Twitterの夜プラ垢のみ復旧致しました。お騒がせしております。

2023/02/03

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溶けない【角名】

 雨に混じった雪が舞っているのが見える。窓の向こうは曇天で、寮の中にも冷たい空気が流れ込んでいた。デコレーションする為に溶かしたチョコレートも、この寒さですぐに固まってしまう。

「あ〜! もう! また固まった!」

 バレンタインを前日に控えたこの日、私は女子寮の共用キッチンでチョコレートを溶かしていた。奮発して買った苺をチョコレートでコーティングして、その上からホワイトチョコで模様を書いていく。なんて、凝ったことをしようとしたせいでかなり時間を要してしまったのだけれど。

「出来た!」

 頑張った甲斐があって、どうにか目的のものは完成した。あーん、と口を開き、ひとつだけ味見してみる。うん、おいしい。

「名前! それ誰にあげるの? ミャーツム? ミャーサム? それとも銀島くん? 男バレでしょ?」

「わっ! 違う! 違うからっ!」

 そんな質問をしてきたのは、同じ吹奏楽部の友人だった。うちの高校は吹奏楽が盛んだ。なので、私を含め県外からここに進学する人も多い。この友人もそのひとりで、寂しい寮生活を楽しくしてくれる仲間だ。

「あ〜、分かった! 角名だ!」

「……」

「同じ寮生だもんね〜! 頑張れ!」

「ありがと」

 どうやら私の気持ちは、この友人には丸分かりだったらしい。まあ、男バレの方ばかり見てるもんな。

 けれども肝心の角名にはその気持ちは伝わっていないようで、私は頭を抱えていた。それから二十四時間後、私は彼を目の前にして溜息をつくに至る。

「ねぇ、それ誰に渡せばいいの? 侑? それとも治? もしかして銀だったりする?」

 二月半ば、世の中の恋人たちが浮かれるその日、私は好きな人を目の前にして固まっていた。

 彼ーー、角名とは同じ寮生ということもあり、時々ファミレスでご飯を一緒に食べる仲だ。寮のご飯はおいしいけれど、たまには濃いものが食べたくなる。そういう時にどちらかがどちらかを誘って、このファミレスを訪れるのだ。

 しかし、今日は少し違った。いつものように私が角名をファミレスに呼び出したのだけれど、それには目的があった。そう、ずっと片想いしている角名に、バレンタインのチョコレートを渡すためだ。

 けれども彼は、不思議そうな顔をしてそんな質問をしてのける。机の上に置かれたチョコレートの袋が、自分宛てだとは微塵も思っていないようだ。

「名前の好きな人、うちの部でしょ? いつも見てるし」

「……それは正解」

「俺をここに呼び出したってことは、それを誰かに渡してほしいってことだよね?」

「半分正解」

「半分? それ買ったの? 手作り?」

「……手作りってどう思う?」

「手作りなんだ! 俺はいいと思うけど」

 だから、渡したいのはその俺なんだって! そう言いたいけれど、緊張のあまり言葉が声にならない。普段のお礼だって、義理だって言えばいいだけなのに、その言葉すら出てこない。まあ、義理じゃないんだけれど。

「……やっぱいいや。私にはそれ渡す勇気ないみたい」

「えっ、勿体ないじゃん。折角作ったんでしょ?」

「持って帰って食べるよ。それよりさ、ご飯食べよう? 何か頼もうよ」

「じゃあ、それ俺にちょうだい」

「えっ?」

「ご飯食べた後って甘いのほしくなるじゃん」

「ああ、そういうこと……。いいよ。角名にあげる」

 こうして私は想いを伝えられないまま、チョコレートをあげることだけに成功した。まあ、これでいいのかもな、なんてそう思う。私には気持ちを伝える勇気なんて、到底ないのだから。

