ワールドエンドの恋人⑥

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 一瞬音楽を聴いただけで、ブラウザの検索履歴がこんなことになってしまっているから単純だ。ひとまず無料のソフトをダウンロードして、手持ちの曲のリズムを鳴らしてみる。これは、私がバンドを組んでいた頃に作った曲だ。

 恋なんてよく分からずに作った恋愛ソング。今聴くと結構めちゃくちゃだし、歌詞なんて酷すぎる。恋愛ってたぶんこんなもんじゃない。まあ、恋愛なんて今でもよく分かってないけど。

「ここ、こうアレンジした方がいいかも」

「あー、ここギター走らせたい」

「もう最初から練り直した方がよくない?」

 ひとりごとを言いながら夢中になるなんて、まるで小学生だ。けれども楽しいのは最初のうちだけで、そのうち躓いてしまうのはよくあること。音楽作りってそんなに簡単にいくもんじゃない。そうして気がついたのは、私には新しい曲を作れないということだ。

 だって、私の見ている世界は静かで、まるでセピアがかったみたいに暗いから。

『こんばんは、KODZUKENです!』

 きっときみが見ている世界は、きらきらしているんだね。

 もう、彼には会わないようにしよう。土足で踏み込まれるのはもうイヤだ。こんな私にも何か出来るんじゃないかって期待して、こうして現実という壁に直面するだけ。それでも一瞬だけ楽しかったな。

 世界が終わる時には、ちょっとだけきみのことを思い出すね。

kenma:『海が綺麗なところに行こう』

 もう会わないようにしよう。その決断から一週間もしないうちにそんな文面が届いたから、暇つぶしに観ていた映画の画面をうっかり消してしまった。突然なに。いつも変な文面をいきなり送ってくるから、混乱してしまう。せめて挨拶や主語を入れてほしい。

『行かない』

kenma:『なんで』

『女の子誘うの下手すぎ』

kenma:『慣れてないからしょうがないと思う』

『ユーチューバーって遊んでるんじゃないの?』

kenma:『それって偏見。女の子と付き合ったこととかないし』

『ちょっと遊んだことはあるでしょ?』

kenma:『他の子に興味ないもん』

 そんなやりとりに、すこしだけ浮ついた気持ちになってしまうのはなぜだろう。研磨くんに彼女はいないし、いたこともない。そんなわけあるか。本当は遊んでて、手を出しやすい子を狙ってるだけ。たぶん誰でもいいから、週刊誌とかに言わなさそうな無難な層を狙っている。私の有名人に対するイメージはこんな感じ。この変に浮かれた気持ちに引っ張られてはいけない。

kenma:『今から暇?』

『今から!? もう夕方だけど』

kenma:『一時間で迎えに行けると思う』

 行くなんて言っていませんが。

 けれどもまあ、いずれ世界が終わるのなら、ちょっとくらい遊んでおくのもいいかもしれない。男の子の経験ないし、淡い思い出程度にはなると思う。この体がどうなっても構わないし。例え襲われたとしても、この世に後悔なんてない。

『分かった』

 期待なんかしていないはずなのに、服装を決めるのに数十分要した。胃の奥が浮かび上がるような変な気持ちになってしまうし、そんな自分が単純すぎて心底呆れる。

 これ以上、私の頭に音を掻き鳴らさないでほしい。

 オレンジを纏った空には星が煌めいて、すこし走るだけで海は色を変える。サンセットドライブなんて初めてだ。それよりも、研磨くんが運転出来ることに驚いたけど。

 BGMはボカロでもロックでもなくて、たぶんレゲエと呼ばれる分類の音楽。どうしてこれをチョイスしたのか尋ねたら、「ドライブ おすすめで検索した」って返ってきてちょっと笑ってしまった。ネット信頼しすぎ。

 なんかちょっと高そうな海鮮丼だとか、デザートのジェラートだとかを食べて、高台の公園で海を眺めながら少し休憩。観光スポットの神社を参拝なんかもした。もはやデート。なんか楽しくなってしまったけど、思い出にするにはちょうどいい。好きになっちゃいけないと、そこだけ心に留めておけば。

