ワールドエンドの恋人⑤

Riii:『男の子に手を握られた!? それってもう確実じゃん』

『握られただけだよ』

Riiii:『フェスに誘ってきたのも向こうからでしょ? しかもロックミリしらなのに!? それって絶対気があるんだと思うよ!』

『うぬぼれな気がする』

Riiii:『好きになった!? 彼氏出来ちゃうの!?』

『そんなんじゃないから』

 幼馴染に相談したのは軽率すぎたかもしれない。けれども誰かに相談しないと落ち着いていられないし、思考が絡まってどうにかなっちゃいそうだった。音楽関係の友達とは次第に疎遠になってしまったけど、幼馴染だけはどんな私でも対等に接してくれる。ありがたい存在だ。

 あれは、一体何だったのだろう。なんのつもりで手を握ったのか、見当もつかない。知り合って間もないし、こんな私を好きになるはずなんてない。ユーチューバーって、チャラいのかな。でも、それ以上何もなかったのは本当に言葉通りだった。あれから連絡もないし。

kenma:『ゲーム好き?』

 なんて思っていたところにメッセージが届いたのは、タイムリーすぎて見張られてる? って思ってしまったくらい。しかも切り出し方が読めなさすぎる。いきなり、ゲーム好き? って。どうやら女の子の扱いには慣れてなさそうだ。

『あんま興味ない』

kenma:『じゃあちょうどよかった』

『なにが?』

kenma:『素人にゲームさせてみたらっての、バイトでどう? 一回だけだし画面映すだけだから』

 バイトのお誘いですか。一年前まではカフェと居酒屋のバイトを掛け持ちしていたけれど、どちらも聴き取りが必須なので辞めてしまった。聴力に関係のないバイトを探してはいるけれど、なかなか条件に合うものが見つからない。フェスでグッズや何やら買ってしまったし、おこづかいがほしいのは切実な悩みだ。

『やる』

 秒で即答したら、向こうからも秒で返事が返ってきた。複数の中から日時を選んでほしいという内容に、暇だからどれでもと返す。そうしたらまた数秒後には指定された日時と、都内にしては端の方にある住所が送られてきた。

 軽々しく返事をしたけれど、男の子の家にあがるんだよね。自宅? 事務所とか? スタッフもいるのかもしれないし、二人きりとは限らない。それでもあの日を思い出して、少し軽率だったかなと反省した。

 あれは、きっとただの気まぐれ。

 それをまた幼馴染に相談したら、爆速で駆けつけてきた。おまけに下着から服装から、髪型まで指導されてしまって余計に混乱する。

 これでもまだ、約束の日まで世界は続いているのかな、なんて考えているのに。

 ゾンビが出たなら、こういうところに逃げ込むんだろうな。そんな感じのほどほどの田舎、大学生が住んでいるとは思えない一軒家に研磨くんは住んでいた。まあ、私はさっさと自分からゾンビになりに行くんだろうけど。

 私がプレイしたゲームは、ゾンビなんて出てこない小学生でもプレイ出来るくらい簡単なものだった。私でもタイトルを聞いたことがあるくらいポピュラーなそれで遊んでいる間、研磨くんはずっとお腹を抱えて笑っていたけど。

「そんなにおかしい? あっまたこの変な亀出てきた!」

「ここまで才能あると思わなかった」

「才能?」

「面白すぎるでしょ」

 結果、KODZUKENを大ウケさせるレア動画が撮れたらしいけれど、知ったこっちゃない。こちらは真面目にプレイしていただけだというのに。おかげで男の子の部屋にいる緊張感も、解れた気がした。ひとまずアイスコーヒーで乾杯。乾いた喉が潤って心地いい。

「お疲れ」

「KODZUKENってこういうゲームもするんだね」

「これ、おれが最初に覚えたゲームだから」

「そうなの? 昔からあるよね」

 なんて普通に会話が弾む辺り、彼はこの前のことを特に気にしていないように思える。意識しているのは私だけなのだろうか。男の子に免疫がないし、あんなことをされたら気にしないわけにはいかない。好きとか、そういうのとはまた違う次元の話なんだろうけど。

「どうして私を誘ったの?」

 ふと、気になってそんなことを聞いてみた私がバカだった。初心者そうだからとか、暇そうだったからとか、そういう答えを期待していた私の心を、彼は斜め上からぶん殴ってくる。まるで侵入者のように、隙間から顔を覗かせてくるのだ。

「うーん、気が紛れるかと思って」

「?」

「この世の終わりみたいな顔してたから」

 カラン。氷がしゅわしゅわと溶ける音が、頭を貫く。こんな音が気になるのは初めてだ。

 私、そんな顔してた?

 それよりも、世界なんて終わっちゃえばいいのになんて考えていた心の奥底を、読まれたような気がして情けなくなる。それが真実だから余計に。だったらもう、この世界に音を連れてくるようなことはしないでほしい。きみと出会えてちょっとだけ、周りの景色が鮮やかになったなんてこちらは認めたくないのだから。

 研磨くんが、続ける。

「ボカロは聴いたことある?」

 相変わらず思考が読めない人だ。ゲームの話をしていたはずなのに、どうしてボカロの話に飛ぶんだろう。天才型の人って頭の中に思考がポンポン浮かぶらしいから、そういう類なのかもしれない。きっと彼もそうなんだろう。

「そういうジャンルは知ってるけど、聴かない」

「こうして、自分で機械で曲作って歌わせるの。これはちょっと興味本位でダウンロードした無料のソフトなんだけど。おれには向いてなかったみたい」

「こっちの曲作れるソフトは知ってる」

 機械音声に興味はない。音楽をしている時は生音にこだわっていたし、生音こそ音楽の醍醐味だと思う。アプリを使うこともあったけど、曲を作る時に少し使っていただけだ。機械が歌うなんて、それを作った人の思考が理解できない。

 けれども、数秒後に鳴り始めた音楽は、私の頭の中に土足で踏み込んできた。いや、入ってきたのは研磨くんなのかもしれない。いつもそう。ほんの少し開いた隙間から、ひょこっと顔を覗かせては知らないうちにそこにいる。そんな感じ。

「この曲知ってる?」

「知らない」

「わりといいでしょ?」

「そうだね」

 この前のフェスの時と同じやりとりが、今度は研磨くんから私へと向けられる。こんなに趣味も思考も違うのに、何か共通しているものがあると感じてしまうのはなぜだろう。

 音が回り始める。パソコンの周りからブゥンと鳴る機械音すら眩しい。音楽が、空気が、それから彼が、鮮やかに色をつけて漂っている。胸の奥がとくん、とくんと鳴って、それさえも音の波に乗っかっているようだ。なんだろう、この感覚。BPM速すぎだし、到底生音では実現出来ないような旋律だし、めちゃくちゃじゃんなんて思うのに。心が加速してどうしようもない。

「鳴らしたい音があるんじゃないの?」

 なんて言う彼に、また手を握られた。ドキドキするのはきっと、速度の速い音楽を聴いているせい。ボーカロイドの高い声はすんなり耳から入ってきて、心の奥底にすとんと着地した。

 それでも、世界の終わりに聴くのは生音ロックがいいけど。