 そのあとはいつも通り一緒に夜ご飯を食べて、ふたりで寮まで帰ることになった。

 夜にはまた気温がぐっと下がると、天気予報のお姉さんが言っていた。ファミレスを出ると予報通り空気が冷えていて、息を吐けば白い気体がもくもくと上がっていった。もしかしたら、今年最後の雪になるかもしれないな。そんなことを考えながら、寮までの道を角名とふたり歩く。

 いつもは喋りながら帰るのだけれど、どうしてだか今日の彼は静かだ。私が渡したチョコレートの袋をぶら下げて、黙ったまま夜道を歩いている。

「寒いね」

 そう言ったら、角名は少し小さな声で「うん」とだけ呟いた。

 寮へと続く裏通りを、ふたり黙ったまま進む。しばらく行くと本当に雪がちらつきはじめて、これ、恋人同士ならすごくロマンチックなシチュエーションだな、なんて思った。

 けれども私たちは、恋人同士じゃない。私に少しでも勇気があれば、何かが変わったかもしれないのに。そんな勇気も持ち合わせていない。はらはらと舞ってはすぐに溶けていく雪のように、この恋心も溶けて消えちゃえばいいのにな。そうすれば楽になれるのに。そんな到底叶わないことを、ぼんやりと考えてしまう。

 そんなの、無理に決まっている。だってこうして歩いているだけでも、好きが溢れてくるのに。ああ、やっぱり好きだなぁ。好きなんだ。

「名前」

 角名にそう呼びかけられたのは、女子寮の裏手までたどり着いた時だった。はっ、と我に返り、角名の顔を見上げる。暗くて表情がよく分からないけれど、真面目な顔をしているような気がした。

 雪が舞う。冷たい風が頬を刺す。街灯はきらめいて、僅かに私たちを照らしてくれる。角名の唇が、ゆっくりと開いた。

「ねぇ、これさ、本当は誰にあげたかったの?」

 何を聞かれているのだろう。誰にあげたかったのかなんて、言えるはずもない。だって角名は、そのチョコレートが自分に向けられたものだと知らないのだから。

「……教えなきゃいけない?」

「うん。俺がさ、なんでこんなこと聞いてるか分かる?」

「……分かんない」

 分からない。分かるはずもない。ただの好奇心? チョコ貰って帰ったら寮のみんなに聞かれるから? 彼の意図が分からぬまま、首を横に振る。彼の口からとんでもない言葉が発せられたのは、まばたきをした一瞬のことだった。私のみじかい睫毛の上に、細やかな雪が積もって溶けていく。角名の顔が、より一層真面目なそれになった。

「これ貰う相手にめちゃくちゃ嫉妬してるから」

「え?」

 いま、なにを言われたのだろう。

 嫉妬? 角名が? 誰に?

「だから、これ貰うはずだった相手に嫉妬してんの」

「角名が?」

「他に誰がいんの」

「……角名だよ。それ渡すはずだった相手」

「は!? 俺!?」

「他に誰がいるの」

「ちょっと待って。整理したいんだけど。……俺が名前のこと好きで、名前も俺のこと好きってことで合ってる?」

「ちょ、ちょっと待って! 私が角名のこと好き、は合ってる! でも……」

 そこまで言ったところで、ふっと影がおちてきた。白く舞い散る雪を背景に、角名の顔がゆっくりと近づいてくる。あ、と思ったその瞬間、唇と唇が触れた。それはほんの一瞬。雪が降っては溶けるその様のような、ささやかな触れ合いだった。

「〜!」

「俺は好きだよ、名前のこと」

「嘘……」

「なんで嘘つく必要あんの」

 もう一度、角名の顔が近づいてくる。今度はさっきと違う、少し長いキス。こうしていると冷たかったはずの身体も、じんわりと温まってくる。あー、私、叶ったんだなぁ。叶ったんだよ。奇跡なのかな。

 しばらくそうしていたら、雪はやんでしまったのだけれど。私の恋心は溶けないままだな。むしろ積もる一方だ、なんて思った。けれども今度は一方的な恋じゃない。ふたり同じ気持ちでいられるから。

 ねぇ、角名。大好きだよ。

 今度は大きな声で、はっきりとそう伝えた。

※ワーパレお借りしました。影/唇/黙/裏 Thanks by 憂様

キャラリクありがとうございます!

