おにぎり屋の宮さん10

 しばらく道なりに走っていくと、目の前の景色が変わりはじめた。きらきらと光るたんぼが広がる、数ヶ月前まで私が担当していた地域だ。前回後輩ちゃんと来た時は青々とした田んぼが広がっていたけれど、今は育った稲穂が広がっていて、あの担当変えからもう数ヶ月経ったんだなと思わされる。ふと後部座席の方を見ると、後輩ちゃんがはっとした顔で、「宮さん、この道……」とこぼした。

「あはは、分かってもうた?」

 せつないような、どこか寂しそうな顔をしている後輩ちゃん。そんな彼女の頬が、次第に赤らんでいく。さぁ、今は先輩モード。今日は私と宮さんの日じゃなくって、後輩ちゃんと北さんの日なんだから。

 後部座席の方を振り返りながら、アドバイスをするように後輩ちゃんに語りかけてみる。

「〇〇ちゃんさ、もう自分の気持ち分かってるんじゃない?」

「……」

「今日、稲刈りの手伝いだから。頑張って。ね?」

「はい……」

 本当は、後輩にアドバイス出来るような素敵な先輩なんかじゃない。好きです! のあとにおにぎりが……、なんて言ってしまうくらい、意気地なしの私。稲刈りが終わったら、もっとちゃんと自分の気持ちを伝えたいな。それから、宮さんにも。この関係に名前をつけてもらわなくちゃいけない。とにかく今は、後輩ちゃんの幸せを祈るだけだから。

 宮さんがハンドルを右に切る。田園風景の中を進んでいくと、北さんが大きく手を振っているのが見えた。後輩ちゃんが泣きそうな顔をするものだから、私と宮さんは顔を見合わせて笑った。

「治、ミョウジさん、〇〇ちゃん!」

 宮さんが窓を開けると、北さんの声が飛び込んできた。後輩ちゃんの目からぽろぽろと涙がこぼれる。宮さんが車を田んぼに横付けするように停めて、宮さんからの合図で私と彼は同時に車を降りた。少し遅れて、後輩ちゃんがゆっくりと車から降りてくる。

「〇〇ちゃん!? なんで泣いとるん!?」

「きたさ…っ…、えっぐ、ひっく」

「〇〇ちゃん!?」

「会いたかっ、会いたかったです…っ…」

 後輩ちゃんが、北さんの胸に飛び込む。北さんは、後輩ちゃんをぎゅっと抱きしめて、その頭を撫でていた。宮さんと目を合わせて、車の影に隠れる私たち。宮さんとふたりで隠れていると、なんだか共通の秘密を持ったみたいで胸の奥がドキドキと高鳴った。

 田んぼの真ん中に、後輩ちゃんの声が響く。

「きたさん…っ…、すき、すきです、だいすきです…っ…!」

「ん、知っとるよ」

「……!?」

「〇〇ちゃん俺のこと好きって、分かっとったよ」

「ひえぇ……!?」

「だって〇〇ちゃん、好きでもない男に抱かれんやろ?」

「うう……」

「なぁ、〇〇ちゃん」

「はい」

「俺のお嫁さんになって?」

「!?」

 思いも寄らぬ言葉が聞こえて、宮さんとふたりはっと顔を見合わせる。宮さんは目を丸くしていて、「……俺も見習わなアカンな」と言った。見習うって、私との関係のことなのでしょうか?

「……そうですよ、宮さん慎重すぎ」

「えっ!? ほんまにそう思うてます?」

「……もっとチャラいかと思ってました」

「……ミョウジさんには、チャラくなりきれへんねん」

「もっとチャラくなっても……、いいですよ?」

 どくどくと胸が高鳴る。いつもより少し大胆なセリフを吐けるのは、今しがた生のプロポーズを聞いてしまったからだろうか。

 宮さんの指先と、私の指先が触れる。今朝みたいに、もう一度……。

 そう思ったその時、後輩ちゃんの声が「はい」と聞こえた。それがプロポーズへの返事だと把握して、ガタっと立ち上がり車の影からふたりを覗き見る。

 顔を上げれば、田んぼの真ん中でキスをしている後輩ちゃんと北さんの姿。思わずかーっと顔が赤くなってしまう。隣を見たら、宮さんも顔を赤くしてふたりを見守っていた。

 人のキスシーンなんて結婚式以外で見ることはないので、ドキドキしてしょうがない。どう振る舞えばいいか困っていると、宮さんがパチパチと拍手をしはじめた。私もつられて手を叩く。ふたりがこちらを向いたので、私たちは隠れていた場所からふたりの元へと歩み寄った。

「北さんが恋愛になるとこんなに積極的なんて、俺知りませんでしたわ」

 宮さんが北さんに声をかける。その顔はやっぱり赤らんでいて、どこか照れているようだった。

「治はもうちょっと積極的にならなアカンな」

「!?」

「ま、頑張り? 応援しとるよ」

 北さんはそう言うと、私と宮さんの顔を交互に見比べて、にやりと笑った。全て見透かされている気がして、かあっと身体が熱くなる。宮さんの方を見たら、赤くなった顔を手で覆いながら「今こっち見んといて下さい」と言われた。

 うん、私も今こっちを見ないでほしいな。だってたぶん、私も顔が真っ赤だと思うから。