これは恋です【宮侑】

※途中ツム視点です。

 毎日同じバスで顔を合わせる男の子。いつも朝早い時間のバスに乗っていて、スポーツバッグを抱えているから強化部かなってずっと気になっていたその存在。そのうちに目で追いかけるようになり、気がつけばその人を見ると胸がドキドキと高鳴るようになっていた。

 金髪のツーブロック。派手な髪型のその人は、同じ顔をした兄弟と思われる男の子と一緒にいる。けれども私の目にとまるのは、金髪のその人だけだった。

 それは恋よ。友人が言ったひとことは、私の想いを加速させていく。そう、私は彼に恋をしてしまった。

 部活の朝練が休みの日も、その人の時間に合わせて同じバスに乗った。晴れの日も、曇りの日も、雪の日もそうした。

 曇天から小粒の雨がぱらぱらと降り注ぎ、外の景色が歪みはじめる。それは、そんな朝のことだった。彼が傘を忘れてバスを降りようとしたのだ。

「これ忘れてますよ」

 チャンスだ。そう思ったのだけれど、私はその一言しか口にすることが出来なくて。傘を手渡す時に触れた手の温もりが忘れられなくて。伝えられない想いは、降り積もるばかりだった。

 だから、決めたのだ。今年のバレンタインにはチョコレートを渡して告白するんだと。張り切った私はチョコレートを手作りし、可愛くラッピングまでしてみせた。

 そして訪れたその日。緊張して眠れなかったせいか、朝時計を見て絶望した。

 そう、私は寝坊してしまったのだ。

 今日やねん。今日が勝負の日やねん。

 デカい図体した男には似合わないピンク色の紙袋を下げて、いつものバスに乗り込む。一緒に登校している兄弟は、今日はいない。珍しいことに、俺に気を遣って後から家を出ると言ってくれたのだ。俺とあの子がふたりになる空間を作るために。

 あれはいつの日だっただろうか。その日まで俺は、自分の周りに立っている人物に目も向けていなかった。いつもと同じ時間のバスはたまたま空いていて、俺が窓際、サムが通路側に座った。どんよりした曇り空だった外は、バスが走っているうちにますます暗くなり、気がついたら窓には雨粒が叩きつけられていた。そう、その日は雨だった。そのうちにうとうとしてきて、ほんの少しの眠りについた俺は、十数分後に兄弟に叩き起こされることとなる。

「ツム、着いたで!」

「痛っ! 叩くなやサム!」

「この短時間でよう寝るな」

 そんなやり取りをしていたせいで、持っていた傘の存在をすっかり忘れていた。あの子が「これ忘れてますよ」と手渡してくれるまでは。

 そしてその瞬間、俺は恋に落ちた。

 いつもと同じ時間のバスに乗っている、同じ高校の制服を着た女子生徒。朝早いから強化部だろうと推測して探し回り、彼女の部活と名前を特定した。自分でもチャラい方だとは自覚していたが、この恋に関してはそうじゃなかった。話しかけられることすら出来ず、ただ見つめるだけの日が数ヶ月。そんな俺を見た兄弟が、「キショいねん! さっさと声かけぇや!」と言いながら渡してきたのはチョコレートのレシピを印刷したものだった。

「なんやねん、コレ」

「ツム、逆チョコ知らんのか」

「なんやそれ?」

「男から女にバレンタインのチョコ渡すんや」

 俺が? あの子に? 無理や、無理すぎる!

「せやかて俺チョコとか作ったことあらへんし」

「チョコ渡す勇気ないんか?」

 ニヤリと笑う兄弟の顔を見て、「ハァ!? んなことあらへんわ! 作ったる! 来週には彼女持ちやで!?」と叫んでしまったが最後。まぁ、そのチョコレート作りは料理が得意な兄弟に手取り足取り教わったのだけれど。ついでに台所を散らかして、オカンの雷が落ちたのだけれど。

 そうして今日、ついにその日が来た。彼女にチョコレートを手渡す日が。速まる胸を抑えて、バスに乗り込む。

 けれどもそこに、彼女の姿はなかった。

 猛ダッシュで着替えて髪を整え、バス停まで走る。どうしても寝ぐせが直らなかったけれど、会えないよりはマシだと思った。丁寧にラッピングしたチョコの入った袋を抱え、走る、走る。周りの景色が流れていく中で、いつものバスを追いかけた。