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素直になれないの【古森】

 びゅうっと冷たい風が通り抜けて、私の髪を乱す。折角早起きしてブローしたのにな、なんて考えながら、手櫛で髪を整え直した。

 通学路の遊歩道には赤く色づいた梅の花たちが、もうすぐ訪れる春を心待ちにしているかのように空を見上げている。赤く色づいたのは、梅の花だけじゃない。私の頬と、私の心。それから、今手に持っている紙袋の色。

 真っ赤な袋の中には、今日これから『彼』に渡す大事なものが入っている。『彼』なんていっても付き合っているわけじゃないし、完全な片想いなんだけれど。

「苗字、おはよ!」

 いつもと同じ時間に学校へとたどり着き、いつもと同じように彼ーー、古森に声をかけられる。私が古森に合わせてこの時間に来ていることなんて、彼は知るはずもないのだろう。

「おはよう、古森」

「今日さ、何の日か知ってる!?」

「……知らない」

「バレンタインっていうんだけど!」

「へぇ、そーなんだ」

「絶賛募集中!」

「おめでたい頭だね」

 ……私のバカ。今のは渡すチャンスだったのに、古森を前にするとどうしても可愛くなれない。今だってほら、素直とは程遠い場所にいる。

 チョコレートの話をするのがなんだかむず痒くって、話題を切り替えふたり並んで教室へと向かった。

 教室に着くと、古森のところへ女子たちが群がってきた。けれどもそのお目当ては大半が彼じゃない。

「古森〜! これ、佐久早くんにお願い!」

「はい、ついでに古森の分も! あんたのは義理ね!」

「古森、私も佐久早くんに渡してほしいんだけど」

 そう、彼女たちのお目当ては彼のいとこの佐久早くんだ。とはいっても古森は気さくで明るい人気者なので、お礼にと義理チョコを沢山渡されているのが毎年の光景なんだけれど。毎年の光景を知っている私は、中学生の頃から古森にチョコを渡せずにいる。一体何年目なんだよ、この片想い。本当にもう、情けないな。

 席につき、窓の外を眺める。冬の空は青く高く澄みきっていて、校庭ではまた梅の花が頬を染めていた。きっとあの花は、あたたかい春に恋をしているんだろうな、なんて似合わないことを考える。私と同じ。春に、恋をしているんだ。

 そうこうしているうちに訪れた放課後。生徒たちが次々と帰っていき、古森もスポーツバッグを片手に席を立った。私の机の横には、真っ赤な紙袋がかけられたままだ。

 ああ、また渡せなかったなぁ。

 古森が私の方に近づいてきたのは、そう思っていたその時だった。片手にはスポーツバッグ、もう片方の手には佐久早くん宛ての大量の紙袋が下げられている。

 え、古森、こっちに来てる? なんで?

「ねぇ、それ」

「へっ!? な、なに!?」

「その紙袋、渡すんだよね?」

「えっ……!? ……えっと」

「聖臣に」

「はっ!?」

「だって苗字、いつも聖臣のこと見てるじゃん。中学の頃からでしょ。毎年持ってきてるみたいだし?」

 まさかのまさか、盛大な勘違いをされているようで、頭の中が真っ白になる。これはチャンス?

それとも諦めろっていうこと? もしも神様がいるのならば、それだけでも教えて欲しい。そうすれば、私は素直になれるのに。

 ああ。私は、満開にはなれない。

「古森のばか! 鈍感!」

 気がついたら、そう叫んで彼に紙袋を投げつけていた。教室に残っていた数人の視線が突き刺さる。鈍感、だなんて。そんなこと言ってしまったら、私の気持ち丸わかりじゃん。

 この恋は、咲き誇る前に散ってしまうのかな。長い冬だった。春はもう来ない。

 

 視界の奥が歪んで、涙が飛び散る。鞄も置いたまま教室を飛び出し、逃げるように走り出していた。

「待ってよ!」

 嘘、追いかけられてる!?

