わたしはとても疲れました。合宿とはとても体力を使うらしいです。お風呂で眠りかけてしまうほどには。わたしたちがこんなに疲れるのならば、きっと部員さんたちはもっと疲れているんでしょう。
お風呂の帰り、体育館の前を通ったらまだ練習をしているひとたちがいて、わたしは怯んだ。ひえぇ。体力オバケ。
「何してんの」
「ひぇ!?」
突然届いた男の子の声に、びくりと身体が跳ねる。恐る恐る振り返ると、同じくお風呂上がりであろう孤爪くんが立っていた。
「お、お、お風呂に入ってただけ! です!」
「まあ、見れば分かるけど」
「こ、こ、孤爪くんはもう練習しないの?」
「あーいうの苦手」
「で、ではおやすみなさい!」
「ねぇ」
去ろうとしたら、手首をぎゅっと掴まれた。
!?
何事!?
五月のすこし冷えた空気が、わたしの乾いていない髪に触れて肌寒い。そのはずなのに湿度と温度は急激に上昇していって、やっぱり雨が降るのかな、と思った。
わたしの手を掴む孤爪くんの握力が、だんだん強くなっていく。男の子の手だ。
「その格好で校内うろつくつもり?」
「はへ?」
「合宿だし男だらけなんだけど」
「?」
何の話をしているんだろう。合宿だし男だらけなのは当たり前のことだ。格好? なにが? わたしなんか変な格好してる?
「……お花柄じゃないんだ」
ぼそり、とそう聞こえて、はっと気がついた。私が着ているのは白のほぼ無地T。もう寝るだけだからと、下着の上にそのまま着たのでいつものキャミソールは身につけていない。無地Tの下にあるのは、ちょっとでも脱お子ちゃましたくて、あーちゃんといっしょに選んだ黒の下着だけ。
なんで黒。
「ひ! つまらないものを見せてしまってごめんなさい!」
「これ、羽織る?」
「お、お言葉に甘えて! ご、ごめんね!」
「いいもの見れたし」
「い!? や、つまらないものでしかないけど……」
音駒と書かれたパーカーを差し出されて、遠慮なくそれを受け取った。慌てて羽織ったけれど、見られたものは見られたもの。ていうか、孤爪くんでもそういうの目に入っちゃうんだ。わたしでいいものなんて言うんだったら、他の子だったら鼻血吹いてると思う。
ひええぇ。穴があったら入りたい。
「ふーん、可愛いね」
「か、からかわないで」
「からかってるつもりない」
「こ、こ、孤爪くんは……」
「なに」
「わ、わ、わたしのこと、どう思ってるの?」
なんて、勢いで聞いてしまった。
珍獣? それとも宇宙人? からかって楽しい存在?
わからない。彼のことがわからなさすぎる。
面白いだとか、新しいだとか、きっと彼はそういうことを言うんだろうな、なんて。勝手なイメージでそう思ってしまう。そもそも、そんな考察が出来るほど彼のことをよく知らない。
でもね。わかるのは、あなたがいつも斜め上をいく回答しか言ってこないってこと。
ちらりと孤爪くんの顔を見上げたら、また企んだような顔で微笑まれた。
「そういうふうにしか見てないけど?」
ほらまた、予想の斜め上すぎる答えが降ってきた。若葉のにおいがする。頭上には無数の星。なんだか少女漫画みたいなシチュエーションで、彼の指と顔が近づいてきた。
な、なに!?
意思に反して、自然と目を瞑ってしまう。
「とれた」
「え……?」
「睫毛」
まっ!?
……ちゅーされるかと思った。
「ひええぇ、びっくりさせないで……」
「なんで目瞑ったの?」
「な! なんでって!」
「もしかして、キスされるかと思った?」
「〜〜〜!!!!」
図星すぎるし、それをごまかせない自分を恨んでしまう。その通りです。キス顔見せましたごめんなさい。
もう本当、何回穴に入ればいいのだろう。
「試してみる?」
「え」
孤爪くんの指が再びわたしの頬をなでる。すり、すりとなぞられて、また顔が近づいてきた。
な、な、なにこれなにこれ!? どうすればいいの!?
「アッ」
唇が触れる寸前、第三者の声に孤爪くんの動きがとまった。声の方に顔を向けると、そこにいたのは頬を真っ赤に染めた日向くん。見られた!?
「えっと、なんかジャマしたごめん!」
そう叫んだ日向くんの声が大きすぎて、体育館の中にいた人までこっちを見てしまっている。孤爪くんの手はわたしの頬に触れたままだ。なにこの展開。
「おやすみなさい!」
それだけ叫んで、マネ部屋まで一気に駆け抜けた。お風呂に入る前たしかに存在していた、夜の校舎怖いなんて気持ちはもうどこかに消えてしまっている。ただ火照る体と、のぼせてしまった脳になやまされるだけだ。
それ彼ジャーじゃん、なんて他のマネちゃんから突っ込まれる試練が待ち受けているなんて、知るよしもなかった。