夕方土砂降りになった雨は、スケジュールを遅らせてしまいには中止にさせてしまったらしい。ぽつぽつと降り始めた時点で、帰ろうと提案したのは正しかった。それでもシャトルバスを降りる頃にはどしゃ降りで、駅の構内まで走る間にずぶ濡れになってしまったんだけど。
「なんで雨降るって分かったの……。予言?」
「予言なんて出来たら、世界が終わる日当ててると思う」
「それは知りたくないかも。……寒」
「びしょ濡れになったね。うちわりと近いけど、来る?」
「……それ、どういう意味?」
「? カゼひいちゃいけないからって、そういう意味でしかないでしょう?」
他に何の意味があるのだろうか。そう答えたら、何かがツボにハマったのか、研磨くんはふふふと笑いはじめた。わりと表情豊かなんだな、と一日いっしょに過ごして思ったけど、考えていることはやはりよく分からない。
「じゃあ遠慮しない」
また猫目に見つめられたから、ふっと逸らした。高揚感はそのままだし、熱はこもったままだ。頭の中では音楽が鳴り続けている。
結局どしゃ降りはうちに着いても続いたままで、靴まで泥だらけ。ひとりなら行ったことを後悔したと思うけど、そうならなかったのは研磨くんのおかげなのかもしれない。まだ音がループしている。
「おじゃまします」
「そっちバスルームだから。これ、タオルと着替え使って。終わったら二階に来てね」
お父さんの服はさすがにイヤかなと思って、前にライブで買ったぶかぶかのTシャツを手渡した。ほしいサイズが売り切れで、それでもどうしても欲しくて買った男性用のLサイズ。二回着たけど私だと指先が隠れるほどだぼだぼで、ずっと飾っていたものだ。こんなところでまた使う機会が訪れるとは思っていなかった。
私が着替え終えた頃、自室の扉から研磨くんが顔をひょこっと覗かせた。雨の音がする。男の子にしては華奢な方だと思っていたけれど、私のだぼだぼTシャツがちょうどいいみたいで、この人も男の子なんだなと実感する。ていうか、下パンツ一枚だし。
そこではっとした。
『それ、どういう意味?』
先程の研磨くんの言葉がフラッシュバックする。あれ、そういう質問だったのか。同時に軽率すぎる自分の行動に呆れて、彼の方を見ていられなくなってしまった。
「部屋に男あげていいの? 俺こんな格好だし」
「だっ、だって、研磨くんだし。乾燥機回したから、乾くまでいていいよ」
「おれだからって、どういう意味?」
「有名ユーチューバーは軽々しいことしない」
「まあ、しないけど」
そこまで言って黙るなんてずるいし、私もなんて返せばいいのか分からないから困ってしまう。雨の音がうるさい。うるさすぎるくらいに感じてしまうのは、耳がこうなってから初めてのことだ。入れたばかりのエアコンが回転しはじめる。機械音なんて、気にもならなかったのになんで。
「雨、凄いね」
それだけつぶやいた研磨くんが、すこしずつ私の方に近づいてくる。まあ、しないけど。そう言ったのは間違いない事実なのに、ばくばくして仕方がない。ほどよい筋肉のついた腕が、すっと伸びてくる。
指先が、そっと私の指先に触れた。するりと撫でられて、そのまま指を絡められる。一歩後ずさりしたら、それを引き戻すかのように手を握られた。
だって、なにもしないって。しないけどって。そう言ったのに。
手を握られた。たったそれだけ。それだけのことなのに、冷えていたはずの体が急激に加熱されていく。熱でも出ちゃうのかな、なんて思うくらいには。
いつまでそうして黙っていたのか分からない。乾燥機の鳴る音にはっとするまで、しばらく手を繋いだままでいた。
雨はいつの間にか上がっていた。