 逃げる私の速度よりも早いそれで、古森が駆け寄ってくる。こんな時なのに、「苗字!」と呼ぶ声が愛おしい。そんな声で呼ばれたらさ、寒い冬でも狂い咲いてしまいそうだよ。

「好きだ!!!!」

 廊下を突き進み、角を曲がり、階段を駆け降りている途中で後ろからそう叫ばれた。今聞こえた言葉が自分に向けられたものだと気がつくまで数秒。その数秒の間に、何を考えただろう。たぶん、何も考えていなかった。ぜんぶ吹き飛んでしまったから。

「追いついた」

「……古森、足速すぎ」

「……俺さ、ずっと聖臣に嫉妬してた。苗字が聖臣のこと好きだと思ってたから」

「……違うし」

「勘違いだったら申し訳ないんだけど。……もしかしてこれ、俺に?」

 踊り場のステンドグラスが、光を浴びてきらきらと光っている。神様がもしもいるのならば、今この瞬間だけでも勇気を下さい。素直にさせて下さい。春が来なくてもいいから。

「……そーだよ」

「すっごい嬉しいんだけど?」

「……さっき、好きって言ってくれたの?」

「うん! 俺、苗字のこと好きだから」

「……も」

「え?」

「私も好き、って言ったの!」

 精一杯の気持ちを伝えたら、古森は「やば、ちょー嬉しい」と言って私に抱きついた。体温が急上昇していくのが分かる。ここで初めて気がついたんだけれど、あの大量の紙袋は教室に置いてきて、私のチョコレートだけ持ってきてくれたんだな。そんな小さなことが嬉しくて、また涙が溢れてきた。

「えっ!? 泣いてんの!?」

「だって、ずっと好きだったから」

「言っとくけど、俺も中学の時から好きだから」

「えっ!? ええっ!?」

「今日から、苗字は俺の彼女だね」

「〜!」

 彼の手元には真っ赤な紙袋。渡せなかった数年分の想いが込められた、私からのチョコレートだ。抱きしめられた体温が心地いい。私は古森の背に手を回して、ぎゅっと抱きついた。

 神様はいたのかって? それは分からない。勇気を出したのは自分なのだから。

 数日後、通学路の遊歩道には梅の花がぽつぽつと花を咲かせていた。ぬるい風が頬を撫でて、私の髪をなびかせる。繋がれた手はあたたかく、それはまるで、待ちわびた春のようだ。春はここにあったのだ。

「名前、どーかした?」

「うーん、好きだなあって思って」

「どうしたの? 素直になって」

「素直になったのよ私は」

 古森がさらっと「俺も好き」と言いながら、手を握る力を強めてくる。身体が沸騰しそうなほどに体温が上昇して、夏が来てしまったんじゃないかな、と思った。

 ねぇ、古森。大好きだよ。今はもうそれを伝えることが出来る。『好き』の気持ちを噛みしめながら、私はぎゅっと手を握り返した。

キャラリクありがとうございます!

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おにぎり屋の宮さん18

 讃美歌に包まれたチャペルの中で、後輩ちゃんが真っ白なウェディングドレスに包まれて歩いてくる。後輩ちゃん、綺麗だなぁ。プリンセスラインのドレスがよく似合っている。後輩ちゃんのお父さんは既に鼻が真っ赤になっていて、見ているこっちまで泣けてきた。

 お父さんが北さんにバトンタッチして、ふたりが手を取り合う。誓いの言葉。指輪の交換。それから、誓いのキス。

 青い海を背景にキスを交わすふたりの姿は神秘的で、結婚っていいなぁ、なんてぼんやりと考えた。

 結婚。したいのかな、私。いいなぁって思うってことは、したいんだろうな。でも相手は治くんしか考えられない。やっぱり好きなんだなぁ。好きすぎるんだ。治くんのこと。

 式が済み、披露宴が始まると、新郎思い出の写真にたびたび治くんが登場した。ふふっ、髪の毛銀色じゃん。やんちゃしてたんだなぁ。侑さんもセットで登場しているけれど、やっぱり二人は似ていても違う。全然違う二人なんだなぁって、思わされる。

