生ぬるい風と、春の訪れを予感させる花のつぼみ。涙がこぼれてしまわないように見上げた空は、悲しいくらいに青くて綺麗だった。
「ごめんな」
勇気を出して口にした言葉は、そのひと言に飲み込まれていった。なんと返せばいいのか分からなくって、無言でお辞儀をする。口角を上げるだけで精一杯だった。卒業、おめでとうございます。震えた声で、最後にそれだけ伝えて後ろを向いた。
たかが二年間、されど二年間。私の恋はその日、終わりを告げた。
北さんと出逢ったのは、高校に入ってすぐ、マネージャーとして入った男子バレー部でのことだった。真面目で誠実で、真っ直ぐなひと。最初に見た時から気になっていたけれど、彼を知るたびにもっと好きになっていった。
最初はただ見つめるだけで、話しかけるのも一苦労。けれども北さんが主将になってからは自然と話す機会も増えていって、『好き』はどんどん大きく強くなっていった。
そんな彼が卒業してしまう。会えなくなってしまう。そう思うと黙っていられなくって、私はこの気持ちを伝えることを選んだ。
きっと、断られるんだろうなって分かっていた。玉砕覚悟だったから、どんな振られ方をしても泣かない自信はあったし諦められると思っていた。けれども想像力とは現実に追いつけないもので。振られた後は大泣きしたし、告白から二ヶ月経とうとしている今も諦められずにいる。
あれから、北さんとは会っていない。大耳先輩や赤木先輩なんかは時々部活に顔を出してくれたけれど、北さんが来ることはなかった。もしかして私に会いづらいのかな、なんて一瞬よぎったけれど、彼にとって私はそんなに重要な人物ではないと気づいて笑いが出る。それでも毎日北さんのことを考えたし、恋心が消えることはなかった。会えないのに、また彼のことを考えてしまうんだろうな。
ところが、そんな『日常』は終わりを告げることとなる。北さんが部活に顔を出したのは、GW合宿が始まった初日のことだった。
「北さんや!」
誰かがそう叫んだその時、体育館の扉の向こうから見えたその顔を見て、私の心は二ヶ月前のあの日に戻されてしまった。諦めたかった恋心が、爆速で色をつけて込み上げてくる。だめ、だめ。諦めなきゃいけないのに。今、彼に会うわけにはいかない。だってそばで会話なんてしてしまった日には、もっと好きになってしまうに決まっているのだから。
北さんの存在を察知した瞬間、反対側の扉から逃げ出していた。五月の空気はあの日よりもずっと熱を持っていて、私の気持ちを表しているかのようだ。消したい、でも消えずに加速していくこの恋心。どうすれば諦めることが出来るのだろう。
走って、走って、たどり着いたのは体育館の裏。誰も来ないであろうその場所に立ち止まり、乱れた呼吸を整える。はっ、と顔を上げたら、そこにいるはずのない北さんが目の前に立っていた。
「なんで……」
「苗字が走ってくの見て、先回りしたんや」
「……」
「俺のこと避けとる?」
「……なんだか、気まずくって」
本当のことだけれど、それだけじゃない。会ってしまえば余計に諦められなくなるから、会いたくなかった。会話をしたくなかった。けれども会ってしまえば、そんなのは偽りだと分かってしまう。
会いたかった。声が聞きたかった。永遠に片想いでいいから、あなたの顔が見たかった。
「ごめんな」
あの時言われた言葉がもう一度聞こえて、思わず下を向く。今、もう一度振られたのかな。お願いだから、そんな風に謝らないでほしい。私が勝手に好きでいるだけなのだから。
「謝らないで下さい……」
「ちゃうねん」
「……?」
「もっかい、苗字と話したかった」
とくん、と胸の奥が高鳴る。真っ直ぐに彼の顔を見たら、いつもよりも真剣なまなざしで見つめられた。心臓がばくばくして、どきどきして、頭の中が北さんで埋めつくされていく。
あー、まだ好きなんだなぁ、大好きなんだ。私、北さんが好き。叶わないのに、諦められるはずなんてない。
「好きや」
とても現実とは思えない言葉が降ってきたのは、その時だった。自分の耳を疑ってしまう。今、なんて言った?
「苗字のことが好きや」
「……へっ!?」
「本当は、あの時オッケーしたかったんやけど……」
「えっ!? えっ!?」
じゃあ、なんで。そう聞こうとするけど、上手く言葉が出てこない。北さんは照れたような笑顔で私を見つめて、とんでもない言葉を口にした。
「高校生に、手ぇ出されへんやろ?」
「……っ!?」
「一年間も、待てる自信なかったんや」
「……待たなくて、いいで、す……っ!?」
私の言葉は、そこで止まってしまった。彼に抱きしめられたからだ。すぐそこにチームメイトたちがいるのに、身体を密着させて、ぎゅーっと抱きしめられている。思っていたよりも大きな身体と、彼の心臓の音。におい。顔に当たるさらさらの髪。その全てに頭がくらくらして、倒れてしまいそうだと思った。
「きたさ……っ、ん、」
次の言葉は、押し当てられた唇に遮られてしまった。その後のことは、私たちだけしか知らない。
これは、私の片想いが終わった日のお話。