「門限とかあるの?」

「特にないよ。前は夜ライブしてたし、行ってたし。日付変わって帰るなんてざらだったから」

「じゃ、海行こう」

「さっき行かなかった?」

「夜の海も綺麗って知らない?」

 知らないし、そんなに海に興味はない。けれども胸の奥は変な旋律を奏でるので、いさぎよくそれに従ってみることにした。思い出したのは暇つぶしに見たアニメ映画のワンシーン。彗星が降ってくるシーンが綺麗で息をのんだ。その時感じたのは、こういう終わり方がいいかもな、なんて下らない願望だ。どうせなら、ゾンビに襲われるよりも綺麗なものを見ながらの方がいい。それくらいの願望は持っていいと思う。

 どうやら彼が気に入ったらしく、ドライブシーンにぴったりすぎるレゲエ音楽をエンドレスリピートしながら、海岸線を走った。次第に暗くなっていく空が、オレンジからピンク、ピンクから青、青から藍へと染まっていく。境界線が曖昧なグラデーションは、まるで絵画みたいだなんてちょっと感動してしまうからずるい。

 車を停めた頃にはすっかり空は暗くなっていて、なんだか宇宙空間にいるみたいなそんな感じ。このまま彗星でも降ってくれればいいのに。

「あっち、行こ」

 車から降りた途端、また手をぎゅっと握られた。なんでこう、掻き乱してくるかなぁ。体内で血がどくどくと巡っているのが分かる。研磨くんといると、どうしてだか生きていることを実感してしまって、どうしようもない気持ちになってしまう。ああ、私今、生きてるんだって。

 駐車場から道路を渡って、防波堤に腰をおろした頃には、もうすっかり体は汗ばんでいた。手は繋がれたままだ。

「なんで手繋いだの?」

「おれがしたかったから」

「私、すごい手汗かいてる」

「そんなのおれもだから気にしない」

「なんで、繋ぎたかったの? 寂しがり屋?」

 すっと顔を上げたら、海のむこうにたくさんの船の灯りが見えた。ぽつぽつと、帯のように連なっているそれを見て、いつか見た大洪水の映画を思い出した。私はその船には乗らないだろうけど。彼が乗るのなら、乗らないでほしい、一緒に終わりを迎えてほしいと乞うのかもしれないな。そんな考えに呆れて笑いが出る。

「分からない?」

 そう聞かれて、はっと我に返った。いま、なんの話をしていたんだっけ。それが、手を繋ぎたい理由の話だと思い出す頃には、彼の空いた方の手が頬に触れていた。繋がれた手に力が込められる。

 キスされるのかな。

 ばくばくと、胸の奥が爆音を奏でる。まるで音楽の祭典状態。音が弾ける。鳴る。うるさいくらいに響いている。これは私の脈? それとも彼の脈? 分からない。さざなみが音を立てる。また私の中に音を鳴らして響かせて、世界を鮮やかに染めるんだ。この人は。

 世界の終わりにはちょうどいい。

 明日、世界が消えてしまったらどれだけいいだろう。すこしだけ目を瞑る。国道を走っているらしい車のライトが、瞼の上から侵食してきた。静かだ。わずかに機能している右耳が、ブォンと鳴った情けない機械音をとらえる。

 世界なんて終わってしまえばいい。ここに来てまでまたそんなことを考える私に、きみはやさしく触れて笑うのかな。

 それでも、たしかにあの日、私の世界に音が回りはじめた。紛れもない真実だ。

 ぐらり。

 突然だった。

 その瞬間、突然視界が揺らいで、私の胸の音は違うものへと変わった。目眩だ。ばくばくして、呼吸の仕方が分からなくなってしまう。

「? どうしたの?」

「やだやだ、怖い!」

 ちょうど一年前の夜、私を突然襲ったあのひどい目眩を思い出す。世界なんて終わってしまえばいい。そう思っていたはずなのに、今は音が消えてしまう恐怖で体が震えてしまう。

「過呼吸? これ、息吸って吐いて」

「っ……、はっ、」

「落ち着いて」

「っ、はぁ、はぁ…っ…」

 頭の中で、あの日がフラッシュバックする。そう、ちょうどこんな熱帯夜のことだった。視界が揺れる。呼吸の仕方が分からない。

 もう、このまま消えちゃえばいいのに。