「〇〇ちゃん、歩けるか?」
「もう飲めましぇん~、せんぱいぃ」
「俺は先輩やあらへんで」
「お酒弱いのにいっぱい飲んでごめんなさいぃ」
「せやな、じゃあ、お詫びに次はデートしよか」
「分かりましたぁ~」
ふわふわと身体が宙に浮いているみたいで、私の気分は高揚していた。いつの間にかタクシーに乗っていて、いつの間にか私の住むアパートの前にいて。いつの間にか水を飲まされていて。
あれ、なんで北さんが隣にいるんだろう。そう思った瞬間に、手をぎゅっと握られて、私は現実世界に舞い戻ってきた。目の前には、私が住むアパートの壁が見える。
ん? なんでうちの前にいるの? あ、そっか。北さんと飲んでて……。
え!? 手、握られてる!?
「〇〇ちゃん、そんなんやと取って食われるで」
「ひゃあ!? 北さん……! すみません私、記憶飛んでて!」
「せやけど今日はとりあえず、何もせんでおくわ。大事な仕事相手やもんな」
取って食われる。今日は何もしない。……。
ひえぇ!? どういうことですか、それ!?
北さんはそう言うと、そっと私の顔にその端正な顔を近づけた。あまりに近すぎる距離に、眩暈を起こしてしまいそうになる。
わ、なに……!?
北さんの唇が耳元に近づいて、そっと囁かれる。
「ほな、またな」
北さんはそれだけ言うと、大きく手を振って帰っていった。
ひぇ。ひええええぇ。……キス、されるかと思った! 本当に! 何なのぉ!?
そのあと、いつ連絡先を教えたのか、私用のスマホに北さんからメッセージが届いた。そこに書かれていたのは記憶にない『デート』の約束で。
『次のデートは海にしよか』
絵文字なしでシンプルにそう綴られていた。次、仕事でどんな顔して会えばいいんだろう。
胸の音は爆速で変なリズムを刻んでいた。きっと、これはアルコールのせいだと、そう思うことにしておいた。
「で!? どうだった!?」
月曜日、出勤した私を待ち受けていたのは、先輩たちからの質問攻めだった。内容はもちろん、先輩たちが太鼓判を押している北さんとの食事についてだ。
「私、酔っ払ってあまり覚えてないんです……」
「〇〇ちゃんお酒弱いもんね~? で、何か進展あった!?」
「何もないですよ~! あ、うちまで送ってくれましたけど」
「えっちした!?」
「エッ……!? してないっ! してませんって!」
いきなり生々しい質問が飛んできて、つい焦ったような回答をしてしまう。先輩たちは「怪しい~!」と言いながらニヤニヤしてこちらを見ていた。
本当に、何もしてないんだけどな。……意味深なことは言われたけれど。
「次はいつ北さんに会うの?」
「次は水曜に写真を撮りに行って簡単な取材をして、その次は◇◇先輩と一緒におにぎり宮さんでの対談ですね」
そう答えると◇◇先輩は動きを一瞬とめて、顔を真っ赤にしてこう言った。
「わ~、〇〇ちゃん宮さんに会っちゃうのか~!」
「宮さんがどうかしたんですか?」
「……めっちゃイケメンなの」
頬に手を当ててぼけーっとする◇◇先輩。どうやら先輩は、今は宮さんに夢中のようだ。他の先輩たちも「宮さんはガチイケメン!」と騒いでいる。◇◇先輩はうちの地域情報誌のバックナンバーを取り出すと、『おにぎり宮』の掲載されたページをぱらりと捲った。
「ね、北さんとどっちがタイプ!?」
「た、確かに宮さんもイケメンですね」
「ね、ね、どっち!?」
「……どっちかと言うと北さんかなぁ」
「ほーら! そうなんじゃん!」
キャー! と先輩たちが高い声をあげて、私をからかう。どっちかと言うとって言っただけなんだけど。好きになったとか、そんなんじゃないし。
それより、また仕事で北さんに会うのかぁ。会いづらいなぁ。『デート』についてはあれから連絡ないけれど。なんて、ついつい北さんのことを考えてしまう。
けれども仕事はひっきりなしに降ってくるもので、バタバタしている間に、取材の水曜日が訪れていた。