天然VS天然(影山)

 今日の天気は雨。午後には本降りになるでしょう。天気予報がそう教えてくれたけれど、私は傘を持っていくことをしなかった。そう、傘をわざと忘れた。

 部活が終わる頃にはザーザー降りどころかどしゃ降りで、体育館から続く渡り廊下にまで降り注いでいた。渡り廊下のトタン屋根が、奇妙な音を立てる。予想通りの空模様に安心すると共に、胸の奥がトクン、トクンと高鳴っていく。ほんのちょっとの勇気が、長い『幼馴染』という関係を変えてしまうかもしれない。

 背筋をぴんと伸ばして、部室の方から歩いてくる飛雄に、私から声をかけた。

「傘忘れた」

「?」

「傘忘れた」

「……?」

「入れてって」

 そこまではっきり言ったところで、ようやく飛雄は理解したようだった。大きな青色の傘を、ばさりと広げてくれる。

「入りづれぇ」

「身長差あるからね」

「いつの間にそんな小さくなったんだ?」

「飛雄が伸びたんだよ」

 いつの間にか、見上げるのも大変なほど身長差が開いてしまった。私に合わせて屈んでくれる飛雄の優しさに、きゅんと胸の奥が疼く。校舎が少しずつ遠のいていって、他の生徒の姿も見えなくなった。そろそろ、勇気を出す時間だ。

「雨すげぇな」

「あのね……、傘、忘れたのわざとだよ」

「は」

「だから、わざと忘れたの」

 火照った身体を、雨はほどよく冷ましてくれる。ちらり、と彼の方を見上げたら、眉間に皺を寄せながら叫ばれた。

「なんでわざわざそんなことすんだよ!?」

 少し予想はしていたけれど、まさかここまでだなんて。幼馴染の天然ぶりに溜息をつきながら、「は!? 分かんないの!?」と返す。すると、「分かんねぇ!」とぶっ飛んだ答えが返ってきた。

 この人、私にどこまで勇気を出させるつもりなんだろう。

「……と、と、とびおと相合傘したかったから」

「?」

「ここまで言っても分かんない!?」

「……?」

 きっと真っ赤になっているだろう顔を隠すこともせず、真っ直ぐに飛雄の方を見る。目は逸らさない。もう覚悟は決めた。それなのに彼は不思議そうな表情をして、私の顔をじっと見ている。

「なに!?」

「……いや、なんか分かんねぇけど、名前小さくて可愛いな」

 はぁ!? はぁあああ!?

 この天然おバカ、いきなり何を言い出すのだろう。たぶん、何も考えていない。パッと思い浮かんだことを言っただけなんだ。私には分かる。だって、幼馴染なのだから。

「はぁ!?」

「なんだよ!?」

「もう知らない! この天然おバカ!」

「おい、誰が天然おバカだ?」

「傘わざと忘れたって言ったらそういうことでしょ!」

「可愛いっつったらそういうことだろ!」「え!?」

「あ!?」

 まさかの飛雄からの発言に、身体が一気に熱くなっていく。上昇する温度と湿度が、私の気持ちを加速させていった。これって、自惚れてもいあの?

「……じゃあさ、せーので言おう?」

 私の方からそう提案すると、彼はまた眉間に皺を寄せてイヤそうな顔をした。なんで。なに、その顔。

「イヤだ」

 そう言いながら私の頬を掴む飛雄の唇が、私の唇に触れた。熱い。飛雄の体温が伝わってきて、彼も同じ気持ちなんだと思い知らされる。こんなこと、どこで覚えてきたの。

 傘はパサリと音を立てて、地面に転がっていった。雨に打たれた私たちが同時に熱を出したのは、その翌日のお話。

back