〜2017 autumn〜
目覚ましを何度か止めて、三回目のスヌーズで身体を起こす。コーヒーを淹れている間に顔を洗って、着ていた寝巻きを洗濯機に放り込んだ。洗濯物を回すのは夜でいい。狭いワンルームの部屋に戻って、テレビをつけた。その瞬間に飛び込んでくるのは今日も東京の天気で、いやでもあの人のいる場所を想像させられる。
「あっちは雨か……」
窓から外を覗くと、こちらの天気はくもり空。少し肌寒くなりそうだな、とカーディガンをひっぱり出す。ここ数日で、コーヒーをホットに変えた。秋は人恋しくなる季節だ。そして、温もりを思い出す季節でもある。
朝食を済ませると簡単なメイクを施して、玄関へと向かった。おしゃれでもなんでもないスニーカーに足をつっこんで、部屋をあとにする。自転車にまたがって10分もすれば、職場である介護施設に到着する。
高校生の頃乗っていた錆びたママチャリにはもう乗っていない。ひとり暮らしをはじめた時に、実家に置いてきたからだ。今はきらきら光るシルバーのボディが、私の相棒だ。
「寒っ」
まだ10月だというのに、吹いてくる風は冷たい。かと思えば夏日になる日もあるので、天気が読めなくて困ったものだ。
秋の風はせつない。夏が終わったような、そんな感じがする。まあ、その通りなんだけど。
そういえば、昔も同じことを思っていたな、と彼にかけた言葉を思い出した。
『なんだか秋の風ってせつないよね。夏が終わったって感じ』
涼しい風が吹き込む彼の部屋で、私は確かにそう言った。彼は不思議そうな顔をしていた。もう三年が経つのに、今でも鮮明に思い出せるのはなぜだろう。
「……いつまで引きずってんのよ、ばか」
自転車のペダルの回転が緩やかに変わっていく。職場の駐輪場に自転車を停めると、鍵をかけてコンクリート造りの建物へと向かった。
「名前ちゃん、今度合コン行かない?」
女性の先輩にそう話しかけられたのは、ロッカーで着替えをしている最中だった。合コン。そういえば、そういう類のものには参加したことがない。参加したいかと聞かれれば、答えはノー一択だった。
「やめときます」
「なんでー? 彼氏いんの?」
「今はいないですけど……」
私の顔を見た先輩は閃いたような顔をして、それからにやりと笑った。
「はーん、分かった。忘れられない男がいるんだ?」
「……っ」
「ほーら、図星。名前ちゃんかわいー」
どうしてだか、違うとは言えなかった。忘れてる、なんて言ったら嘘になる。夏、秋、冬、春。季節が巡るたびに、私はきみといたあの日々を思い出す。
私の心は今も、三年前のあの頃に縛られたままだ。自分から切り出したくせに。思い出すくらいなら、しがみついてしまえば良かったのに。けれどもあの頃の私には、どうしてもそれが出来なかった。
東京が、地球の裏側くらい遠くに思えていたのだろう。もしかすると今も、そんな風に思っているのかもしれない。
ねぇ、影山くん。もしもあの時私が手を掴んだままだったら、きみはどうしていた?
ありもしない『もしも』を考えては、自分の馬鹿さに呆れてしまう。
好きだったんだなぁ。本当に。