 けれども現実とは残酷なもので、バスは前へと走りはじめてしまう。バス停に着いた時にはもうその姿は見えなくて、どうすることも出来なかった。結局乗り込んだのは一本遅いバスで、私は肩を落としたまま、クマの浮き出た目元をこすった。窓に映る自分の姿がひどい。寝ぐせだって直っていないし、走ったせいで制服は乱れている。よくもまあ、こんな格好でチョコを渡そうとしたもんだ。乗り遅れて良かったのかもしれない。

 彼の片割れが乗り込んできたのは、その時だった。

「えっ!? なんでおんねん!?」

 喋ったこともないのに、目が合った瞬間になぜかそんなことを話しかけられる。銀髪の兄弟さんは、驚いた顔をして溜息をついた。空はあの日と同じ曇天。雨は降っていないけれど、私の目から降り注ぎそうになる何か。じわりと視界が歪んだその時、銀髪の彼にまた話しかけられた。

「……その袋」

「え……?」

「俺の勘違いやなかったらやけど、ツム……、俺の片割れに渡そう思うた?」

 私の気持ちにはちっとも気がついていなさそうな金髪の彼とは違って、こちらの彼は私の気持ちを知っているようだった。まぁ、見てたもんな。毎日毎日、穴があきそうなくらいに。

「……これ、渡してくれますか? 今日はもう会えそうにないから……」

「そんなことあらへんで?」

「でも寝ぐせも直ってないし、こんな格好じゃ」

「そんなの気にせぇへんと思うけど」

 そう言ってスマホを打ち始める銀髪の片割れさん。まさか、と思いきやそのまさかで、彼は「降りたら待っとけ言うたから」なんて言っている。急に加速しはじめる胸の音がうるさい。私、まだ諦めなくていいのかな。チョコレート渡してもいいのかな。緊張しすぎて、どうすればいいのか分からない。分からないけれど、渡したいと思った。

 景色が変わる。ぽつぽつと降りはじめた雨が、窓の向こうに見える校舎の姿を揺らす。あの日と同じ雨。このバスで、私はあなたに恋をした。校舎がどんどん近づいてきて、バス停に立つ恋しい人の姿も近づいてくる。あー、好きだな。諦められそうもないや。

 プシューとドアの開く音がして、私はバスのステップから飛び降りた。飛び込んできたのはあの人の顔。銀髪の彼に「頑張りぃや」と背中を押され、片割れさんは去っていく。みんなが次々と校舎に向かうその中で、私と彼だけがその場所に取り残される。

「あの……、」

 チョコレートを渡そうとしたその瞬間だった。

「これ、貰うて下さい!」

 金髪の彼の声が大きく響いて、目の前にピンク色をした袋が差し出された。私が用意したものと似たような、可愛らしいその袋。中に入っているのはきっと、同じものだろう。

「これって……?」

「チョコレート、サムに教わりながら作ったけどあんまし形ようないし、微妙かもしれんけど」

「私に……?」

「好きです! 付き合うて下さい!」

 雨が少しずつ強くなって、生徒たちが走りはじめる。そんな中でも彼の声に反応して、たくさんの人が私たちを見ていた。

「宮兄弟や」「告白しよる」「ミャーツムやん」

 そんな声が聞こえて、私は初めて彼がミャーツムくんだということを知った。噂で聞いたことのある名前。ミャーツムくんは私の目を見ながら、顔を赤らめている。

「……その台詞、私も言おうと思ってたの」

「へ!?」

「私のチョコも貰ってくれますか?」

「ほんまに!? 嘘やん!」

「嘘じゃないよ」

「嘘やないなら夢か……?」

「私も好きです」

 小さな声でそう言ったら、また大きな声で「大好きやー!」と叫ばれた。道行く人たちが、私たちの方を振り返る。あちらこちらから拍手が起きて、歓声があがった。そうしてミャーツムくんに彼女が出来たという噂は、その日のうちに校内を駆け巡った。

「ミャーツムに彼女出来たって!」

 そう報告してきた友人に、「あー……、それ、私」と言ったら、噂はますます広がっていったのだけれど。まぁ、公認ということで、めでたしめでたし、かな。

 そんなこんなでチョコレートを渡し合った私たち。今日は忘れられない記念日になったのだった。

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