農家の北さん7

 デートの日曜日はあっという間に訪れた。お気に入りのワンピースを着たのは、可愛く見られたいからじゃない。ただ、なんとなくだ。

 約束の時間に、北さんは車で私を迎えに来た。今日は海の方まで行くらしい。この前は仕事の付き合いのつもりで行ったけれど、今日のは『デート』という名目。その響きだけで、緊張してしまう自分がいる。いや、緊張しないわけないでしょう。

「〇〇ちゃん、お待たせ」

「……む、迎えに来て下さってありがとうございます」

「そんなかしこまらんでええよ。今日はデートやし」

「はぁ……」

「ほな、行こか」

 おじゃまします、と助手席に乗り込み、シートベルトをつける。先輩の車の助手席ならよく乗るけれど、男性の隣となるとかなり緊張してしまう自分がいる。

「〇〇ちゃん、そのワンピース、かわええな」

「えっと、あ、ありがとうございます……」

「海の方、行ったことある?」

「そっち方面は入社したての頃先輩について行ったんですけど、海は初めてです」

「そか。よかった」

 北さんの車の中は私がこの前聞いたラブソングが流れていて、好きなのか聞いてみたら、よく分からないから弟くんにおすすめを聞いてみたと笑って話していた。流行りの曲に疎いところが彼らしいな、なんて、北さんのことをよく知りもしないのにそんなことを思ってしまう。

 それから私たちは仕事の話だとか家族の話、宮さんの話、北さんがしていたバレーボールの話なんかで盛り上がった。前回の飲みはあまり覚えていないし、北さんってあまりお喋りなイメージないから会話が続くか心配だったんだけれど。そんな心配はいらなかったみたいだ。

 まぁ、会話がなくても気まずくはならない安心感みたいなものが彼にはあるんだけれど。

 しばらく進むと海が見えてきて、□□海岸と書かれた看板が目に飛び込んできた。有名な観光スポットらしく、海沿いに人がずらっと並んでいる。夏休み時期なこともあり、泳いでいる人もたくさんいた。

 乗り気じゃないデートだったけれど、さすがに綺麗な景色を見るとテンションが上がってくる。海沿いにカップルがたくさんいるのは気にしないことにして、とりあえず景色を楽しもうと思った。

 車から降りると潮風がびゅんと吹いてきて、私の髪を乱した。眩しい景色に自然と目を奪われる。ぼーっと海を見つめていると、北さんが助手席側に回ってきて、「行こか」とやさしく囁かれた。私の手に北さんの手が絡まる。ぎゅっと手を握られて、私はまた心臓が爆音を奏でるのを感じた。

 て、て、手を、握られてる!?

 この前酔っ払ったときも握られたけど、今は完全にシラフだ。こんなの、カップルじゃん。北さんの方を見上げると、彼は平然とした顔をしているように見えた。

 みんな北さんのこと、真面目でお堅い人って言うけど、本当なの? 北さんってやっぱり二人いるんじゃないの?

 そんなことを考えながら、手を繋いで海の方へと横断歩道を渡る。防波堤沿いには、数メートルおきにカップルが並んでいて、デートスポットでもあるんだなと把握した。

 あ、これ、もしかして。

 私の予感は的中。北さんは、防波堤沿いに並ぶカップルとカップルの間の空いたところまで行くと、そこで立ちどまった。

 ああ、ほら。こんなの本当に恋人同士みたいじゃない。握られた手が熱い。たぶん、手に汗かいてる、私。

「俺、普段あんまし緊張せぇへんのやけど」

「?」

「〇〇ちゃんとおると、めちゃくちゃ緊張するわ」

「緊張……、してるように見えないですけど」

「今とかめちゃくちゃ緊張しとるよ?」

 隣のカップルがキスをしているのが見える。反対側にいたカップルも、くっついてハグをして、イチャイチャしはじめた。どこを向いたらいいのか分からなくて、真っ直ぐに海を見つめる。晴れた夏の海は青くてきらきらしてて、この季節を詰め込んだみたいだ。

 繋いでいた手が、ぱっと離れる。離れた一瞬で、手のひらの汗をワンピースの裾で拭った。

 どきどきしていた。どうしてだか分からない。分からないけれどたぶん、隣にいるこの人のせいだ。

 北さんの身体が、私の方に近寄ってくる。後ろから包み込むようにぎゅっと抱きしめられて、猛暑日の熱が身体中に吸い込まれていった。

 熱い。身体中が熱い。それはきっと、真夏のせいなんかじゃない。

「なぁ、〇〇ちゃん」

「ひぇ、ひゃ、はいっ!?」

「……好きやで」

「!? えっと……」

「な、俺と付き合うてくれへん?」

 好きや、好きなんや。

 そう耳元で囁かれて、身体が沸騰してしまうかと思った。強くぎゅっと抱きしめられて、どうすればいいのか分からなくなる。えっと、えっと。

「わ、わたし、北さんのことどう思ってるのか分からなくって……」

「ん、今はそれでもええよ? 少しずつでも、好きになってもらえればええ」

「えっと……」

「俺、絶対〇〇ちゃんに俺のこと『好き』やて言わせたるから」

 この人の自信はどこから来るんだろう。そんなこと言われたら、断れるはずなんかない。

「な? 俺と付き合うて?」

「……わ、分かりました」

「ええん?」

「……はい」

 どきどきして、身体が飛んでいってしまいそうだと思った。北さんの顔を見ていられなくて、防波堤のコンクリートを見つめる。北さんの顔がすぐそばにある。今上を向いたらいけないような気がした。

「〇〇ちゃん、俺の顔見て?」

「えっ……と」

「上向いてくれんと、キス出来ひんのやけど」

「キッ……!?」

びっくりして顔を上げたその瞬間。北さんの唇が、私の唇に触れた。唇を挟むように啄まれて、ちゅ、っとリップ音が鳴る。何度か角度を変えてそれを繰り返されて、目を閉じることも出来ずにされるがまま動けずにいた。

 ~! し、舌入れられるかと思った!!!!

「イヤやった?」

「イヤじゃない……です」

「よかった」

 それは本当。北さんのこと好きなのかまだ分からないけれど、イヤじゃないと思った。でもね、北さん。やっぱりあなた、攻め攻めすぎると思うのです。

 そのあとは砂浜を歩いて、海の見えるお店でランチをして。海の見える展望台まで登って、そこでまたキスをされて。

 帰る頃にはすっかり夕暮れだったんだけど、車を降りる時にまたキスをされた。

「〇〇ちゃん、今日はここまでにしとくわ」

「はぁ……」

「次会う時は、覚悟しといてな」

「~!?」

 帰り際にそんなことを言われて、私の身体はまた熱に包まれていく。それって、どういう意味なのでしょうか!?

 こうして私たちはお付き合いをすることになった。今日が記念日やな、って言われたので、帰るなり手帳にハートマークを付けてしまうあたり、自分の気持ちが分からなすぎる。

 帰ってからもやっぱり、心臓は爆速で音を奏でていた。