あまくてにがくて青い14

「お前は怖くねーのか?」

 魚のうろこのような形をした雲を見つめる。自販機で買ったヨーグルト飲料がやたらと冷たく感じて、ああ、今日は寒いんだなと気がついた。

 俺の隣で、日向はパンを齧っている。もぐもぐと咀嚼したあとに、「何が?」と不思議そうな顔で返された。

「ブラジルに行くんだろ」

「ブラジル? あー、海外に行くのは不安だけど、怖くはねーかな」

「そうじゃねぇ」

「? 何だよ?」

 日向と恋愛の話をすることなんて、一度もなかった。それなのに勇気を振り絞ってこいつに相談を持ちかけたのは、境遇が似ていたからだ。

「……エンキョリレンアイっつーのか?」

「ぶふっ! 影山くんの口から恋愛!」

「うるせー」

「何? 俺相談されてんの?」

「ちげーし!」

 日向は腹を抱えて笑いながら、残りのパンを口に詰め込んでいた。それをごくりと飲み込み、口を開く。

「怖くはねーよ。……地球の裏側っつったってさ、今はビデオ通話とか出来るべ? それに、たった二年だし。待ってるって言ってくれたし」

「……」

「影山くんは怖いんですか?」

 怖くねーよ、とは言えなかった。しーんとその場が静まり返って、ヨーグルト飲料を啜る音だけが響く。数十秒黙ったその後に、日向が顔を赤くして口を開いた。

「お、俺もさ、影山に聞きたいことあんだけど」

「あ?」

「……ちゅーしたいとか、抱き潰したいとか思っちゃうのって変なのかな?」

「!?」

「苗字さんとどこまでした?」

「……教えねー」

「ハァ!? もーいい! もう影山くんには相談しません!」

 怖くないと言いきれるこいつのことが、凄いと思った。待ってると言うこいつの彼女も凄いな、と思った。

 苗字さんは、どうして待つとは言ってくれないのだろう。それはたぶん、俺たちがエンキョリレンアイを選ぶとしても、いつまで続くものなのか想像がつかないからだ。

 それだけじゃない。俺も苗字さんも、東京を地球の裏側のように思っているんだと、そう思う。

『ビデオ通話とか出来るべ?』

 俺はそんなに器用じゃない。バレーボールに、新しい日々に夢中になって、苗字さんと疎遠になってしまうだろう。苗字さんには苗字さんの将来があるし、俺にそれを邪魔する権利もない。

 未来はいつも不透明で、ゆらゆらと揺れている。

 春になれば全て終わるのだろうかと、ぼんやりと考えてしまう自分がそこにいた。びゅっと冷たい風が吹いて、俺の身体を震わせる。真っ赤に染まった葉が舞い散って、足元に着地した。頬が冷たい。

 冬の足音がきこえる気がした。