高校最後の夏休みは、物凄いスピードで駆け抜けていった。たった週三、されど週三。私たちは係の仕事で会う度にたくさん話をした。
影山くんはやはり口下手なようで、私から話しかけるのがほとんどで。部活の話とか、好きな食べ物の話とか、恋愛とは関係ない話ばかりだったんだけど。それで十分だった。だって、最初の日みたいなこと言われたら、身が持たないんだもの。
影山くんはプロのバレーボールチームからお声かけがあったらしく、高校を卒業したらプロ入りするのがほぼ決定らしい。
将来有望なセッターなんだって。全国に行ったんだって。可愛いマネージャーさんと一緒にいるところ見たよ。影山くんはそんな噂が飛び交う、私にはちょっと遠い存在だった。でも、好きになったんだから仕方がない。だから、簡単な委員の仕事でも飛び上がるくらいに嬉しかった。
「プロチームって、どこにあるの?」
「ホームが東京で、サブが仙台っす」
「じゃあ、影山くんは東京に行っちゃうの?」
「そーっすね」
「東京……、かぁ……」
東京。新幹線で行ける距離だけれど、私たち高校生にとってはとても遠い。その距離を思うと、ついため息をこぼしてしまいそうになる。寂しいなぁ。
熱風が吹いてくる教室の中で、べたつく汗と戦いながらシャーペンを滑らせる。いつからだろう。恋することがこんなに苦くてせつないものになったのは。けれども、甘くて嬉しいものでもある。
「……俺も書く」
「ありがと」
影山くんの長い睫毛が下を向いて、顔にちいさな影をつくる。かっこいいなぁ、とただそんなことを思った。
その日は体育館の点検日だとかで、影山くんの部活は休みだった。黙々とノートにペンを滑らせる彼が眩しくて、つい目を細めてしまう。ぬるい空気と、上昇する温度が、私の恋心を急速にあたためていく。ふいに顔を上げたら、影山くんと目が合った。
「苗字さん」
そう呼びかけられて、どくん、と胸が高鳴った。影山くんの耳が少し赤い。それからたぶん、私の耳も赤くなってると思う。
一瞬、沈黙が広がった。
窓から吹くぬるい風と、はためくカーテン。トントン、とシャーペンの先でノートをたたく音がする。そこに書かれていた文字に、私は目を疑った。
『好きです』
あんまり綺麗じゃない癖のある字で書かれた、影山くんの精一杯の言葉。震える指先で、私もシャーペンを走らせる。
『わたしも』
その瞬間。ふっと影がおちてきて、彼の顔が近づいてくる。ああ、このひとのこと、私は勘違いしすぎてた。本当はばかみたいに純粋に、恋心に忠実なんだ。自分の心を、ごまかすことなんてしない。とても真っ直ぐなひと。
「まって、ここじゃ無理……っ」
震える声で伝えた瞬間、手を握られた。
「日誌、途中で放り出していいっすかね?」
「いい……、と思う」
私たちは机の上に日誌を開いたまま、教室の窓も開け放ったままで教室を飛び出した。影山くんにしっかりと握られた手をふり解けずに、彼について走る。夏休み、だれもいない校舎、それでもまだ、誰もいない場所を求めていた。
走って、走って。校舎の裏の誰もいないところまで、上履きのままで。はやく、はやく、と私たちの心は焦るばかりだった。はやく、はやく、もっと触れ合いたいと。
陽の当たらないその場所も、地面はじりじりと焼きついていて、私たちの顔を火照らせる。
青い夏。三十五度超えの気温。灼熱の太陽。焦げたアスファルトの匂いと、焦燥感。はやく、はやく、と手を伸ばしたきみの夏服。
きゅ、っとその裾を掴んだら、影山くんの顔が近づいてきた。
唇と唇が触れる。かさついてるけど、少し湿っているそこは、あたたかくて熱い。私たちは校舎の裏で何度もキスをした。もっと、もっと、と瞳で伝えたら、また手を握られた。
いつから私はこんなに欲に忠実になったんだろう。きっと、影山くんのせいだ。
影山くんの提案に乗って、私たちは自転車置き場へと向かった。数台しか停まっていない寂しい夏休みのそこにある、私の赤色のママチャリ。影山くんが前に乗って、私がうしろ。錆びた匂いのする自転車は、ふたりの思い出になる。
ねぇ私たちさ、たった三十分の委員の仕事も放り出して。きみの家まで走ったね。私の自転車でさ、ふたり乗りなんていけないことして。
でもね、私たち。もっといけないこと、しようとしている。