「お前は怖くねーのか?」
魚のうろこのような形をした雲を見つめる。自販機で買ったヨーグルト飲料がやたらと冷たく感じて、ああ、今日は寒いんだなと気がついた。
俺の隣で、日向はパンを齧っている。もぐもぐと咀嚼したあとに、「何が?」と不思議そうな顔で返された。
「ブラジルに行くんだろ」
「ブラジル? あー、海外に行くのは不安だけど、怖くはねーかな」
「そうじゃねぇ」
「? 何だよ?」
日向と恋愛の話をすることなんて、一度もなかった。それなのに勇気を振り絞ってこいつに相談を持ちかけたのは、境遇が似ていたからだ。
「……エンキョリレンアイっつーのか?」
「ぶふっ! 影山くんの口から恋愛!」
「うるせー」
「何? 俺相談されてんの?」
「ちげーし!」
日向は腹を抱えて笑いながら、残りのパンを口に詰め込んでいた。それをごくりと飲み込み、口を開く。
「怖くはねーよ。……地球の裏側っつったってさ、今はビデオ通話とか出来るべ? それに、たった二年だし。待ってるって言ってくれたし」
「……」
「影山くんは怖いんですか?」
怖くねーよ、とは言えなかった。しーんとその場が静まり返って、ヨーグルト飲料を啜る音だけが響く。数十秒黙ったその後に、日向が顔を赤くして口を開いた。
「お、俺もさ、影山に聞きたいことあんだけど」
「あ?」
「……ちゅーしたいとか、抱き潰したいとか思っちゃうのって変なのかな?」
「!?」
「苗字さんとどこまでした?」
「……教えねー」
「ハァ!? もーいい! もう影山くんには相談しません!」
怖くないと言いきれるこいつのことが、凄いと思った。待ってると言うこいつの彼女も凄いな、と思った。
苗字さんは、どうして待つとは言ってくれないのだろう。それはたぶん、俺たちがエンキョリレンアイを選ぶとしても、いつまで続くものなのか想像がつかないからだ。
それだけじゃない。俺も苗字さんも、東京を地球の裏側のように思っているんだと、そう思う。
『ビデオ通話とか出来るべ?』
俺はそんなに器用じゃない。バレーボールに、新しい日々に夢中になって、苗字さんと疎遠になってしまうだろう。苗字さんには苗字さんの将来があるし、俺にそれを邪魔する権利もない。
未来はいつも不透明で、ゆらゆらと揺れている。
春になれば全て終わるのだろうかと、ぼんやりと考えてしまう自分がそこにいた。びゅっと冷たい風が吹いて、俺の身体を震わせる。真っ赤に染まった葉が舞い散って、足元に着地した。頬が冷たい。
冬の足音がきこえる気がした。