七月下旬。夏休み三日目。月曜日の午前十時、……まであと五分。今日の天気は晴れだ。楽しみすぎて早く学校に着いた私は、教室から窓の外を眺めた。第二体育館の方から、練習着姿の影山くんが校舎へと走ってくる。
来た。
手鏡を片手に、髪の毛が乱れていないかチェックして整える。ついでにリップを塗っておこう。目立ちすぎない程度に。
慌てて鏡を鞄の中へとしまったところで、影山くんが教室に現れた。
「苗字さん、お待たせ」
「影山くん、おはよう」
「はよっす」
「水やり先にしておいたから、これから日誌つけよっか?」
「あざっす」
そんなやり取りをして、私は日誌を開いた。七月◯日、月曜日、天気は晴れ。当番、影山・苗字。『影山』って本人の前で書くのがなんだか照れくさかったけど、頑張って出来るだけ綺麗な字を心がけた。
「苗字さん、字綺麗っすね」
「えっ、本当!?」
「影山って字、俺よりぜんぜん綺麗」
「あ、ありがとう……」
影山くんが私の字に興味を持ってくれたことか嬉しくって、舞い上がってしまう自分がいる。興味を持ったのかだって分からない。ただ会話を探していただけかもしれない。ううん、でもきみは、女子とふたりきりになったからって無理矢理会話を探すひとじゃないよね。なんて、期待してしまう自分がいる。
影山くんって、女の子に興味あるんだろうか。無さそうにしか見えないけど。彼が恋愛したら、どんな風なんだろう。ちょっと、いや、かなり興味がある。
「影山くんってさ……、彼女とかいるの?」
気がついたら、声に出ていた。
「カノジョ?」
「あっ、いや、影山くんモテるからさ! いるんだろうな、って思って……」
「いないっすよ」
「でも、この子可愛いな、くらい思ったことあるでしょ?」
「……あー、それはある……」
「あるんだ……」
そうなんだ。そうだよね。可愛い子なんていくらでもいるんだもん。思ったことくらいあるよね。そう自分を納得させつつも、ずとん、と重いものが心を支配していくのが分かった。
思っていたよりも、この恋心は苦しさを伴うものらしい。
影山くんの言葉を気にせずにいようと、シャーペンを走らせることに集中した。汗で紙と手がひっつく。ああ、べたべたするの、やだな。影山くんなんか、試合で汗かいててもかっこいいのに。
「……苗字さんとか」
「え?」
なんのはなし?
唐突に投げかけられた言葉に、目が点になる。影山くんは少々会話が苦手なようだ。主語と述語って知ってる? わたしが、どうしたの?
「苗字さんとかに、思う」
「は……」
「あー、忘れて下さい」
わたしたち、さっき、なんの話をしてた?
……可愛いとか思うって、そういう話だよね? え、なに、いまの。
「あ。苗字さんにばっか書かせて俺何もしてねぇ」
「いっ、いいよ、簡単だし! もう書き終わったし!」
「あざす。じゃ、また水曜」
そう言うと影山くんはひょいっと片手を挙げて去っていった。心臓がばくばくする。まるで坂道をかけ上ったあとみたいに。からだが熱くて苦しくて、きゅうってなって、どうしようもない。
私、影山くんのこと勘違いしてた。女の子に興味なさそうだって。ストレートな言葉は言わないって、そう思ってた。
その日から、影山くんと私の距離は爆速で縮まりはじめた。