約束の月曜日が訪れた。
今日は猛スピードで仕事を終わらせたから、ノー残業だ。急いで仕事をこなしてたら、後輩ちゃんに「先輩今日すごい! いつもよりさらにてきぱきしてますね!」なんて言われて、ついでに佐藤さんに「宮さんとデートなのよ」なんて言いふらされた。
「佐藤さんなんで分かるんですかぁ?」
「だって今日、スカートじゃん」
はい、そうです。今日はパンツスーツじゃありません。まあ、オフィス着なんだけど。
「ミョウジ、頑張ってね〜!」
けらけらと笑う佐藤さんの声がきこえる。でもね、今日の私は恋バナに構ってる暇なんてないの。そう、宮さんとご飯を食べに行くのだから。
は〜っ、ここまでこぎつけるの長かった! 宮さん、チャラいのかと思いきや意外と慎重なんだもの。まあ、私に気があるのかは分からないけれど。仕事の付き合いで飲もう、ってだけかもしれないし。
なんて言い訳をしながらも、退勤直後にメイクを直して休日モードの私になる。後輩ちゃんみたいなふわふわな服は似合わないから、シンプルな服装だけどスカートを選んでみた。宮さんも、私みたいなのの方がタイプって言ってたし! うん! 社交辞令かもしれないけど!
そんなこんなで、宮さんと待ち合わせをしている駅前へと到着した。見回してみるけれど、宮さんはまだ来ていないようだ。コンパクトミラーを見て髪を整え直して、それを鞄の奥にしまう。ドキドキと速まる胸を撫でながら、宮さんを待った。見慣れた景色も、全てがきらきらと光ってみえるものだから不思議なものだ。
「ミョウジさん!」
そう呼びかけられてはっと顔を上げると、宮さんが手を振りながらこっちに駆け寄ってくるのが見えた。
わぁお。私服の宮さん、想像以上にイケメンすぎる。
「待たせてもーたかな?」
「いえ、私も今来たところです」
「ほな、行きましょか」
まるでデートみたいなやりとりをしながら、ふたり並んで街を歩く。空は暗くなりはじめていて、夕焼けから夜に変わるグラデーションが綺麗だな、と思った。
「空、綺麗ですね」
「……ミョウジさん、俺が思った通りの人や」
「え? どういう意味ですか?」
「あのお茶の旨さが分かる人やから、自然の営みを尊ぶ人やなって」
「……それは宮さんの方ですよ」
「俺?」
「お米もお茶も、選ぶもの全て完璧なんですもん」
ふふふ、と笑い合いながら、予約してくれていたお店へとたどり着く。「わざわざ予約してくれたんですね」と言うと宮さんは、「ここ、北さんと後輩さんが最初に来た店らしいですわ」と言った。
「そんなにおすすめだったんですか?」
「……いや、ゲン担ぎっちゅーか……」
「……!?」
「……聞かんかったことにして下さい」
んんん!? ゲン担ぎ!?
そ、そ、それはどういう意味なんでしょうか!?
それから、私と宮さんは仕事の話や家族の話、バレーボールの話なんかをして盛り上がった。お店のご飯はとってもおいしかったけれど、宮さんのご飯の方がもっとおいしいな、なんて思った。
それでもおいしいご飯にお酒は合うもので、二杯目、三杯目、と次々にお酒が進んでいった。
……そういえば後輩ちゃんは、お酒飲まされて酔わされて襲われたって言ってたっけ。……これ、チャンスなのでは!? よし、いつもビールばかりだから、甘ったるい酔いそうなの頼んじゃえ。
……なーんて考えは甘かった。そうなのです。私、お酒強いんでした。
「ミョウジさん、お酒強いんですね」
なんて宮さんに言われてるし。そうです。お酒強いんです。ちょっとやそっとじゃ襲われません。
「あはは、可愛くないですよね」
そんなふうにまた、可愛くない返事をしてしまう。だめだなぁ、本当。どうすれば後輩ちゃんみたいに、可愛く振る舞えるんだろう。
宮さんに手を握られたのは、ネガティブ思考が巡りはじめたその時だった。
え!? 私、手を握られてる!?
「……そんなことあらへん!」
「……えっ」
「ミョウジさんはかわええですよ」
「あの……、それは……」
「ミョウジさん、俺……」
「お客様〜! 飲み放題の終了時刻となりますがラストオーダーどうなさいますか!?」
私と宮さんの間に割り込むように開いた個室のドア。店員さんがハキハキした声で注文を聞いてくる。
なぜこのタイミング!?
えええええええ!?
ちょ、今、いい感じだったよね!?
「そろそろ帰りましょか……」
宮さんがそう提案して、私も「そうですね」と答えていた。ふたり席を立ち上がり、会計へと進む。ご飯は宮さんが奢ると言ってくれたので、大人しくそれに甘えることにした。こうして何事もなく(?)、私たちの食事会は終わった。
「帰り、送って行きますよ」
「……じゃ、じゃあ、お言葉に甘えて」
そんなこんなで、結局うちまで宮さんが送ってくれることになったんだけれど。さっきの出来事があったせいで、帰り道はふたりとも黙ったままだった。まあ、駅からうちまで徒歩五分だから、たいした時間じゃないんだけれど。
「……送って下さってありがとうございます」
そんな簡単な言葉しか言うことが出来ない自分がもどかしい。本当は帰ってほしくないし、帰りたくない。けれども、今私は仕事モードの会話をするだけで精一杯だった。時間が経つのはあっという間で、いつの間にか私のマンションの前にたどり着いている。
「それじゃあ、また……」
そんな言葉を放ったその時。目の前にいる宮さんの顔が、真面目なそれに変わった。わ、背高いなぁ。
「……俺、ミョウジさんが分からへん」
「え?」
「ミョウジさん、俺のことどう思ってます?」
え? えええええ!? どうって!?
それって、そういう意味ですよね!?
「えっと……」
「ミョウジさんの気持ち知りたいです」
これはチャンスだと思った。今なら、宮さんに気持ちを伝えるチャンスだと。けれども喉はカラカラに乾いているし、上手く言葉が出てきてくれない。小さな声で、精一杯の言葉を絞り出す。
「……み、みやさんになら、……なにかされてもいいです」
「それ、本気で言うてます?」
「よ、酔ってないですから……、ん…っ…」
宮さんが帽子を外して、私の方に顔を近づけてくる。あ、と思った瞬間、唇と唇が触れ合った。
ちゅ、っと一度キスをされて、もう一度んちゅっと唇を吸われる。二回目は長いキスだった。世界中の時間がとまってしまったんじゃないかって思うくらい、長くて甘くて、ほんのりアルコールの匂いのするキス。身体じゅうが火照って、熱を帯びている。宮さんの背中に手を回して、私も夢中になってそのキスに応えた。
「……ん、はぁ…っ…」
「……今日はこれだけにしときます」
「……っ」
「今度そんなかわええ格好してきたら、襲いますから」
それじゃ、また。そう言って宮さんは、駅の方向へと帰っていく。私はしばらくその場から動けずにいた。
み、宮さん、ずるいよそれは。
その日見上げた空には、星がきらきらと瞬いていた。まるで浮かれてしまった私の心みたいだな、なんて、そんなことをただ思った。