農家の北さん3

 週末は一瞬のうちに訪れた。わざわざ神戸まで来てくれるなんて、きっと彼は優しい人なんだろう。

 居酒屋が並ぶ駅前エリアで待ち合わせをしていた私は、約束の五分前にその場所に着いた。たぶん先に着いちゃったかな。そう思って周りを見渡すと、駅前のモニュメントの前に立っている北さんを見つけた。

 わお、五分前行動。先輩たちが言っていた『きっちりした人』って、本当なのかもしれない。この前会った時は作業着だったけれど、今日はシンプルな服装をきっちりと着こなしている。確かに、イケメンなんだよなぁ。

「あのぉ、こんばんは……」

 恐る恐る声をかけてみる。すると北さんは顔を上げて、目を細めて爽やかに笑った。

「〇〇ちゃん。こんばんは! 今日はありがとう」

「いえっ。こちらこそ、遠いところありがとうございます」

「ほな、店行こか」

「はい」

 北さんについて、繁華街をてくてくと歩く。道路側を歩いてくれる辺り、出来る男ではありそうだ。駅から歩いて二~三分のところにある店に入ると、北さんは「予約していた北です」と店員さんに伝えていた。

 北さん、わざわざお店予約してくれてたんだ。行き当たりばったりじゃない辺り、やはり真面目な人なのだろう。

 店員さんに通されたのは小さな個室で、照明は薄暗くいい感じの雰囲気の空間だった。

 ……えっと、こういう時って私が手前に座るんだよね。

 私がきょろきょろして座れずにいると、北さんが「奥行きぃ」と言ってくれたので、雰囲気に流されてそのまま奥の席に腰をおろした。

 北さん、気が利く人だな。そう思ってぼんやりしていた次の瞬間、私は一気に目が覚めることとなる。

 まさかの、北さんは向かいの席でなく私の隣に座ってきたのだ。肩と肩が触れそうな位置にある。まだお酒も飲んでいないのに、身体が急激に熱を帯びていくのが分かった。

 えっ!? 近い! 近い! なんで隣!?

「今日な、ほんまは知り合いの店に行こうかて思うてんけど」

「はっ、はぁ……」

「〇〇ちゃんみたいな可愛え子、他の男に見せたくない思うてやめたわ」

「ひぇ!?」

「仕事やない時は、〇〇ちゃんて呼んでもええ?」

 もう呼んでるのでは!? そう思ったけれど、声が声にならない。ドッドッと心臓が音を立てているのが分かる。

「えっ、えっと……、これは仕事のお付き合いなのでは……」

「俺が他ん人の誘い乗らんの、知っとるやろ?」

 ひえええぇ!?

 一体、なにが起きているの!? この人真面目でお堅い人なんじゃないの!?

 私はわけが分からなくなって、とりあえずアハハと笑ってごまかした。ええい、ここは酔っぱらってしまえ! 女の子らしい可愛いドリンクなんて頼まずに、生ビールを注文する。どくどくと速まる胸の音をごまかすかのように、私はビールをごくりと飲み干した。頭がふわふわして、緊張が解けていくのが分かる。

 それからのことはあまり覚えてない。途中まではこれまでの経歴だとか、家族のことだとか、色々話をしたのを覚えているんだけれど。後半の私の記憶はぷつりと途切れていた。