あんのクソ男、女をホテルに置き去りにして帰るなんてありえない! 6800円のきっちり割り勘分、3400円が置かれていたことだけはありがたい。……わけねぇだろ、ばーか。もう二度と会うもんか。
「すみません。もう閉店なんです」
ヤること済ませてお腹が空いた。そう思ってくぐったおにぎり屋ののれんの向こうに見えたのは、かなりのイケメンお兄さん。いい匂いが残っているというのに、閉店。はぁ? ていうか今何時? 首から下げたスマホをタップして、終電を逃したことを知る。
「? あの、閉店なんです」
「お兄さん、イケメンだね♡」
「はぁ……?」
「ねぇ、終電逃したから、泊めてくんない? もちろんご奉仕するよ?」
自分で言うのもなんだけど、顔は可愛い方だと思う。っていうか、夜のお誘いして断る男なんかいないし。
上目遣いでお兄さんの顔を見上げる。わ、背高い。スポーツでもしてたのかな? 筋肉質だし、これ絶対エッチ上手い人だ。これは今夜が楽しみだ。
なんてワクワクしていた私の額に、突如お見舞いされたデコピン。いった。え、何? 何されたの!?
「お姉さん、学生やろ?」
「◯◯大だけど?」
「むっちゃ頭ええやん! なんでそんななん?」
「そんななんって、何? お兄さんのお相手してあげるって言ってんの」
「自分大事にしぃや」
「わぁ、そんなこと言う人本当にいたんだ」
驚いた。百戦錬磨です、って顔をしているのに、まさかの真面目系? 童貞ですか? それより遊びすぎて落ち着いた系?
「タクシー代貸すから、帰りぃ」
「タク代くらい持ってるよ。帰りたくないの。別に待ってる人なんていないから。父親は飲んだくれてるし、母親は帰ってこないし」
「……入りぃ」
「は?」
「おにぎり二個でええ?」
お兄さんが看板をひっくり返し、のれんを店内に入れてから私を招き入れる。無理矢理座らされたのはカウンターの中央の席。戸惑っている間に、温かい味噌汁とおにぎりが二つ差し出された。
「おかかとうめ。これしかあらへんけど」
「うめぼしキライなんだけど」
「お子ちゃまなんやな」
はぁ!? 何こいつ。お兄さんを睨み上げつつ、おにぎりをひと口齧る。ふんわりと香るかつおぶしの匂いと、しっかりした白米の味。……なっにこれ! うっま!
「うっま!」
「せやろ? 味噌汁も飲んでみ」
「〜! っは、染みる! セックスよりきもちいいわ、コレ」
「何と比べてんねん」
「ねー、お兄さん、本当に私とヤんないの? 帰るとこないんだけど」
おにぎりの梅干しをほじくり出しながら、再びお兄さんの顔を見上げる。わぁお、やはりイケメン。こんなイケメン出会ったことないわ。
「それはアカンけど、泊めたるよ」
「いいの!?」
「帰りたくないです、って顔しとるし。そんかし俺はソファで寝るからな」
「お兄さん優しい〜!」
泊まってヤらないとかあるわけないでしょ。勝った。私の大勝利! イケメンも可愛い(自分で言っちゃう)女の子からのお誘いは、断れないでしょ。
はー、さっきの割り勘男下手くそだったし、これで気持ちが晴れそう! このお兄さんだったら絶対きもちよくしてくれる。イェイ。
……だなんて、思っていたんだけど。
「え、ちょ、寝てる!?」
「んー……」
「お兄さん起きてよ! 本当にヤんないの!?」
おにぎり屋さんから徒歩五分のデザイナーズマンション。その最上階にあるおしゃれな部屋の一角で、私は膝から崩れ落ちていた。
シャワーを浴びて戻ってきた時には、お兄さんはソファで爆睡していたのだから。
「え、ちょっと! めっちゃムラムラしてるんですけど!」
お兄さんからの返事はない。いびきなのか寝息なのか分からない音だけが返ってくる。まじか。そんな男、いるんか。
……なんか腹立ってきた。絶対コイツに私のこと抱かせてやる! 今日は無理だけど! 知らん! もう寝る!
モヤモヤしたままお兄さんのセミダブルベッドに寝転がる。ふかふかで気持ちよくって、あたたかい何かに包まれている不思議な気分だった。
うーん、あったかいお味噌汁。お米そのものの味が伝わってくるおにぎりと、ふんわりしたかつおぶし。梅干しは残したけど。……おいしかったな。あんなおいしいご飯食べたの、久々かもしれない。うーん、たぶん小学生ぶりくらい。母親がまだいた頃の話。
あー、またいい匂いがしてきた……。リアルな夢だな。
ぱちっと目が覚めると同時に、薄グレーの壁紙の天井が飛び込んでくる。ここはどこのホテルだ!? と飛び起きると同時に、漂ってきた『なんかいい匂い』にお腹がぐぅと悲鳴をあげる。
「何このいい匂い……」
昨日の出来事を思い出し、のそのそとキッチンの方へと歩みを進める。寝る前に冷蔵庫開けたから、たぶんこっちで合ってる。いい匂いがしてくるし。
「おはよう。寝られた?」
「まぁ。何の匂い?」
「朝飯や」
「朝ごはんとか食べないんだけど」
「そりゃアカン。ちゃんと食べんとおっぱい大きくならへんで?」
「ハァ!? 関係ないし!」
「食わへんの?」
「食う!!!!」
お兄さんの方へと近寄って、ガスコンロの上に置かれた鍋を覗き見る。なんかの汁、あと皿の上に卵焼き、ベーコン、ブロッコリー。オーブントースターの中には、オレンジ色に光る食パンが二枚。あー、またお腹空いてきたかも。
「おにぎりじゃないんだ」
「トーストも食べるで」
「ふーん。ま、どっちでもいいけど」
「自分、めちゃ細いな? ちゃんと食うてんの?」
「ひゃ!?」
いきなりぐいっと腰を引き寄せられて、お兄さんの顔が近づいてくる。キスされる!? なんて期待したのは一瞬で、二の腕と腰をふにふにと掴まれて、「ほっそ」とつぶやかれた。
ハァ!? ハァァア!? その顔ずっる!
っていうか、何ドキドキしてんの、私!
「……で、本当にヤんないの?」
「ん、せんよ?」
「はぁ? ピーー付いてる?」
「お姉さんみたいな可愛え子は、大事にしたいからな」
「ハァ!? ハァァァ!? 何言ってんの! ばっかじゃないの!」
ふふっと笑う彼の顔が見れなくて、顔をそむけた。何こいつ。本当何こいつ。なんでこんな、ドキドキすんの!? こんなの初めて。これじゃあ、まるで……。
「ん、朝飯」
「いただきます!」
「な、また店来てくれる?」
「なんで」
「お姉さんにまた会いたいもん」
ヤらないのに、なんで? 意味分かんない! この胸の高鳴りも意味が分かんない! 知らん! ばーか!
でもね、これだけは言える。私、完全に。
胃袋掴まれた。