暑い。暑すぎる。
空は快晴。風は生ぬるく、人々の歓声を運んでくる。それと共に聴こえてくるのは、私が楽しみにしていたバンドの演奏と、ボーカルの歌声だ。救護室で貰った氷水を額に当てながら、テントの中でひとりその歌声に耳をすませる。今頃仲間たちはみんな、前の方で楽しんでいるんだろうな。そう思うと、バテてしまった自分が情けなくてしょうがなく思えてくる。折角大好きな黒尾さんと、一緒にフェスに来られたのに。
そんなことを考えながら寝返りを打ったところで、テントの中に光が射し込むのを感じた。
「名前ちゃん、調子はどーですか?」
「黒尾さん!? みんなと一緒に行ったんじゃなかったんですか!?」
「んー? そろそろのんびり聴こうかなって思って。ん、顔色いいじゃん」
身体を起こすと、先程よりも頭がすっきりしていることに気がついた。火照ってはいるけれど。
「ハイ。コレお土産」
手渡されたのは、しゅわしゅわと泡が立ったレモネードだった。彼の手には、生ビールのカップ。手元にあった水はすでにお湯と化していたので、ありがたくてしょうがない。
「ありがとうございます」
「ビールは水分じゃないから、名前ちゃんはそっちね」
「もう干からびちゃいそうです」
「じゃ、乾杯」
「乾杯」
カップ同士を合わせると、レモネードの炭酸が鮮やかに弾けた。しゅわしゅわと湧き立つ泡は、止まることなく浮かび上がる私の恋心のようだ。口に含むと、ぴりっと喉の奥が焼けるように響く。BGMは片想いをうたった、せつない恋の歌。流れるように響く音が、私の胸の音と重なる。
「黒尾さんは優しいですね」
「卑怯な男だよ、俺は」
「卑怯?」
「好きな子がバテてるところにつけ入るような、そんな男」
「!?」
「さ、元気そうだし外で聴きましょーか? この曲好きでしょ」
今、なんと言われたのだろうか。黒尾さんがビールを片手に少し微笑んで、テントをはらりと開く。射し込む光は、私には眩しすぎた。もうちょっと、ふたりきりでいたい。夏の魔法は、私を少しだけ大胆にさせる。
「……もう少しここにいて下さい」
彼の腕を掴むと同時に伝わってくる熱。この熱は暑さのせい? それとも私のせい? 分からないけれど、黒尾さんの顔が真っ赤に染まるのを見て、後者であることを確信する。私も卑怯な女だ。
「ふたりきりでいたいから……」
きっと私も彼も、夏にのぼせてしまっている。片想いの曲が終わって、始まったのは永遠の愛を誓う歌。飲み干したレモネードのカップは、音も立てずに転がっていった。
30
2023.8