あまくてにがくて青い15

〜2017 Autumn〜

 夜勤明けの翌日の、貴重な休日。出来ることなら一日寝ていたいし、のんびり過ごしていたいところなのに。どうしてだか今私は、体育館にいる。会場はほぼ満員で、間もなく始まる試合を皆心待ちにしているようだった。

「やっと折れたわねー」

 友人の声に、私はぽつりと小さな声で返事をした。

「かつてのクラスメイトの活躍を拝みにきただけだよ」

「元カレのね」

「……グリーンロケッツ応援しようかな」

「やめてよ、私アドラーズユニ買ったし」

 アドラーズユニに着替えた△△の横で、ぼんやりとコートを見つめる。応援に行った春高予選、テレビで見た春高本番。次々とあの頃の記憶が甦っては、鮮やかに色をつけていく。

 こんな隅っこの方に座っている私のことなんて、コートにいる影山くんからは見えるはずがないのに、隠れるようにして縮こまってしまう。それでも、クローゼットの奥に仕舞っていたお気に入りのワンピースを着てきたのは、きっと彼の存在が頭をちらついたからだろう。

 アドラーズに入ってからの影山くんは、ますます遠い存在になってしまった。雑誌やテレビで見かけることも増えたし、オリンピックにだって出場した。イケメンセッターだって騒がれてたっけ。

 きっと、きみは新しい生活に染まって、私のことなんかこれっぽっちも思い出さないんだろうな。そんなことをぼんやりと思った。

 私のスマホの写真ホルダーの中には、今でも体育祭で撮ったツーショット写真が残っている。削除出来ない理由は、私が一番分かってる。

 スマホも変えたし、連絡先も消した。なのに、この写真だけはバックアップまでとって残している。ああ、残酷だなぁ。残酷すぎるよ。あの時写真を撮ったことを後悔しても過去は過去。もう戻ることなんて出来ないのに、私はなぜ今ここにいるんだろう。

「あ、ほら。選手たち出てきたよ。わ、牛島選手だ!」

 △△の声に顔に、はっと我に返る。選手たちが登場しはじめて、彼らの紹介が始まった。生の牛島選手だ。背高いなぁ。星海選手も知ってる。テレビで見たから。すごいなぁ、本物だ。

 そんな風に感動したのはほんの一瞬で、数秒ののち、続けて登場した『彼』の姿に息をのんだ。時間が止まったような錯覚に襲われる。『彼』だけが、スローで動いているように見えて、私はしっかりと目を見開いた。

 なんで、視界が揺れてるの?

「ほら、出てきたよ」

 友人の声に答えられないほどに、身体が熱を帯びていくのが分かる。瞼の奥がじんと熱く重くなって、まばたきひとつすら出来なかった。

「うそ、ガチ泣き!?」

 そう言われるまで、自分が泣いていることを自覚していなかった。ようやくまばたきをひとつしたのと同時に、涙の粒がぽたりと降っていく。視界が滲んで、コートの中、ウォーミングアップを始めようとしている影山くんと目が合った。……ような気がした。

 目が合った、と思っただけかもしれない。観客席を眺めただけかもしれない。群衆の中のひとり、それだけかもしれない。ううん、むしろ確実にそう。だって影山くんは、今や日本中で人気の選手なのだから。

 対戦相手のグリーンロケッツの選手たちが登場して、試合開始のホイッスルが鳴り響く。

 ああ、もう。こうなるのが分かってたから、来たくなかったのに。

 好き。今でも、昔も、ずっと好き。忘れられない。好きで好きでどうしようもない。今もこんなにも好きだって認めてしまえば、もう前には進めないのに。認めたくなかったけれど、認めるしかなかった。だってこんなにも、涙が溢れて止まらない。

 桐生選手のスパイクを、リベロの人が拾いあげる。影山くんの手が柔らかに伸びて、片手がボールに触れた。ストン、とボールの軌道が弧を描く。見事なツーアタックに、観客席から拍手が起こった。

 ああ、本当凄いや、このひと。

 

 そのあとの試合は、ずっと泣きながら観戦していた。アドラーズ対グリーンロケッツの試合は、3:1でアドラーズが勝利した。