 ああ、なんであんな一瞬で判断してしまったんだろう。って今更後悔しても過去は過去。とにかく今日は謝ろう。謝り倒そう。それしかないと思うの。

『それではデザートビュッフェをご用意してますのでご自由にお楽しみ下さい』

 そんなアナウンスが流れて、先輩たちは吸い寄せられるようにケーキの元へと走っていった。今だ! そう思ったのは向こうも同じだったようで、はた、と目が合う。

 ふふっと笑い合って、ケーキを遠目に治くんのそばに寄っていった。

「「あの……」」

 声が重なり、ふふふっと笑ってしまう。前にもこんなことあったな、なんて思っていたら、治くんが「前にもこんなことあったな」と言いはじめたものだからびっくりした。

「……私も今同じこと考えてた」

「ほんまに!?」

「……早とちりしてごめんね」

「最低な浮気男やと思うた?」

「ごめん、思った。でもね。それよりも会いたかった」

 そう返すと、治くんはかあっと顔を赤らめた。うそ、照れてる? そんな治くんが可愛すぎて、私から手をきゅっと握った。

「会いたくて会いたくてしょうがなかったよ?」

「あ〜、もうアカン……! 今すぐ抱きつぶしたいわ!」

「……帰ってからね?」

「えっ!?」

「ずっと返事もしてなくてごめんね。ばかだなぁ私。こんなばかな女だけど、これからも付き合ってくれる?」

「当たり前や!!!!」

 遠くの方で、治くんの友達や先輩たちが新郎新婦を取り囲んでいる。仲間に囲まれる二人はとても幸せそうで、あたたかい雰囲気に包まれていた。

「いいなぁ、結婚」

「えっ!? ◇◇ちゃん、結婚とか憧れるん!?」

「そりゃあね。いいなぁって。思うよ……?」

「……じゃあ、する?」

「え?」

「結婚……」

「まって、むり」

「え!? 無理なん!?」

「違うの! 嬉しすぎてしんどい無理、キャパオーバーです! って意味!」

 「なんやそれ」なんて言って笑う治くんはやっぱり大きくて、触れた手は温かくて、どきどきした。

「……よろしくお願いします」

「へ!? 何が!?」

「……結婚! そっちから言ったんでしょう!?」

「へ!? ほんまに!? ええん!?」

「嘘なんてつかないよ」

 ああ、身体が熱いや。人の結婚式で、何話してるんだろうね、私たち。

 私さ、後輩ちゃんと北さんの応援してるつもりだったんだよ? でもさ。キューピッドは彼女と北さんだったのかもね。

「ケーキ取り行こか?」

「うん」

 青い海を見つめながら、ビュッフェのケーキを選ぶ私たち。治くんは食べ物ならなんでも好きみたいで、全種類をお皿に載せていた。

 そんな姿が可愛くって、つい笑ってしまう。知るたびに好きになっていくよ。治くんのこと。

「そういえばさ、〇〇ちゃんと北さん『ちゃんと御殿』建てるらしいよ?」

「ほんまに!? 新婚でふたりきりやのに一軒家てスゴいな!?」

「もうすぐお子さん生まれるしいいんじゃない?」

「ハァ!? それ聞いてへん! 進展早すぎやろほんま!!!!」

「だよねぇ。びっくりさせられっぱなしだよ、本当」

 そんな話をしながら選んだのは、すっぱいベリーがたくさん乗ったショートケーキ。恋はたっぷりの生クリームのように甘い。けれども甘い中に放り投げられたからこそ、少しの酸っぱさが強く感じるものだ。

「ねぇ、治くん」

「?」

「大好きよ」

「〜っ! 俺も大好きや!!!!」

 自分主役とちゃうねん! と侑さんが治くんにツッコミを入れる。みんなが笑って、北さんと後輩ちゃんも笑って、治くんも笑って、私も笑った。みんなが笑顔になる素敵な日に、私はプロポーズをされた。

