〜2014 Winter〜
はぁ、っと息を吐けば白い気体がもくもくと空へ向かって駆け上っていく。空はもう暗くなっていて、自転車置き場の電球の灯りだけが私を照らしていた。久々に影山くんと待ち合わせたこの日は、彼の誕生日だった。
アルバイトを始めた私と、春高に向けて毎日練習に励む影山くん。会える時間は教室だけになり、ふたりきりで待ち合わせることも少なくなった。
「お待たせ」
「ううん。部活お疲れ」
「もう遅いけど、飯でも行くか?」
「うん。親には遅くなるって言ってるし」
朝早くからの練習のため自転車で来た彼とは、今日はふたり乗りはしない。彼の黒色の自転車に並んで、私の錆びた赤色がのろりと走る。途中でバレー部の集団を追いこして、何やら冷やかされた。
私たちが訪れたのは学校近くのファミレスだった。高校生が来られるところなんて、せいぜいこんな場所。私はハンバーグを頼んで、影山くんはポークカレーに温泉卵をトッピングしたものを頼んだ。誕生日にポークカレーって、って私はおかしくなって笑ったんだけど、彼の好きな食べ物も知らなかったんだなぁ。彼の好きな食べ物を知ったのは、ずいぶん経って雑誌のインタビューをたまたま見かけた時だった。
私はきっと、深く彼を知りすぎてしまうことが怖かった。影山くんを知れば知るほど、離れがたくなるような気がした。春になれば、私たちは離ればなれになる。それが分かっているからこそ、近づきすぎてしまうのが怖かった。
それでも身体は恋心と欲に忠実で、手を伸ばしてしまう。この日もそうだった。帰り道の公園でプレゼントを渡したあと、無意識に抱きついてしまったのだ。ぎゅっと触れ合うと、彼のマフラーが頬に当たってちくちくした。冬の冷たい温度が突き刺さったまんまの身体が、彼に触れたいと叫んでいた。
「苗字さん」
「あっ、ご、ごめんね! 私……、こんなところで抱きついて……」
「苗字さん、俺……」
「……?」
「苗字さんのこと、拐いたい」
クリスマスのイルミネーションがちかちかと色を変えて、私たちの顔を照らす。影山くんの表情は真剣そうで、それでいて不安そうだった。緑、ピンク、青とイルミネーションが変わっていく。青い光を見て、花火大会で食べたかき氷と、私たちを照らした花火を思い出した。青春はあまくてにがくて青い、あの日分け合って食べたかき氷みたいだ。
イルミネーションが点滅する。冬が来た。春がすぐそばまで来ている予感がした。年が明ければ春高本番が来て、私たちは自由登校になる。新しい季節が来るのが怖い、変わってしまうことが怖いと本気でそう思った。
『苗字さんのこと、拐いたい』
だから、その言葉は私たちの意思が通じ合ってる証みたいに感じて、本当に嬉しかったんだ。
寒さで震えた声で、心の声を言葉にする。
「……私は、影山くんに拐ってほしい」
思い出なんていうものがあるのならば、この一瞬は思い出になってほしくなかった。今が今であってほしかった。ふたりの自転車を公園の駐輪場に置いたまま、手を繋いで走った。みんなが未来へと進んでいく中で、私たちだけが逆行している気分だった。
たどり着いたのは、さびれた繁華街の、古いホテルの一室。そこで私たちは、ほんの少しの逃避行を経験した。ほんの一瞬でいいから、現実から目を背けたかったんだ。彼も私も、きっとそうだだったんだと思う。