あまくてにがくて青い6

〜2014 summer〜

 いつからだろう。そばにいたいという気持ちが、苛立ちに変わっていったのは。

 少なくとも夏の間は、卒業なんて先のことのように思っていた。

 夏休みの間俺たちは、相変わらず週3ペースで係の仕事をしていたし、部活終わりに待ち合わせて無駄話をして過ごした。もちろん、自主練なんかは続けていたけれど。彼女はどれだけ遅くなっても、俺を待っていてくれた。

 俺はそんな時間が、永遠に続いてほしいと願っていたんだと思う。いや、永遠に続くものだと、勘違いしていたのかもしれない。

 あの夏確かに、彼女に恋をしていた。

「かーげやーまくん! 最近少しだけお帰りが早いようですが何してんの?」

 いつもと変わらない部活後の時間。日向が純粋な眼差しでそう質問した瞬間、月島は溜息をつき、山口は『あー……』と赤面した。なぜ山口が赤面するのだろう。意味が分からない。

「君いま面倒な質問したね」

 ぼそぼそと呟いた月島の言葉を聞いても、日向は頭の上に疑問符を浮かべている。俺は三人を無視して、彼女の待つ駐輪場へと急いだ。

「なんで無視すんの!?」

「だから日向、アレだよ、ほら!」

 日向が俺の後ろをついて来ているけれど、気にしないことにする。あいつは自転車通学だから、きっと自転車を取りに来ているだけだろう。なぜか山口までついてきて、日向にホラとかアレとか伝わらない説明をしている。駐輪場にたどり着き、彼女に手を振ったところで、ようやく日向も気がついたようだった。

「えっ!? 彼女!? まじで!?」

「だからマジなんだって! ほら、ジャマしちゃいけないからもう行くよ!」

「影山のくせになんかむかつく」

「ほら日向、ガリガリ君奢るからさ! も、行こ!」

 あいつ……、日向は、卒業したら一年間修行をして、それからブラジルへ渡るらしい。東京に比べたら遥かに遠いその地。ブラジルなんて地球の裏側だ。それでもこの時の俺は、東京のことを地球の裏側くらい遠くに感じていた。地の果てのように遠い場所なんだと。

「苗字さんって、進路決まってんっすか?」

 日向と山口が去っていくのを見届けてから、彼女の方を見る。女子にしては身長は低い方ではないはずだが、隣に立つと随分と小さく感じた。そんな彼女のことを、可愛いな、と純粋にそう思った。

「私は仙台の専門学校。この前決まったの。推薦で」

「推薦……」

「委員会活動とかしてたからかな? 内申点だけはいいんだ」

「委員会……っすか」

「ね、その敬語やめよ?」

「……ああ、分かった」

 俺は彼女のことを何も知らなかったんだな、と思わされる。知っていたのは顔と名前だけで、部活も委員会も、どこに住んでいるかだって、何も知らなかった。知りたかった。知りたいと思った。だからこの頃の俺は、彼女に変な質問を繰り返していたと思う。

「苗字さんどこ中なんっすか?」

「ほら、また敬語」

「あっ、どこ中?」

「△△中」

「何委員会?」

「去年は一年間、美化委員長してたよ」

「何部?」

「テニス」

「意外だな。色白ぇし」

「ふふっ、さっきから影山くん、質問ばっかり」

 知りたいことだらけなんだから、仕方がないだろ。そう思った。

 影山くん、と呼びかける声が好きだった。柔らかく弧を描く瞳が好きだった。笑うと下がる眉毛と、長い睫毛が好きだった。彼女のぜんぶが、好きでしょうがなかった。

 ずっとそばにいたいと思った。手を繋いだままでいたいと思った。抱き合ったままでいてもいいとすら思った。きっと彼女も、そう思っていた。

 けれども時間は残酷で、あまくてにがくて青い夏は、一瞬にして過ぎ去っていく。

「ねぇ、影山くん」

 彼女が、柔らかい声で俺の名前を呼ぶ。すっかり暗くなった空には夏の星座が輝いていて、夜風はすこしだけ涼しかった。

「花火大会、一緒に行きたいな」

 昨年の夏、部活終わりにみんなと行ったその花火大会。今年の夏は『恋人』と行くのだと思うと、なんだかむず痒かった。

「……行く」

「嬉しい! 浴衣着て行くね」

 自分が恋愛なんてするとは思っていなかったし、望んでもいなかった。バレーボールがあればそれでいいと思っていた。バレーボール以外に、自分の中に欲があるなんて知るはずもなかった。

 かわいい。愛しい。抱きしめたい。そばにいたい。キスをしたい。くっついていたい。

 色んな感情がどんどん増えていって、追いつけなくなりそうだった。彼女は、俺にたくさんの感情を教えてくれた大切なひとだ。

 心にブレーキなんて、かけられるはずもなかった。