 治くん、出会ってくれてありがとう。私を好きになってくれてありがとう。いっぱい幸せにしてね? 私も幸せにするからね。

 繋がれた手は、大きくてあたたかくて。うん。ドキドキした。

 きっと、いつになってもドキドキさせられるんだろうなぁ。そんなことを想いながら、私は遠くに見える海を見つめた。

 それから。

 リモートワークを続けてくれた後輩ちゃんは産休に入り、私は新たに入ってきた新人ちゃんの指導社員についた。相変わらずバタバタしているけれど、バタバタしているのは仕事のせいだけじゃない。治くんとの結婚式の準備に追われているからだ。

「なんか先輩幸せそうですね」

 新人ちゃんにそう言われたものだから、大きな声で「うん!」と答えておいた。幸せだよ。今、すごく。

 きみに出会ったのは偶然かもしれない。担当替えがなかったら出会っていなかっただろうし、話すこともなかったと思う。後輩ちゃんと北さんがくっついてなかったら、治くんとふたりきりになることもなかった。

 全ては偶然、そして必然。

『今日、久々飯行こか?』

 治くんからのメッセージに、喜んだ顔のスタンプを送り返す。あー、幸せだな。今、本当に幸せ。

 私、もうすぐ宮になります。

おにぎり屋の宮さん17

 その日は、ハレの日にふさわしい晴天だった。海の見えるチャペルが有名なその式場に、先輩たちと一緒に足を踏み入れる。通された待合フロアからも青々とした海が見えて、水面がきらきらと光っていた。

 まだ、来てないのかな。

 きょろきょろと周りを見回して、手で髪を整え直す。最後に会ったのがあんな形だったことよりも、今の自分の見た目が気になってしょうがなかった。

 美容院に行ったし、マツエクにも行ったし、ネイルにも行った。あんな浮気男、と思う気持ちよりも、もう一回素直に話せたらと期待する気持ちの方が強かった。

 先輩たちのあとをついて、受付でご祝儀を手渡す。後輩ちゃんの友人らしき女の子が手渡してくれた席次表を、フロアの隅でこそこそと開いた。

 新郎後輩・宮治。うん、いるよね。いるに決まってるよね。いないわけがないよね。

 ぼんやりと席次表を眺めていると、彼の名前の隣に、もうひとつ似たような名前が記載されていることに気がついた。

 新郎後輩・宮侑。

 おにぎり宮に置いてあったサインを思い出す。そういえば、ご兄弟がバレーボールの選手だって言っていたっけ。

 待って? ご兄弟も北さんの後輩?

 ってことは、えっと、治くんが北さんのひとつ年下だから……。ん? ご兄弟って、弟なのかな? 年子? うーん……。

 そんなことをだらだらと考えていた時だった。「◇◇ちゃん!」と大きな声が聞こえ、はっ、と顔を上げる。そこにいたのは、スーツ姿の治くん。……と、その隣にそっくりな顔の金髪男性が立っていた。

「おっ、治くん……!?」

「久しぶりやな……」

 一瞬場がしーんと静まって、隣の男性が「あーっ! もう! なんやねんサム! じれったいんやアホ!」と叫んだ。えっと、この人はたぶん……。

「◇◇ちゃん。紹介するな。俺の双子の兄弟の侑」

「えっ!?」

「兄弟おる言うてたやろ? ちなみに一卵性や」

「双子だとは聞いてない……」

「せやな……」

「ちょ、ちょっと待って! じゃあ、あの時見たのは……」

「侑と彼女やな」

「でも髪の色……!」

「なんやイベントのために黒くしとったんやて」

 まさか。まさかの彼氏とその兄弟を見間違えてしまうなんて! 穴があったら入りたい。ていうか謝り倒したい。

「ごっ、ご、ごめんなさ……!」

「◇◇ちゃんのせいやあらへん! 俺が言うてへんやったから!」

「でも……、私が……」

「ミョウジちゃーん! 式始まっちゃうよー!」

 先輩から声をかけられ、はっと顔をあげる。治くんはじっと私を見つめて、「あとで話そか」と優しく笑った。

 ああ、やっぱり好きだなぁ、って思わされる。式場に向かう途中、治くんと侑さんを見比べたけれど、今の私には全然違って見えた。治くんがいい。治くんじゃないといやだ。同じ顔の兄弟がいたって、それは変わらない。あの優しい声に、温度に、恋愛になると臆病なところに、恋をしたんだから。

