「あの、会うたびするのって変ですかね」
卒業以来何度か訪れていた体育館。その隅でスポーツドリンク補充の手伝いをしながら、私は思考を巡らせていた。
する? するって、もしかして、そういう系の話?
隣にいるのはふたつ年下の可愛い後輩マネージャー。小さくて可愛らしくって、そんな話はしませんって顔をしている彼女の口から、「する」とかいう言葉が出てくるとは思っていなかった。だから一瞬固まってしまったけれど、私が処女だと悟られるわけにはいかない。なぜなら自分は、いわゆる頼れる先輩キャラだからだ。
「えっと、するって……エッチのこと?」
「きゃー! そんなハッキリ言わないで下さいっ!」
「え、研磨とエッチしたの?」
「そ、そ、そりゃ、付き合ってますから」
「ちょっと〜、早く教えてよ〜」
んんんん!? んんんんんんん!?
性欲なんてありませんって顔をしている可愛い後輩その一と、そういう系の話は無理です! って顔をしている可愛い後輩その二が、あ、あ、会うたびしている……!? ですと!?
「そ、それで、会うたびって変ですかね……?」
「えっ!? あ、あ、うーん、いーんじゃない!?」
知らん! 知らんよ! だって私処女だもん! しかも片想いこじらせたゆえの処女だもん! でもそんなこと絶対に言えない! 黒尾のために大事に処女とってるなんて言えるはずがない!
「先輩は彼氏さんとする時、どーなんですか?」
「そーいうのは人によるものでしょ」
なんて、余裕ぶった表情で説いてみせる。私、彼氏いないどころか処女なんですけど! 経験ない歴イコール年齢なんですけど!
「さすが先輩! そうですよね! 周りと比較する必要なんてないですよね! あ、でも」
「ん?」
「きのう、黒尾さんに見られてしまって」
「ファ!? な、な、何を!?」
「その、研磨くんちで、してたら入ってきて」
「ヒェ!?」
「ごめん、また来るわって言って去っていったんですけど……、謝った方がいいんですかね? 黒尾さん、気にしてなさそうでしたけど……」
待て。待て待て待て待て。入ってきたの!? どんなパーソナルスペースだよ。……っていうか、黒尾、気にしてなさそうだったってそういうの慣れてるからかな? 絶対童貞じゃないよね。一番に卒業してますって顔してるし。処女って重いのかな。
「さ、さすがにそういう場面は経験ないな〜」
「先輩でもですか!?」
「人がいきなり入ってくるとかないでしょ〜! 気にしなくていいんじゃない!?」
「そうですよね! ありがとうございます」
後輩は満面の笑みで礼を言うと、彼氏の元へと駆けていった。いいなぁ。可愛いなぁ。……っていうかあの可愛いカップルが……、へぇ、へぇええぇ。や、焦ってないですよ!? 後輩が先に大人の階段昇ってたからって焦ってないですよ!? 大学生で処女だからって焦ってないですよ!?
……うそ。たぶん、かなり焦ってる。私。
とりあえず、顔出したんだし黒尾に挨拶してこよ。主将だし。まぁ、下心がないって言ったら嘘になるんだけど。
そうして向かった片想いの相手の元。そこには先客がいて、何やら相談を持ちかけているようだった。黒尾と話していたのは、私と入れ替わりで入ってきたハーフの長身イケメンだ。
何話してんだろ。背後から、こっそりと聞き耳を立ててしまう。しかし、聞こえてきた言葉は想像していなかった類のもので、思わず声を発しそうになってしまった。
「その、……黒尾さんって、彼女さんと初めてしたときどう誘いましたか?」
ハ!? この人何聞いてんのおおおおお!? 今部活の休憩時間! した時、ってそういう話ですよね!? 何なの! どいつもこいつも発情期なの!?
一方の黒尾は、ひょうひょうとした顔でオトナに返答をしている。
「こんなこと黒尾さんにしか相談できないんっすよ」
「そーいうことは自分で考えるのがオトナでしょーが」
「黒尾さん! さすがっす!」
そう答えたのを聞いて、心の奥が黒いもので埋めつくされていく。
黒尾、慣れてるのかな……。そう答えたってことは、経験あるってことだよね? しかも、ひとりやふたりじゃなさそうだし。
なんだかなぁ、もう。でもさ、これって、私みたいな処女でも相手にしてくれるかもしれないってこと!? もしかしてチャンスなのでは!?
っていうかね、四割くらいはもしかして両想いなんじゃ? と思ったことがあるのですよ。黒尾、私に優しいし。たぶん思わせぶりなんだと思うけど、四割、四割くらいはこれ両想いだよね? って思ったことがあるわけなの。これは、攻めるチャンスなのでは!?
「なーんの話してたの?」
去っていったリエーフくんを見送って、恐る恐る黒尾の元へと近寄る。黒尾は私の顔を見ると、ぺこりとお辞儀をして「名前さん、お疲れ様です」と言った。キュン。相変わらずカッコイイ。
「いっちょ前に主将してんじゃん〜! で? 彼女とする時どう誘ったの?」
「そんなこと聞いてどーすんですか」
「んー? 私が黒尾に襲われる時の参考にしようと思って」
わー! 言ってしまった! 言ってしまった! 黒尾はたぶん、これくらい余裕のある女の方が好き。でも騙すのはフェアじゃない。だから、ここは処女を武器に使うしかないと思うのです。処女は重荷でもあるけれど、武器にもなると思うから。
「いや、先輩の方が慣れてるでしょ」
「好きな人のためにとってる、って言ったら?」
「は」
「ごめん、引いた?」
あー、ちょっと攻めすぎたかな? けれども目の前の彼は、きょとんとした顔で私を見ている。あれ、こんな顔の黒尾初めて見るかも。
きっと彼は女慣れしているし、経験豊富だ。九割はそう思っていたけれど、もしかするとに賭けていた自分もいる。つまり。その。実はウブだといいなっていう私の願望。
「何を、って顔してるね」
「ちょっと、何言ってるのか理解できないですね」
「大学生で経験ないっておかしい? 黒尾のためにずっと処女でいるんだけど」
真っ赤に染まっていく彼の顔を見て、私は心の中でガッツポーズを決めた。嘘。本当に? そんなことってある?
「……俺も先輩のためにとってましたから」
「へ!?」
「今夜辺り、どーですか?」
まさかの期待通りすぎる展開に、もう余裕ぶることもできない。これ、何回も頭の中で妄想したのだ。嘘でしょ。夢でも見てるのかな、私。
熱を持った顔を、縦に振ることで答える。見たこともない顔をした黒尾と、真っ赤になっているであろう私。熱気のこもった体育館の中で、ふたりの関係性が変わったことに誰も気づいていないだろう。
たぶん、きっと。今夜私は、彼とひとつになる。