あまくてにがくて青い12

〜2017 autumn〜

 目を瞑ると今も鮮やかに思い浮かぶ。入道雲、焦げたアスファルトの匂い、錆びた自転車の回転する音、大きな背中。

 高校を卒業して専門学校に入って、そこを卒業したのが今年の春。就職した介護施設は肉体労働で、なかなかハードな環境だ。慌ただしい毎日は、ほどよく過去の記憶を封じ込めてくれる。

 夜勤を終えて仮眠をとったあと、高校の頃の友人の△△とカフェで待ち合わせをした。人と会うのは久しぶりだ。職場と家との往復が日常となっていたから、△△と会う約束は唯一の楽しみで、私の心を踊らせた。

 ひと足早くカフェに到着して、コーヒーを一杯注文する。こんな苦い飲み物も、お砂糖なしで飲めるようになった。もはや毎日の必需品だ。大人になったのかなぁ、と思う反面、学生の頃に縛られたままのような感覚に襲われるのも事実だ。

 スマホのカレンダーアプリで日付を確認して、ふうっとため息をつく。今日は仙台でバレーボールの試合が行われている。アドラーズのサブホーム試合だ。

 私は卒業してから一度も、彼の試合を見に行っていない。けれども試合の日程をいちいちチェックしてしまうのは、私が過去から抜け出せていない証拠なのだろう。

 影山くんの顔がぱっと浮かんできて、ぶんぶんと頭を横に振る。覚えている。いつも隣にいたあの顔を、こんなにもリアルに覚えている。

 コーヒーをひと口含んで、気持ちを落ち着ける。顔を上げたら、窓の外から手を振る△△の姿が見えた。

「お待たせ!」

「ううん、全然待ってないよ。久しぶり」

「名前が就職してから会うの初めてだっけ? 久しぶりだね、本当! 何頼んだ?」

「ブレンド」

「大人〜! わたしカフェオレにする」

 大学生の△△は、可愛らしいワンピースを着てバッチリ化粧をしているようだった。一方夜勤上がりの私はニットにジーパン。専門学校時代は少しはおしゃれをしていたけれど、今は全くだ。いや、彼がこの街を去ってから、そういうことに疎くなってしまったのかもしれない。

 甘ったるそうな色のカフェオレが運ばれてきて、△△がそれをごくごくと飲む。おいしそうに飲む彼女が可愛いなぁ、なんて思いながらコーヒーを啜っていると、△△はとんでもない言葉を口にした。

「名前さぁ、明日休みって言ってたでしょ? バレーボールの試合見に行かない? 二日連続で試合なんだって!」

 いきなりそんなことを言い出すものだから、飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになってしまう。ごほ、ごほ、とむせたあと、はーっと息を吐いて、「……行かない」とひと言で答えた。

「まだ引きずってんの? 影山のこと」

「そんなわけじゃ……! ……もう遠い存在だよ、彼は」

 そう、彼は遠い存在なのだ。

 いや、もしかすると昔から遠い存在だったのかもしれない。少なくとも付き合う前はそうだった。将来有望なセッター。同じクラスにいるだけで、自慢になっちゃうような。

 けれどもあの頃私は彼にいちばん近い場所にいた。当然だ。身体を重ねたのだから。

「ぶっちゃけさ、名前と影山ってどこまでいってたの?」

「ごほっ、ごほっ!」

「なーに、その反応! もしかして、初めての相手だったりー?」

「……」

「えっ、本当に!? やるじゃん、あいつ」

 私と彼はあの夏の日に身体を重ねた。秋が訪れてもそれは変わらず、時々会っては彼の部屋でそういう行為に及んだ。

 たった十七、八の私たちの好奇心は、とどまることを知らなかった。手を伸ばせば届くところにあった。お互いに手を取り合ってしまった。身体と身体をくっつけ合って、ぴっとりと重なった私たちは、あの頃、世界でいちばん近い場所にいたんだと本気でそう思う。

 せめて今だけはと、いちばん近い場所を求めていた。

 思い出してしまう。今でも、こんなにも鮮明に。