 あとできちんと話そう。そして、ちゃんと謝るんだ。

 そう決めて、チャペルの中へと足を踏み入れた。

おにぎり屋の宮さん16

『◇◇ちゃん、誤解やねん。一度会って話そ』

 あれから二週間。

 治くんから毎日のようにメッセージが来ているけれど、私はそれを無視し続けた。だって、あんなの。しかも昼間っから若い女と。許せるわけがない。

 けれども治くんのことを好きだという気持ちは積み重なるばかりで、毎日治くんのことを想っては溜息をついている。

 はぁ、会いたいなぁ。会いたくて会いたくてしょうがない。

 いつもの昼休み、ランチルームの隅でお弁当箱を片付けた私は、一枚のハガキを手にとった。後輩ちゃんから渡された結婚式の招待状の、返信用のハガキだ。

「行ったら会っちゃうよなぁ……」

 けれども、私は彼女の指導社員だし、行かない選択肢などない。出席にマルを付けて、おめでとう! とお祝いのメッセージを書いた。

 結婚したら農村地区に行ってしまう後輩ちゃんは、今後はリモートワーク中心になるらしい。便利な時代になったなぁと思うと同時に、会えないのって寂しいよね、と思った。

 それは、彼女に対してだけじゃない。治くんに対しても、会えない寂しさを感じていた。

 ああ、会いたいな。会ったら、どんな顔すればいいのかな。

 結局バタバタしている間におにぎり×こだわり米の原稿は完成し、仕事で治くんに会う前に、北さんと後輩ちゃんの結婚式の日が来てしまった。

おにぎり屋の宮さん15

〜side OSAMU〜

『◇◇ちゃん、誤解やねん。一度会って話そ』

 既読になったりならなかったりするメッセージは、俺からの一方的なものだった。彼女からの返事は来ない。同じ内容のメッセージを送り続けて早や二週間。俺は閉店後の店内のカウンターに突っ伏して、はぁ、と深い溜息をついた。

「せやからごめんってなんべんも言っとるやん」

 頭上から降ってくるのは、自分とよく似た声。ぎろりと睨みつけながら上を向けば、同じ顔をした兄弟が手を合わせて謝っていた。

「よりによって何であの時黒髪やねん……」

「あれな、メテオアタックって漫画とのコラボ試合があってな! キャラと同じ髪色にしてん」

「あの子とはどうなってん?」

「おかげさまでラブラブやで?」

 ええな、侑は俺と違ってぐいぐい行くからな。そう思った。

 ◇◇ちゃんのことになると自分でもびっくりするくらい臆病で、情けなくて、積極的になれない俺がいた。目の前にいる兄弟とは顔は同じだけれど、そういうところは全然違う。俺が勇気振り絞って告白した子やぞ、とは言えなかった。お前昔はチャラかったやん、と笑われるのが目に見えているからだ。

「彼女から返事来ぃひんの?」

「……おん」

「あちゃー、すまんな」

「随分と他人事やな」

「仕事で会うんとちゃうん?」

「あー……、その前に北さんの結婚式で会うな」

「ほんま!? 俺も会えるやん」

「ツムも一緒に謝れや?」

「髪黒にしてこか?」

「やめれや」

 ビールをひと口飲んで、またカウンターに突っ伏す。口の中に苦味が広がって、今の俺の心みたいだな、と思った。彼女のことを想いながら、ただ酒をあおることしかできなかった。